知らぬは本人(バカ)ばかりなり

伊達桜花(青葉さくら)

文字の大きさ
上 下
4 / 8

アレの行方と子爵家の判断②

しおりを挟む
チェリーSide

お父様は眉間に皺を寄せ、私をじっと見たまま、とんでもない事を口にしたのだ。

「スペンサー伯爵家に1000万の慰謝料を支払うこと。それもチェリー自身の稼ぎでとのご希望だ」

い、いっせんまん?!

それってあのストロベリーピンクの髪を作るのにかかったお金はと同じくらいよ?!

そんなお金、あたしが持ってるわけないじゃない!!

「どうして?!」
「それだけスペンサー伯爵家へ迷惑をかけたって事だよ」
「たかが婚約破棄で?!」
「学院主催とはいえ、パーティーは公の場だ。大勢の人間の前で婚約破棄を言い渡されたスペンサー伯爵令嬢は、名誉と心を傷つけられた。もし、チェリーが伯爵令嬢の立場だったらどう思う?」

お父様の質問にあたしは考えた。 

信じていたロラン様に裏切られ、たくさんの人の前で断罪され捨てられる自分を思い浮かべた……。

「……嫌です……めちゃくちゃ泣いて怒ります、そして捨てないでって……」

自分で言っててすごく情けなくなってきた。
いくら両思いになれて浮かれてたからって、あたしは何をしていたんだろうと。

泣き言ひとつ言わず、表情すら変えずにあたしとロラン様に向き合っていたメアリー様を思い出す。


あの方はどんな気持ちだったのだろうか。


「そうだね。少しはスペンサー伯爵令嬢の気持ちが分かったかい?」
「うん……でも1000万は高いよ……」
「それはね、おふたりの結婚式準備がかなり進んでいたから、キャンセルするためにたくさんのお金がかかるんだよ」

そういえば卒業したらすぐに結婚式だから、早く婚約破棄したいんだってロラン様はおっしゃっていたなぁ。

それをキャンセルってかなり大変じゃないの!と今更ながらあたしのした事の重大さが実感される。
いや、1000万なんて具体的な数字が出てきたら嫌でも想像つくもの。

「お父様はあたしを助けてくれないの?」
「隠し事をしてなければ助けたかもしれないなぁ……でも、お父様との約束を破ったからな、チェリーは……」

あああああ……?!
こんな事なら先に話をしておけばよかった!!
1000万なんてひとりで稼げないよ、どうしよう!?

「あなた、そのくらいにしてあげたら?」
「クレア」
「お母様!」

焼きたてのパンが入った籠を手にお母様が食堂に入ってきて、あたしは助かった!と思った。

「チェリーが正直に話してくれなかったから拗ねてるのよ、お父様は」
「……ごめんなさい……」
「どうして隠してたの?」
「お父様とお母様をビックリさせようと……こんな騒ぎになるなんて思わなかったの」

それは、親の責任ね……とお母様は口を開く。

「私たちがあなたに貴族とは何かを教えなかったのが原因なのよね」
「叙爵して10年、私もクレアもほとんど社交界に出てなかったしな」

いつの間にかお父様の怒りは消え、しょんぼりとしていた。そんなお父様に寄り添うお母様。

あたしの夢はこの両親のように愛し愛される結婚をする事だったのに、気がついたら変な方向へ行ってしまった。

少なくともロラン様とはこんな関係は築けそうにないってのは分かった。あの人、本当に自分の事しか考えないバカだったし。

「あたし学院辞めて働く。それで慰謝料返していくよ」
「学院は辞めなくていい。チェリーは私に似て面白い発想をする。それを活かして商品開発でもしてみるか?」
「え?商品開発って……」

話を続けようとしたら「失礼いたします」と声がした。
通いの女中さんであるバーバラさんが来てくれたらしい。
なにやら箱を携えて。

「おはようございます、旦那様、奥様、お嬢様」
「おはよう、バーバラ。その箱はなんだい?」
「こちらはお嬢様にお渡しするよう、門の前で頼まれました」
「あたしに?」

あたしは箱を受け取って開けてみた。
中には無くしたはずのストロベリーピンクの髪が入っていたの!
ちょっとボサボサになっていたけど、壊れていなかった!

「あたしのピンクちゃん!よかったー!」

今日も学院へ探しに行こうと思っていたので、見つかってすごく嬉しい!
思わず箱ごと抱きしめてしまったわ!

「これはどなたに頼まれたのですか、バーバラ?」
「初老の男性ですが、名前も家も告げずに行ってしまわれたのです」
「なんだ……お礼をしたかったのに……」

でも、まずは見つかった事を喜ぼうっと。

「それはチェリーお気に入りのカツラだね」
「はい!あたしが自信もって外へ出るための大切なアイテムなのよ!」
「それを売ってみないか?」
「へっ?」

何の冗談かと思ったけれどお父様の顔は笑っていなかった。
さっきみたいに怒ってるからじゃなくて、研究に打ち込んでいる時のお父様の顔だ。

「実はね、チェリーのカツラを試作していた時に言われていたんだよ。気分で髪の色や髪型を簡単に変えられたら、オシャレの幅が広がるのにねって」

お父様の提案にあたしはビックリしたの。
これと同じものを作って売るなんて、考えた事もなかったから。

「気分で変える……簡単に変える……」

あたしがこのストロベリーピンクの髪に勇気と自信をもらったように、誰かの背中を押すことができれば素敵かもしれない。

「それと、私の研究に協力している紳士の皆さんも、こういうのがあるって聞いたらぜひ欲しい!って。チェリーが参加してくれるならもちろん報酬は払うよ。むしろみんな喜んで資金出してくれるんじゃないかな?」
「本当に?お父様のお役にも立てる?」
「そうだね、みんなが喜んでくれると思うよ」
「あら、これで慰謝料を払う目処も立ちそうね。さすがわたしの旦那様と娘ね!」

お母様はニコニコしながら、パンをお皿に乗せてくれる。バーバラはいつの間にかスープをよそってくれていた。

テーブルにはパンにスープ、サラダ、スクランブルエッグにカリカリベーコンが並んでいるの。どれも美味しそう!

「チェリーは今日学院は休みだな?私も休みだからさっきの話を具体的に企画書として作ってみようか」
「うん!やります!」
「じゃあその前に朝ご飯にしようか」
「「「いただきます!」」」

それからあたしは朝ご飯をたっぷりといただき、お父様と商品の企画書作りをして1日過ごしたのよ。

すごく楽しくて、新しいアイディアもいっぱい出て、ずっとワクワクしてた。
もしも、この企画が形になったらあたしはもう少し自分に自信が持てるかも知れない。

ストロベリーピンクの髪は宝物だし、自信をくれるアイテムだったけど、これ無しで堂々と表を歩けるようになれたら……いいなと今は思ってる。


でも、わざわざ箱に入れてあたしのピンクちゃんを届けてくれた方は誰だったのかしら?





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

見えるものしか見ないから

mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。 第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...