知らぬは本人(バカ)ばかりなり

伊達桜花(青葉さくら)

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知らぬは互いの為ならず

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休日明けの放課後。

いつものように生徒会室に行った私は、なぜかジョルジュ様に隣の応接室に連れて来られました。

「あの……会長?」
「どうしたんだい、副会長」

テーブルには3段重ねのアフタヌーンティーセットが置かれていたのです。

1番下はほうれん草とベーコンのキッシュとアボカドとサーモンのサンドイッチ。
2段目は香ばしく焼けたスコーンがふたつ。
1番上には薄ピンク色のシフォンケーキとフルーツたっぷりのタルト。

見ただけで分かります。
これは間違いなく美味しいやつだと!

ですが、それを口にしては淑女失格。努めて落ち着いて状況を確認していきます。

「これは……いったい、どういう事でしょうか?」

私はジョルジュ様に尋ねます。

「アフタヌーンティーセットを取り寄せたんだ。王都の有名店のやつ」
「それにしては1人分しかありませんけれど?」
「婚約者に裏切られた令嬢を慰めるためだから。僕は副会長の給仕役だからいらないしね」

ニコニコ笑いながら座るよう促すジョルジュ様。
この寸分の隙もない完璧な笑顔で無理難題を幾度通した事か……別名、ゴリ押しの微笑み。

ジョルジュ様がこの笑顔の時は何を言っても引かない、と経験から分かっている私は説得を諦めて腰掛けた。


ジョルジュ様が自ら紅茶を淹れてくれる。
茶器に湯を注いで温め、時間が経ったら湯を捨てる。
そしてポットに茶葉を入れて新たな湯を注いでから蓋をする。

所作ひとつひとつが本当に美しいし、何をやっても絵になるとは彼の事を指すに違いない。

それも私ひとりのために。
申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

蒸らしが終わったようです。
ポットを傾けてカップに紅茶を注いでいくジョルジュ様。

「どうぞ召し上がれ、お嬢様」

差し出されたカップから花の香りが湯気と一緒に立ちのぼってきました。

いい香り……思わず頬が緩んでしまいます。

ジョルジュ様の綺麗な手からカップをソーサーごと受け取り、取手を持ってカップを口に近づけます。

琥珀色の液体をひと口含むと、芳醇な味がスッと広がっていくのが分かりました。

美味しい……。
余韻までしっかりと堪能していると。

「あーん」

なぜ、ジョルジュ様が、ひと口大に切り分けたいちごのシフォンケーキが刺さったフォークを、私の口元へ差し出しているのでしょうか。

「副会長、あーん」

またあのゴリ押しの微笑みを浮かべるジョルジュ様。
しかしここは譲ってはいけない気がします。

「……ひとりで食べられますよ?」

途端にとっても悲しそうな表情になってしまわれました。
私は何か間違えた事を言ってしまったのでしょうか?

「しっかり者すぎる副会長は、少し甘える事を覚えた方がいいと思うけどな」
「会長のお手を煩わせるのは本意ではありません」
「僕は副会長の世話ならいくらでも焼いてあげるのに」
「全力でお断りいたします」

もうひと口、紅茶を口に運んで喉を潤してから食べたいってのもありますが。

私は他人にお願いするのがとても苦手なのです。
自分でやった方が早いって思ってしまうし、相手の手間を増やすのが申し訳ないとも思うのです。

ジョルジュ様はまだフォークを私に差し出したままですが、そのままスルーしましょうか。

「……冷たいなぁ」
「ジョルジュ様ファンクラブの方々に刺されたくありませんから」

学院には『ジョルジュ様ファンクラブ』という集まりが存在しています。会員数は学院にいる女子生徒の約半数。

なぜ知っているかと言うと「監視しないと何しでかすか分からないから、クラブ活動として申請するように」と学院長に言われて届け出を承認したからです、副会長の私が。

ちなみにジョルジュ様本人には内緒にしてくれと頼まれているので、書類の存在をジョルジュ様は知らない、はずです。

「僕、それ公認してないけど」
「表立って活動してませんからね」
「……聞かなければよかったかな…….」

フォークをお皿に置き、頭を抱えるジョルジュ様。珍しいお姿を見てしまいました。

「会長はとにかく目立ちますし、今は婚約者もいらっしゃいませんからね」
「婚約者ねぇ……」

パリピッピ王国では18歳が成人です。
成人してすぐ結婚される方もいらっしゃいますが、高位貴族は成人までに婚約者が立てられるのが通例なのです。

「筆頭公爵家の子息が婚約者不在となれば、皆さん私が!って思うのは当たり前かと」
「僕は次男だからね、のんびりでも許されるのさ」

あ、また笑顔のガードを張りましたね。
これ以上は話さないオーラが見えます。

「そういう副会長はどうなの?」
「どうとは?」
「無事に婚約解消したんだろう?そろそろ聞きつけた家から釣書がきてるんじゃないのかな」

そんな事は分かってます。
ですが、今は考えたくありませんわ。

「正直迷惑ですわ……当分婚約者はいりません」

思わず口を尖らせてしまいました。
会長には言われたくありませんもの。

「なるほどねぇ……ほら、ケーキ食べよう」

再びジョルジュ様がフォークを差し出してきましたよ。
私ったら紅茶のカップを置いてしまいましたわ。飲んで誤魔化すことができないし!

「だからひとりで食べられますから」
「遠慮しなくても」
「そんな子どもじみた悪戯を」
「誰も見てないから大丈夫」
「会長!」

流石に、淑女としては食べさせてもらうという行為ははしたないのです。

せっかく目の前に美味しそうなお菓子が並んでいるのに!このままではいつまで経っても食べられないじゃないですか!

「ごめんごめん、怒らせるつもりはなかったんだ。ほら、食べて食べて」

私の殺気が伝わったらしいジョルジュ様は、それまで私に向けていたフォークをご自分の口に運びました。


口元の動きすらも綺麗なんてずるいですわ。
ジョルジュ様は本当にお美しい。

彼の隣に立つなんて、それこそ絶世の美女でなければ釣り合わないと思うのですよ。

それに……すごく美味しそうに召し上がる。
こんなジョルジュ様、初めて見ますわ。

「会長、美味しそうに召し上がるのですね」
「実際美味しいからね。副会長にも食べてもらいたかったんだ」

新しいフォークを差し出された私は、今度は素直に受け取ります。

「そういう事なら……いただきます」

やっと!やっと食べられる!

私は豪快にシフォンケーキにフォークを突き刺しました。
普段なら絶対にやりません。
もう早く食べたくて食べたくて我慢出来なかったんですもの。

そして、それなりに大きくカットされたシフォンケーキの1/3の大きさに切り、口に運びます。

ふわふわしっとりのスポンジから、じんわりとイチゴの酸味と糖の甘さが絶妙に舌を攻めてきます。

何という上品で繊細な味なのでしょう!
これはじっくりと堪能しなくてはいけません。

ひたすら口を動かし、じっくりと噛み締め、味わいます。そうしないとこのまま美味しいケーキへの敬意は表せません!

ごっくん。


「本当に美味しいですね、会長!!」


こんなに美味しいケーキが食べられるなんて、やっぱり王都は素晴らしい!

「副会長、甘いものが好きだったんだね」
「ええ。ですが、前の婚約者が甘いものが苦手で私がお茶会に出るのも嫌がっていたから、身内しか知らないと思います」

本当はお茶会に招待されるのが嬉しくて、楽しみにしていたのに。

あのバカにうっかりお茶会の話したら「俺が食べられないのに婚約者が行くとか何事だ!」って散々怒鳴られたのだ。

あんなバカでも侯爵子息。侯爵家の顔を立てる為に断腸の想いで断ったのでした。

だからお茶会って憧れだったんです。

婚約解消したからもうあのバカを気にせずに甘いものが食べれる事に気づき、私はようやくバカの呪縛から解き放たれたのだと実感しました。

理由はよく分かりませんが、私の為に会長が色々準備してくれてすごく嬉しかったんです。

さすがにあーんは無理でしたが。

だって婚約者でもなく、恋人ですらない異性に食べさせてもらうなんて……恥ずかしいから。

「へぇ……また甘いもの持ってきたら食べてくれる?」
「……ありがたく、いただきます……!」

会長!そんなにいい笑顔されちゃうと、目のやりどころに困りますっ!緊張しすぎてドキドキしてしまいます!!

いつものゴリ押しの微笑みじゃなくて、柔らかくて甘さを含んでいて、色っぽい……!


会長が別人に見えます!
本当に目の毒です!


会長は以前から色々と気遣ってくださっていましたが、こんなに過保護だったかしら。


そんなに婚約破棄がショックに見えたのでしょうか?
だとしたら、私もまだまだ修行が足りないのかもしれませんね。








※知らぬは互いの為ならずはメアリーとジョルジュの視点が交互に入ります。
思春期男子の妄想を書くかどうかが悩ましいところ……
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