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2章
伯父との約束
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「……可愛くない奴だ」
舌打ちの音も高く背を向けた従兄を、七歳のエレノーラは冷ややかな目で見送った。
――わたくしだって、可愛く思われる相手は選びたいわ。
エレノーラ・シェフィールド公爵令嬢とその父親の関係は『実の親子でありながら、共感を分かち合うことのできない間柄』と言うに尽きる。
シェフィールド家は長く王家に仕え、代々律儀な忠義ものばかりだ。いわばその忠誠の褒賞として降嫁した王女を母としてエレノーラは生まれた。
降嫁をうけて陞爵し公爵となった律儀者の男は、妻を大切にした。しかしそれは、あくまでも王女に対する臣下の態度だった。その姿勢は妻が亡くなっても変わることはなかった。忘れ形見の娘に対して父としての愛情はあっても、どこか『主筋の姫君』という意識が抜けずにいた。
そんな父親の心の内を、娘は生来の聡さと子供らしい直感とで鋭く見抜いた。
母親はすでに亡く、父親は見えない壁を隔てたような存在であるエレノーラは、三歳年上の従兄と引き合わされると聞いて期待に胸を膨らませた。
自分を理解してくれる誰か、同じ視界を共有してくれる誰かを幼い少女は求めていたのだ。
その期待は完全に裏切られた。エレノーラはうんざりしながら、母方の伯父に当たるウィルフレッド王の私室に案内された。
伯父の柔和な顔立ちは従兄と似てはいない。従兄の鮮やかな金の髪や線の細い顔のつくりは亡き王妃譲りなのだろう。肖像画でしか知らない母とも似ていない。ただ、その瞳の青は母や自分と同じだった。
型どおりの挨拶の後、王は単刀直入に切り出した。
「エレノーラ。レジナルドと婚約してくれないか?」
先ほどの不快な記憶がよみがえって、少女はかすかに眉をひそめた。二人の相性が良くないことくらい報告が届いていそうなものだ。あくまで政略だからと言うならば、なぜ父の頭越しに申し入れがあるのか。
「命令というわけではないよ。あくまでも『お願い』だと思って欲しい」
「……それは、国王陛下としてでしょうか、それとも伯父様として?」
「王として、だな。伯父としてなら、あんな面倒な相手はやめておきなさいと言うだろう」
王はエレノーラに事情を語った。王権は貴族たちの微妙な均衡の上に危うく成り立っていること。鉱山を巡る争いから未だ隣国との緊張状態が続いていること。それに対する危機感の差から、貴族たちの派閥間の争いがさらに激化していること。
「だから滅多なものをレジナルドに近づけるわけにはいかないのだよ。今のところ、あれは思慮深いとはとても言えない。簡単に取り込まれる」
――だから、わたくしなのね。
エレノーラは納得した。父やその一族の王家に対する忠誠心は盲目的でさえある。王女の降嫁を政治的に利用しようという発想さえなかった。ともかく安全には違いない。
「窮屈な思いはさせるだろうが、その分立場を利用してできることもある。それがせめてもの埋め合わせだ」
エレノーラは、自分と同じ青い瞳を見返しながら考えた。
なぜウィルフレッド王は、七歳の子供に国内外の事情や王家の弱体化について説明したのか。本来、当主である父に命ずれば事足りる。誠意の証とも見えるし、穿った見方をすれば、そう見せかけてエレノーラを取り込む手管とも言えるだろう。どちらにせよ、伯父が今までに出会った誰よりも、エレノーラを高く評価していることは疑いなかった。
「条件次第では協力して差し上げますわ、伯父様」
エレノーラはにっこりと、ことさらに子供らしい笑みを浮かべた。
舌打ちの音も高く背を向けた従兄を、七歳のエレノーラは冷ややかな目で見送った。
――わたくしだって、可愛く思われる相手は選びたいわ。
エレノーラ・シェフィールド公爵令嬢とその父親の関係は『実の親子でありながら、共感を分かち合うことのできない間柄』と言うに尽きる。
シェフィールド家は長く王家に仕え、代々律儀な忠義ものばかりだ。いわばその忠誠の褒賞として降嫁した王女を母としてエレノーラは生まれた。
降嫁をうけて陞爵し公爵となった律儀者の男は、妻を大切にした。しかしそれは、あくまでも王女に対する臣下の態度だった。その姿勢は妻が亡くなっても変わることはなかった。忘れ形見の娘に対して父としての愛情はあっても、どこか『主筋の姫君』という意識が抜けずにいた。
そんな父親の心の内を、娘は生来の聡さと子供らしい直感とで鋭く見抜いた。
母親はすでに亡く、父親は見えない壁を隔てたような存在であるエレノーラは、三歳年上の従兄と引き合わされると聞いて期待に胸を膨らませた。
自分を理解してくれる誰か、同じ視界を共有してくれる誰かを幼い少女は求めていたのだ。
その期待は完全に裏切られた。エレノーラはうんざりしながら、母方の伯父に当たるウィルフレッド王の私室に案内された。
伯父の柔和な顔立ちは従兄と似てはいない。従兄の鮮やかな金の髪や線の細い顔のつくりは亡き王妃譲りなのだろう。肖像画でしか知らない母とも似ていない。ただ、その瞳の青は母や自分と同じだった。
型どおりの挨拶の後、王は単刀直入に切り出した。
「エレノーラ。レジナルドと婚約してくれないか?」
先ほどの不快な記憶がよみがえって、少女はかすかに眉をひそめた。二人の相性が良くないことくらい報告が届いていそうなものだ。あくまで政略だからと言うならば、なぜ父の頭越しに申し入れがあるのか。
「命令というわけではないよ。あくまでも『お願い』だと思って欲しい」
「……それは、国王陛下としてでしょうか、それとも伯父様として?」
「王として、だな。伯父としてなら、あんな面倒な相手はやめておきなさいと言うだろう」
王はエレノーラに事情を語った。王権は貴族たちの微妙な均衡の上に危うく成り立っていること。鉱山を巡る争いから未だ隣国との緊張状態が続いていること。それに対する危機感の差から、貴族たちの派閥間の争いがさらに激化していること。
「だから滅多なものをレジナルドに近づけるわけにはいかないのだよ。今のところ、あれは思慮深いとはとても言えない。簡単に取り込まれる」
――だから、わたくしなのね。
エレノーラは納得した。父やその一族の王家に対する忠誠心は盲目的でさえある。王女の降嫁を政治的に利用しようという発想さえなかった。ともかく安全には違いない。
「窮屈な思いはさせるだろうが、その分立場を利用してできることもある。それがせめてもの埋め合わせだ」
エレノーラは、自分と同じ青い瞳を見返しながら考えた。
なぜウィルフレッド王は、七歳の子供に国内外の事情や王家の弱体化について説明したのか。本来、当主である父に命ずれば事足りる。誠意の証とも見えるし、穿った見方をすれば、そう見せかけてエレノーラを取り込む手管とも言えるだろう。どちらにせよ、伯父が今までに出会った誰よりも、エレノーラを高く評価していることは疑いなかった。
「条件次第では協力して差し上げますわ、伯父様」
エレノーラはにっこりと、ことさらに子供らしい笑みを浮かべた。
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