なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく

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1章

なにもかもを まちがえた

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 エレノーラはすでに王宮だけではなく、国内の要地をおさえ、主要な貴族たちの支持を取り付けている。たとえ重臣たちの協力があったとしても、異常なほどの早さだった。特に、我欲むき出しの貴族たちを手懐けたことがレジナルドには信じられなかった。

「嘘だ。奴らがおとなしく従うものか」

「黄金と、鋼鉄。それだけあれば、どんな躾の悪い犬もおとなしくなりますわ」

 黄金と鋼鉄。つまりは財力と武力だ。この十数年間、エレノーラは一隻の商船をはじまりに、着実に人脈と販路を広げてきた。大陸の各地に拠点をかまえ、財力だけではなく武力をも蓄えた。彼女の麾下には装備も実戦経験も不足のない統率のとれた私兵団がしたがっている。

 かつてエレノーラが国外へと去った時、レジナルドは深く考えることはなかった。国内では悪名が広がりすぎて縁談もないのだろうと思っただけだった。高慢な従妹がさぞ惨めな思いをしているだろうと想像しては溜飲を下げたものだった。

 しかし、元婚約者は尾羽うち枯らすどころか王家を凌駕する力を携えて帰ってきた。野に下って粗野になるどころか、さらに洗練されている。十年の年月は、彼女をさらに美しくした。貴族たちを犬呼ばわりする傲然たるふるまいさえ、彩りにすぎない。

 もうレジナルドは認めざるを得なかった。ずっと――おそらくは初めて引き合わされたそのときから、エレノーラを強烈に意識していたのだと。だからこそ一度は彼女を拒み、彼女とは正反対の女を妻に選んだのだ。

「……エレノーラ!」

 衝動のままに立ち上がると、レジナルドは円卓の向こうに呼びかけた。
 
「やり直そう、エレノーラ。お前が帰ってきてくれて良かった」

「ご冗談を。あれから十年も経ちますのよ?わたくしもすでに夫も子もある身です」

「……いや、俺はそんなことくらいかまわない。
 お前にふさわしい身分の男でもないだろう、苦労をかけて済まなかった。
 細かいことは忘れて、ただ黙って俺の隣に戻ってきてくれれば良いのだ」

 レジナルドが言いつのると、エレノーラは声を立てて笑った。

「相変わらず従兄殿は都合の良いおつむをお持ちですこと。
 あのとき貴方は仰いましたわね。
“お前のように傲慢で、強欲で、俺を愛する心を持たない女など、王妃にふさわしくない!
それに引き替え、リリーは純真で、慈愛に満ち、俺を心から愛してくれる。“
こうでしたかしら?」

「それは……若気の至りだ。俺が間違っていた。お前こそが王妃となるべき女だ、エレノーラ。
 この十年で嫌と言うほど分かった。あんなわきまえもなければ品もない卑しい女では王妃は務まらない。俺はもうあの女を愛していない。……いや、はじめから愛してなどいなかった気もする」

「何よ、それ……ひどい、あんまりだわ!」

 甲高い声に人々ははっと目を向けた。いつのまにかそこに、王妃リリーが立っていた。血相を変えて夫に駆け寄ろうとする。まだ王妃である彼女を騎士たちが持て余していると、侍女たちが数人がかりで連れて行った。

 泣きわめきながら連れ去られる王妃と、それを苦い顔で見送る王。彼らをその場にいる者たちがそれぞれの感情を込めて見つめていた。

 エレノーラが無言で席を立った。

「待て、待ってくれ、愛しているんだ!エレノーラ!」

「先ほど仰ったことですけれど。わたくしに誰がふさわしいかは、わたくし自身が決めることです。そして、その選択にこの上なく満足しておりますわ」

そう言うと、エレノーラは傍らの護衛らしく見える男の腕に手を触れた。

「わたくしの夫、ダグラスです」

 平凡な男に見えた。貴公子的な容貌の美丈夫でも、筋骨逞しい偉丈夫でもない。黒髪はこの国では少々珍しいが、目立つのはその程度だ。群衆に簡単に紛れてしまうだろう。

 そんなレジナルドの内心を見透かしたように、エレノーラは皮肉な笑みを浮かべた。

「少なくともわたくしの夫はしっかり妻を守れるひとですわ、どこかのどなたかと違って」

――お前にリリーを蔑む資格があるのか――

 言外の非難がレジナルドの胸を貫いた。

 夫のエスコートを受けて立ち去ろうとしたエレノーラがふと振り返った。

「あのときの貴方の言葉は、間違ってはいませんわ。
 わたくしは傲慢で、強欲で――何よりも、貴方を愛したことなど一度たりともありませんもの」
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