なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく

文字の大きさ
上 下
7 / 16
2章

変わりゆく日常

しおりを挟む
「どこかに頭が良くて有能で『殿方はお馬鹿なほど可愛いわ』とか『お顔さえ良ければ殿方のどんな欠点も許せるわ』なんてご趣味のご令嬢がいらっしゃらないかしら?」

「うーん、どちらか片方なら案外居そうですけど、両方は難しいんじゃないですかね」

「片方では困るのよ。もしおつむが弱くてご趣味の方はそうだったら、相乗効果で酷いことになりそうだもの」

 エレノーラが護衛と馬鹿げた話に興じていると、侍女が流れるような手つきで茶を供しながら、護衛を軽くにらんだ。

「心配しなくても大丈夫よ、サラ。この人も時と場合でお行儀を使い分けているから」
くすくすと笑いながら、エレノーラは紅茶の芳香を楽しんだ。


 娘の婚約を機に迎えた後添えが男児を出産すると、シェフィールド公爵はいよいよエレノーラに甘くなった。妙な後ろめたさを感じているらしい。

 だからエレノーラが十三のとき『自分の商会が欲しい』とねだると、あっさりとかなえられた。元手はもちろん、役に立つだろう人材を集め、商船の一隻さえ簡単に用意してくれた。

 エレノーラには商才があった。はじめは父のよこした指南役に頼っていたものの、次第に彼らも舌を巻くほど怜悧な判断や狡猾な交渉を見せるようになっていった。そうなるとますます面白くなる。さすがに公爵令嬢自ら国外に取引に出向く、というわけにはいかないものの、エレノーラの世界は確実に広がっていった。

 周りに置く者の顔ぶれも変わった。入れ替えた侍女の中にいた一人がサラだ。不都合があればまたすげ替えれば良い、と深く考えずに選んだが、案外うまくいっている。

 同様に入れ替えた護衛の一人、ダグラスは変わった男だった。

 エレノーラが商会を興すというと、ほとんど誰もが『金と身分にあかした子供のままごと』と笑った。もっとも正面切って意見をするものはまずいない。内心馬鹿にしつつ追従してくる。そのあたらしい護衛はどちらでもなかった。ただ好奇心でいっぱいの表情で船の中を歩き回っていた。

「貴方は子供のくせにとは思わないの?」

「いや、別に。偉そうにどうこう言えるほど、俺はお嬢さんのことも商売のことも知らないし。
 ただまあ、面白いことを考えるもんだなあとは思うよ」

 その後、護衛として許される言動ではないと、新入りは先達に締め上げられた。エレノーラは不問にする代わりに教師をつけてやった。その護衛、ダグラスは貧乏男爵家の五男、七番目の子でまともな教育を受ける余裕はなかったらしい。

 教育が進むごとに言葉遣いも改まってきたが、エレノーラの前ではしょっちゅう素に戻ってしまう。エレノーラの奔放さを楽しんでいる風があるのに、公爵令嬢に取り入ってうまくやってやろうというような媚びはない。仕事を通して出会うあたらしいことに好奇心を隠さない姿は、五つも年上のくせに子供のように見える。彼といると、エレノーラは楽に呼吸ができる気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。 婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。 5話で完結の短いお話です。 いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。 お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

幸せな人生を送りたいなんて贅沢は言いませんわ。ただゆっくりお昼寝くらいは自由にしたいわね

りりん
恋愛
皇帝陛下に婚約破棄された侯爵令嬢ユーリアは、その後形ばかりの側妃として召し上げられた。公務の出来ない皇妃の代わりに公務を行うだけの為に。 皇帝に愛される事もなく、話す事すらなく、寝る時間も削ってただ公務だけを熟す日々。 そしてユーリアは、たった一人執務室の中で儚くなった。 もし生まれ変われるなら、お昼寝くらいは自由に出来るものに生まれ変わりたい。そう願いながら

勘違いって恐ろしい

りりん
恋愛
都合のいい勘違いって怖いですねー

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

処理中です...