なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく

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1章

王妃リリー

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――またか。勘弁してくれ。

 侍従の報告を受けて、レジナルドは肺の中を空にするような溜息をついた。


 即位してから十年。国王レジナルドの心は明るく輝かしい夏を過ぎ、実りの秋を迎えることなく、わびしい冬のただ中にある。

 意気込んで老練な臣下たちを国政の場から遠ざけてみたものの、何もかもうまく行かない。三年も持たずに頭を下げて戻ってもらう羽目になった。

 亡き父のもとでは従順だった貴族たちは、レジナルドには柔和な笑みを見せつつ背を向ければ舌を出す。平民たちも不満をくすぶらせている。

 溜息の元がばたばたとドレスの裾を蹴立ててやってきた。

「あ、ここにいたの、レジー。ねえ聞いて、叔父様ったらひどいのよ、意地悪なの」

 リリーはいつまで経っても、淑女らしくはならない。少女と言っていい年齢のうちは、貴族社会の毒に染まらない純真さだと思っていた。だが王妃となり二十歳をいくつも越すと、そんな様子に違和感をおぼえるようになった。

 以前、レジナルドは妻にその粗雑な歩き方について指摘したことがある。

『だって、見た目より重いし、邪魔で歩きにくいんだもの』
そう言って頬を膨らませたリリーは、数日後とんでもない姿で現れた。

『こうしたら動きやすいわ。それに、可愛いと思わない?』
得意顔でくるりと回って見せた彼女のドレスの裾は、膝頭がむき出しになるほど短かった。

 この国では平民女性も成人を迎えれば、野外で作業をするときですら足を見せたりはしない。王族や貴族であればなおさらだ。とてつもなくはしたない格好に、周りの方が赤面した。

 何が悪いのか理解できないリリーに、とにかく衣装の丈を勝手に短くしてはいけないことだけは、どうにか飲み込ませた。

 王妃を淑女らしくふるまわせるのを諦めたのは、そうした徒労の積み重ねだけではない。それよりももっと厄介な悪癖を発揮するようになったからでもある。

「わたしね、お隣の国の人とお友達になったの。それで、せっかく仲良くなったのに、お互いの国同士は仲良くないのって悲しいねって。
 だから一緒に考えたの。仲良くなるにはどうしたら良いか」

 妻がそうして考えたことを、さきほど報告を受けてレジナルドは知っていた。思わず渋面になる。

 リリーの言う『お隣の国』と関係が悪化しているのは、二十年前の鉱山を巡る争いからだ。この国が長年に渡って開発してきた鉱山が有望とみるや、隣国が領有権を主張して兵を送り込んできたのだ。それを退けるために、こちらは少なくない犠牲を払うことになった。

「だからといって鉱山を勝手に隣国にひき渡すなど、許されるわけがないだろう。何を考えているんだ、リリー」

 彼女は独断で、鉱山を隣国に譲渡する旨の親書を送ろうとしたのだ。これまでとは桁違いの問題に、レジナルドは目眩さえおぼえた。

「だって、あの鉱山のせいでケンカになったんでしょ?だったらあげちゃった方が良いじゃない。みんな仲良しが一番よ」

 リリーの頭の中は幼い子供のように単純だ。『良いこと』と『悪いこと』の二つにはっきりと色分けされている。そのうえ、親しげな笑みを向けられれば誰でも『お友達』だ。

 かつてリリーは誓った。“みんなを幸せにできるような王妃になる”と。彼女としては、その通りに頑張っているつもりなのだ。しかし、実際は『お友達』の利益を代弁するだけの存在となってしまっている。それをいいことに、取り巻きたちは『王妃の寵臣』を看板に好き勝手にふるまう。

 現在の王妃とかつての婚約者では、周りに集まる人間が全く違っている。リリーの取り巻きたちは、かつてエレノーラにもまとわりついて冷たくあしらわれていた。その様子を見てもただ、えり好みの激しい嫌な女だと思っていたのは間違っていた。ようやくレジナルドが気付いたときには遅かった。はっきりと法に触れることをしているわけでもない取り巻きたちを追い払うような強権をふるう力は、今の王家に残ってはいない。彼らの背後に他国の影がちらついていても歯噛みしているほかないのだ。

「……とにかく、勝手な真似はやめてくれ。王妃の分をこえるんじゃない」

「何でよ、私、頑張ってるのに。こんなに、頑張ってるのに!
 どうしてそんなに私のこと邪魔にするの!また別の人を王妃にしたくなったんでしょ!
 わたし一人を大事にしてくれるって約束したのに。嘘つき!嘘つき!」

 リリーは甲走った声でわめくと、ぺたんと床に座り込んで声を上げて泣き出した。
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