なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく

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1章

新王レジナルド

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「エレノーラ、お前のように傲慢で、強欲で、俺を愛する心を持たない女など、王妃にふさわしくない!
 それに引き替え、リリーは純真で、慈愛に満ち、俺を心から愛してくれる」

「わざわざそのようなことを仰らなくても、きちんと書類にサインは致しましたでしょう?
 まるで、わたくしが貴方にすがって懇願してでもいるかのような仰りようですこと」

 三歳年下の『元』婚約者エレノーラは、新しく王となったレジナルドに駄々をこねる子供、いや、躾のなっていない飼い犬を見るような目を向けた。扇で隠された形の良い唇が皮肉げに弧を描いているのが見えるようだった。


 エレノーラ・シェフィールドは王妹を母に持つ公爵令嬢であり、レジナルドにとって父方の従妹にあたる。その従妹は、婚約者として引き合わされたその時から、レジナルドにとっての目の上の瘤だった。

 幼い頃に母親を亡くした娘だと聞いていた。三つ年下のか弱くて、可哀想で、自分を素直に慕う可愛い妹分。そんな幻想は顔を合わせると同時に霧散した。

 リボンで飾られた癖のない金髪も青い瞳も鮮やかに輝き、姿形は天使そのものだった。
 だが、幼い従妹は立ち居ふるまいも口のききようも、すでに一人前の淑女のようだった。そして、感情の読み取れない目が、ひどく冷静に従兄を観察していた。

――可愛くない。

 その印象は年を追うごとに強まった。

 はなやかに装って社交界を悠々と泳ぎ回るエレノーラの姿は、いつでもひときわ人々の目を惹いた。ことに令嬢たちはいつの間にか彼女に手懐けられて、身につけるものや髪の結い方を真似したり、陶然と姿を眺めたりしている。

 この大陸のあらゆる言葉を流暢に操り、機知に富んだ受け答えをする彼女に、諸国の要人も群がる。

「素晴らしい婚約者をお持ちで羨ましいですな」

「あのようなお方が将来の王妃となられるのでしたら、ご安心ですこと」

 エレノーラに対して賛辞が贈られるたびに苦い思いを噛みしめる。

――エレノーラ、あの出しゃばりめ!本物の淑女であれば、夫となるものの後ろにそっと控えているべきではないか。

 婚約者の意向を無視して彼女が気ままにふるまえるのは、国王ウィルフレッドがそれをゆるしているからだ。

 国王は妹の忘れ形見を可愛がり、エレノーラの方も伯父を慕っている。婚約者であるレジナルドと過ごす時間よりも、あきらかに伯父と過ごす時間の方が長かった。

 『王家の青』と呼ばれる不思議な色合いの青い瞳。それをエレノーラは亡き母を通して受け継いだ。一方、レジナルドの瞳は濃い緑だ。ウィルフレッド王とエレノーラ。二人が並んでいればまるで親子のように見える。気位の高い従妹が甘えるような表情で王に笑いかける。そんなときはいつもと違って、いかにも無邪気な少女らしく見えた。


 英邁な父王。優秀な婚約者。

 常に比べられ、ふさわしくあれと求められる。

 そんなレジナルドが父王を喪ったとき、悲しみよりも開放感が勝った。

 父の国葬を終えると、彼は真っ先に婚約者をすげ替えた。反対するものもあったが、その急先鋒である叔父ラザフォード侯爵の不在を突いて、強引に押し通した。

――かまうものか、俺こそが王なのだ。なぜ王たる者が気に食わん女を王妃とせねばならんのだ。

 リリー・アボット。それが、新王レジナルドが選んだ女性の名前だ。男爵家の妾腹の娘である彼女とは、本来出会うはずがないほどの身分の隔たりがある。それを越えて出会ったことも運命を感じさせた。

 結婚の申し込みにリリーは曇りのない笑顔で応えてくれた。

「わたし、頑張るわ。きっと、みんなを幸せにできるような王妃様になる」

 これこそがリリーにあってあの高慢な従妹にはないものだ。自分を中心に世界は回る。そう考えているだろうエレノーラは、民の幸せのために尽くそうなどと考えたことはないはずだ。

「わたしは宝石なんかより、可愛いお花の方が好きだわ」

 贅沢を好むエレノーラと違って、リリーは無欲そのものだ。むやみやたらに散財をしたり、茶会や夜会をひっきりなしにひらいたりはしない。

 王妃となるには身分も教養も何もかも足りない。そう評して、叔父をはじめとする年かさの貴族たちはリリーに批判的だった。だが実際は、公の場に出ればリリーの周りに人々が集まる。人の輪の中でほがらかに談笑する王妃の姿に、レジナルドは自分の正しさを確信していた。

 叔父たちは時代遅れなのだ。役目を終えた年寄りたちは敬して遠ざけておくのがいい。若き国王は人事の刷新を図ることにした。
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