なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく

文字の大きさ
上 下
3 / 16
1章

かつての婚約者

しおりを挟む
 執務室に腰を落ち着けて、レジナルドはようやく息をついた。

 取り乱した王妃をどうにかなだめすかして部屋に連れて行き、医師の処方した薬を飲ませて休ませた。大仕事だった。徒労感に押しつぶされそうな気さえする。

 五年前、リリーを廃してあたらしい王妃を冊立するべきだ、と近臣たちが主張した。内政や外交に混乱を招き、王家や国の威信を損なう。子を生んでいない。後ろ盾がない。根拠ある理由を並べ立てられて、レジナルドさえも擁護しかねた。

 そんな状況で、王妃は思わぬ行動に出た。自害をはかったのだ。

 離縁や側室への格下げがなし崩しになくなった後、リリーの暴走に拍車が掛かった。彼女なりに王妃の地位、それよりも、レジナルドを失うまいと必死なのが分かる。それだけに彼女を退けることができずにいる。

 ラザフォード候の視線が痛い。宰相であり、叔父でもある彼はレジナルドの一番の味方ではあるが、リリーを王妃とすることに終始反対していた。『それ見たことか』と言われたくない王は、姑息にも話題をそらすことにした。

「ラザフォード候。これほど財政が苦しいのはなぜだ?
 金食い虫のエレノーラがいなくなったのだから、もう少し余裕があっても良いはずだと思うが」

 レジナルドの母が早くに世を去っていたので、エレノーラは王宮の女主人というべき立場にいた。頻繁に催される夜会や茶会。さまざまの催し物。そのたびに仕立てる豪華な装い。かなり財政を圧迫していたはずだ。

 それに引き替え、リリーは贅沢を好まない。夜会の回数は激減したし、茶会はごく砕けた形式のものになっている。衣装ももう少し手をかけて欲しいと思うほどだ。

「恐れながら陛下。シェフィールド公爵令嬢が公費を浪費していたという事実はございません」

「馬鹿な。あれほど派手にふるまっていたではないか」

 宰相は貴族らしく表情を崩さなかったが、溜息をこらえたようだった。
「シェフィールド公爵令嬢の身につけていたものは、彼女の持つ商会が出所でした。
 自身が公の場で身につけることで、その価値を高めていたのです」

「それでは公私混同だろう」

「単純にそうとは申せません」

 ラザフォード候は、宰相ではない叔父の顔になった。
「王妃殿下は着飾ることがお嫌いでいらっしゃる。夜会も、まともな茶会も主催なさらない。
 それをみた他国は、つつましいと感じ入ったりは致しません。国力の衰えとみるのです」

 交流を図り、情報を収集する場であるのは言うまでもない。趣向を凝らした催し。それを取り仕切る水際だった手並み。そこに他国は高い国力と成熟した文化をみるのだ。そうしたものが外交の場で少なからずものを言う。

 そして、エレノーラは費え以上のものを生み出していた。彼女の支援の元、厳しい要求に応えることで、様々な産業が刺激を受け、活性化し、腕の良い職人が増えた。ことに織物は長足の進歩を示した。

「ならばこれからでも……」

「残念ながら。肝心の職人たちがおりませんので」

 レジナルドとの婚約解消後、エレノーラは国外に去った。その彼女に従って、主立った職人たちもいなくなってしまった。

「貴族女性にしてみれば、まさか王妃殿下より華美な装いをするわけには参りますまい。夜会や茶会も控えるほかないでしょう。そのような状況では、高めた技術は宝の持ち腐れ。生計も危うくなりましょう」

 そして何よりも、エレノーラは流行の担い手だった。国内に限らず、女性たちの憧れをかきたてる存在だった。この国の長い歴史に裏打ちされた伝統に、斬新な着想を巧みにとりいれる。彼女の目にかなったものを人々が争うように求めていた。

 頭の固い連中に、彼女はこううそぶいたものだ。

「歴史と伝統も、ただしまい込んでいるだけでは黴が生えてしまいますもの。ほどほどにあたらしい風も入れなくてはなりませんわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

ローザとフラン ~奪われた側と奪った側~

水無月あん
恋愛
私は伯爵家の娘ローザ。同じ年の侯爵家のダリル様と婚約している。が、ある日、私とはまるで性格が違う従姉妹のフランを預かることになった。距離が近づく二人に心が痛む……。 婚約者を奪われた側と奪った側の二人の少女のお話です。 5話で完結の短いお話です。 いつもながら、ゆるい設定のご都合主義です。 お暇な時にでも、お気軽に読んでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

クレアは婚約者が恋に落ちる瞬間を見た

ましろ
恋愛
──あ。 本当に恋とは一瞬で落ちるものなのですね。 その日、私は見てしまいました。 婚約者が私以外の女性に恋をする瞬間を見てしまったのです。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

勘違いって恐ろしい

りりん
恋愛
都合のいい勘違いって怖いですねー

頭の中が少々お花畑の子爵令嬢が朝から茶番を始めたようです

恋愛
ある日、伯爵令嬢のグレイスは頭の中が少しだけお花畑の子爵令嬢の茶番に付き合わされることになる。 グレイスを糾弾しているはずが、巻き込まれて過去を掘り返されていくクラスメイトたち……。 そこへグレイスの婚約者のリカルド殿下がきて……? ※10,000文字以下の短編です

幸せな人生を送りたいなんて贅沢は言いませんわ。ただゆっくりお昼寝くらいは自由にしたいわね

りりん
恋愛
皇帝陛下に婚約破棄された侯爵令嬢ユーリアは、その後形ばかりの側妃として召し上げられた。公務の出来ない皇妃の代わりに公務を行うだけの為に。 皇帝に愛される事もなく、話す事すらなく、寝る時間も削ってただ公務だけを熟す日々。 そしてユーリアは、たった一人執務室の中で儚くなった。 もし生まれ変われるなら、お昼寝くらいは自由に出来るものに生まれ変わりたい。そう願いながら

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

こんな人とは頼まれても婚約したくありません!

Mayoi
恋愛
ダミアンからの辛辣な一言で始まった縁談は、いきなり終わりに向かって進み始めた。 最初から望んでいないような態度に無理に婚約する必要はないと考えたジュディスは狙い通りに破談となった。 しかし、どうしてか妹のユーニスがダミアンとの縁談を望んでしまった。 不幸な結末が予想できたが、それもユーニスの選んだこと。 ジュディスは妹の行く末を見守りつつ、自分の幸せを求めた。

処理中です...