なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく

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1章

かつての婚約者

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 執務室に腰を落ち着けて、レジナルドはようやく息をついた。

 取り乱した王妃をどうにかなだめすかして部屋に連れて行き、医師の処方した薬を飲ませて休ませた。大仕事だった。徒労感に押しつぶされそうな気さえする。

 五年前、リリーを廃してあたらしい王妃を冊立するべきだ、と近臣たちが主張した。内政や外交に混乱を招き、王家や国の威信を損なう。子を生んでいない。後ろ盾がない。根拠ある理由を並べ立てられて、レジナルドさえも擁護しかねた。

 そんな状況で、王妃は思わぬ行動に出た。自害をはかったのだ。

 離縁や側室への格下げがなし崩しになくなった後、リリーの暴走に拍車が掛かった。彼女なりに王妃の地位、それよりも、レジナルドを失うまいと必死なのが分かる。それだけに彼女を退けることができずにいる。

 ラザフォード候の視線が痛い。宰相であり、叔父でもある彼はレジナルドの一番の味方ではあるが、リリーを王妃とすることに終始反対していた。『それ見たことか』と言われたくない王は、姑息にも話題をそらすことにした。

「ラザフォード候。これほど財政が苦しいのはなぜだ?
 金食い虫のエレノーラがいなくなったのだから、もう少し余裕があっても良いはずだと思うが」

 レジナルドの母が早くに世を去っていたので、エレノーラは王宮の女主人というべき立場にいた。頻繁に催される夜会や茶会。さまざまの催し物。そのたびに仕立てる豪華な装い。かなり財政を圧迫していたはずだ。

 それに引き替え、リリーは贅沢を好まない。夜会の回数は激減したし、茶会はごく砕けた形式のものになっている。衣装ももう少し手をかけて欲しいと思うほどだ。

「恐れながら陛下。シェフィールド公爵令嬢が公費を浪費していたという事実はございません」

「馬鹿な。あれほど派手にふるまっていたではないか」

 宰相は貴族らしく表情を崩さなかったが、溜息をこらえたようだった。
「シェフィールド公爵令嬢の身につけていたものは、彼女の持つ商会が出所でした。
 自身が公の場で身につけることで、その価値を高めていたのです」

「それでは公私混同だろう」

「単純にそうとは申せません」

 ラザフォード候は、宰相ではない叔父の顔になった。
「王妃殿下は着飾ることがお嫌いでいらっしゃる。夜会も、まともな茶会も主催なさらない。
 それをみた他国は、つつましいと感じ入ったりは致しません。国力の衰えとみるのです」

 交流を図り、情報を収集する場であるのは言うまでもない。趣向を凝らした催し。それを取り仕切る水際だった手並み。そこに他国は高い国力と成熟した文化をみるのだ。そうしたものが外交の場で少なからずものを言う。

 そして、エレノーラは費え以上のものを生み出していた。彼女の支援の元、厳しい要求に応えることで、様々な産業が刺激を受け、活性化し、腕の良い職人が増えた。ことに織物は長足の進歩を示した。

「ならばこれからでも……」

「残念ながら。肝心の職人たちがおりませんので」

 レジナルドとの婚約解消後、エレノーラは国外に去った。その彼女に従って、主立った職人たちもいなくなってしまった。

「貴族女性にしてみれば、まさか王妃殿下より華美な装いをするわけには参りますまい。夜会や茶会も控えるほかないでしょう。そのような状況では、高めた技術は宝の持ち腐れ。生計も危うくなりましょう」

 そして何よりも、エレノーラは流行の担い手だった。国内に限らず、女性たちの憧れをかきたてる存在だった。この国の長い歴史に裏打ちされた伝統に、斬新な着想を巧みにとりいれる。彼女の目にかなったものを人々が争うように求めていた。

 頭の固い連中に、彼女はこううそぶいたものだ。

「歴史と伝統も、ただしまい込んでいるだけでは黴が生えてしまいますもの。ほどほどにあたらしい風も入れなくてはなりませんわ」
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