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危篤、ぴんち!
しおりを挟む「水、汲んできた!」
重い甕を、筋肉の隆起した逞しい腕で運んできてくれた勇者兄に、拍手する。
「ありがとう、飲ませて!」
「おう!」
欠けた土器に水を注いで、兄が、勇者に水を飲ませてゆく。
「無理にでも、たくさん飲んで、時々お塩舐めて、たくさんおしっこ行こうね」
真っ赤になった勇者の目が、泳ぐ。
「おひめさんの言うことは、聞くもんだぞ!」
いかめしい兄の説得は、明後日の方を向いている。
「いや僕、ひめじゃないから」
訂正する僕の隣で、勇者は頷いた。
「わかった、にいちゃ」
わかってない気がするな!
ごくごく水を飲む勇者を、僕が支える。
貴重らしい塩を、兄は大切に、勇者に嘗めさせてくれた。
勇者がもよおすと、兄が、勇者を抱えて外に連れていってくれる。
厠もしくは肥溜めは、外にあるらしい。
間違いなく外だよね。
僕はクロと一緒に、冷たい水を、小川からどんどん汲むお手伝いをした。
冷たい水に浸した布を絞って、汗の吹きだす勇者の身体を拭いてあげる。
汗からも毒が排泄されるみたいだからね。
水はどんどん替えて、どんどん拭くよ!
真っ赤な勇者は、ちっちゃくて、とっても可愛い。
だいじょうぶ、大事なところは、見てないからね。
僕は、配慮のできるモブを目指しています!
がぶがぶ水を飲んで、時々お塩を嘗めて、たくさんお小水に旅立って、吹きだす汗を拭いてたら、勇者の顔色が、少しずつよくなってきた。
毒が、ちょっとずつ薄まってきたかな。
「その果物、村の人に、全部燃やすように言って。
種が残って芽吹いて、また誰かが食べたら危険だ。
食べたら毒だよ。子どもが死んじゃう」
「わかった!」
勇者兄が、駆けてゆく。
ちいさな村は、一瞬で大騒ぎになって、倒れた勇者を皆が見に来た。
「ほんとに、おひめさまだ!」
「違います」
訂正した。
勇者を見つめた村人たちが、ざわつく。
「エォナ、倒れてるな」
「うれしそうだぞ」
「ひめさまの腕の中だからな」
「でも倒れてるぞ」
村人たちは、顔を見合わせる。
「この間来た人間は、ちっと怪しかったな」
「果物、くれたけどな」
「美味かったけどな」
「毒だったら、ひでえことだ!」
「きれーだったけど、ひめさまとは比べ物になんねえな」
顔を見合わせた村人たちは、僕を見つめて、吐息した。
え、ためいき?
僕、大丈夫?
「貰った果物、皮も種も、全部燃やせ!」
「毒だぞ! 子どもに食わすな!」
「食った子どもは、おひめさんに見てもらえ!」
「わあ!」
ちっちゃい子たちが、僕に向かって駆けてくる。
僕はいちおう、手を挙げてみた。
「ひめじゃないです」
僕に抱きついてきた子どもたちを引き剥がして、診察する。
なんだか、お医者さんごっこみたいで、居た堪れない。
申し訳ない僕を見あげる子どもたちの目が、きらきらだ。
「顔色よし。発熱なし。発汗なし。息切れなし。
大丈夫そうですが、様子を見ましょう。
いつもよりたくさんお水を飲んで、たまにお塩を嘗めてください。
たくさんお小水に行きましょうね」
「は、はい!」
真っ赤な子どもたちが、めちゃくちゃ可愛い。
「なんだ、医者みてーだな」
空間を切り裂いてやって来たジァルデに、子どもたちは恐慌に陥るでなく、歓声をあげた。
「すっげー!」
「かっけー!」
「角!」
きゃあきゃあされたジァルデの柘榴の瞳が、まるくなる。
多分、ジァルデは、純粋に慕われることに、慣れてない。
ちょっと眦が赤いよ。
ジア、かわいー!
そして、勇者の村が心配になる。
皆、警戒心、全くないよね。
「ギキの実の毒を、解毒してくれる草だ。
煎じて飲め。めんどくさかったら、食ってもいい」
薬草を差し出してくれる銀煤の爪が、緑の汁に濡れていた。
解毒の薬草を調べて、群生地に飛んで、摘んできてくれたんだ。
「ありがとう、ジア」
大きな手を、ぎゅ、と握ったら、柘榴の瞳が瞬いた。
「なんで泣く」
「ジアが、解毒を調べて、薬草を摘んできてくれたのが、うれしくて」
大きな手が、僕の頭を、わしゃわしゃ撫でてくれる。
爽やかな、草の香りがした。
「お医者さん!」
「お薬!」
「ありがとう!」
ちいさな子どもたちが、手に手に薬草を握り、ジァルデに頭をさげて帰ってゆく。
勇者兄が煎じた薬湯を飲んだ勇者の顔色は、随分よくなった。
ちいさな手が、僕の手を握ってくれる。
「おひめさま、お医者さん、ありがとう、ございます」
「ひめじゃないよ」
訂正、何度目かな。
「あの、でも、お金、なくて──」
ちっちゃな勇者の手を握り返して、僕は笑う。
「きみが、元気に大きくなってくれたら、一番うれしい」
勇者が、真っ赤になった。
ジァルデが銀煤の爪を翳す。
銀の光が勇者を包み、勇者は目を瞬いた。
「魔法だ。
ろーを呼べば、ろーに届く」
時空を裂ける時魔の不思議な魔法だ!
ジア、ゲームにない魔法しか使わないよ。すごい!
ジァルデを見あげた僕は、笑う。
「ありがとう、ジア!」
真っ赤な頬の、勇者の目を覗き込んだ。
「見たことのない人間には気をつける。
見たことのない食べ物は、貰わない。食べない。
村に、きみに危険が迫った時は、僕の名を叫んで」
栗色の瞳が、僕を見あげてくれる。
「ろー」
勇者のささやきに呼応するように、僕の頭の中で、勇者の声が響く。
『ろー』
これならきっと、大丈夫!
「絶対、たすけに来るからね」
ちいちゃな手を、握る。
真っ赤な頬で、勇者は手を握ってくれた。
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