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ちっちゃい勇者を、たすけたい!
しおりを挟む「こ、こんにちは。
えと、エォナ?」
デフォルトの勇者の名前は、エォナだった、はず!
栗色の目が、見開かれる。
「──エォナは、弟だ。
弟を知ってるのか?」
「あ、そっか、お兄ちゃんか。
おっきくて、びっくりした」
笑う僕に、勇者の兄が、真っ赤になった。
うーん。
僕、前世では、喋るな、触るな、気持ちわるい、しか言われなかったからな。
2次元に生きてたからね。
3次元の交流、ほぼ無だからね。
年相応の落ち着きとか配慮とか知らない!
コミュ障なんだよ。
偵察に、不向き!
「えと、弟さんは、元気?」
「──いや、ちょっと、寝込んでて──……」
「うそ! どうしたの!」
目を剥く僕に、勇者兄が、たじろいだ。
うん。
僕、距離感おかしいんだよね。
知ってるけど、治し方が分からない!
「この間さ、やたら見目のいい人間が、村の外で怪我して倒れてて。助けたら、お世話になったお礼にって、見たことのない、いい匂いの果物くれたんだ。
すっげえ美味くて、村の皆で食ったんだけど、それから弟の具合がおかしくて──朝から薬草摘んできたんだ」
握り締められて萎れ気味の薬草を掲げる勇者兄に、仰け反った。
なんか、あからさまな罠に引っ掛かってる──!
でも勇者を殺したら、元も子もなくない?
あ、そっか、村人の魔法を、変な果物で封じて、村人を皆殺し作戦か!
魔法が封じられなくても、体調が悪くなればいいのかも。
そして生き残る子どもは、誰でもいいのかも!
「その果物の皮とか種とか残ってる? 見せて!」
「お、おう」
勇者兄は、初対面の僕と、見るからに巨大でありえないサイズの犬クロを、家に案内してくれた。
警戒心、無さ過ぎるから!
僕が弟の名前を知ってることを、疑おうよ!
村の人って、余所者が苦手だっていうのに、違うのかなあ。
心配になってきたよ、勇者の村!
勇者の村では、牧畜と農耕が盛んらしい。
畑の畝が波をつくり、春の若芽が緑に萌えていた。
鶏が、あちこちで、コッコ、コケッケ鳴いている。
豚や牛、羊の、ブヒブヒ、モーモー、メーメーの声もする。
のどかだ。
「あ、あのさ、あの、なんで、おひめさまが、俺の弟のこと、知ってんの?」
お、警戒心が出てきたかな。
よいことです。
思わず笑みが零れたら、勇者兄の顔が真っ赤になった。
前世の僕は、笑ったら、気持ちわるいって言われたんだよ。
ジァルデもゼドもクロもやさしいから、僕に、そんなこと言わないけど。
人間には、言われちゃうかもなあ。
僕、しょんぼり。
「僕が、おひめさまじゃないからだよ」
「そ、そうなのか!」
びっくりしたらしい勇者兄が、なるほど、と納得してる。
え、そこで納得するの?
大丈夫なの、勇者兄!
「ここが、俺ん家なんだ」
勇者兄が案内してくれたのは、村の端にある、崩れ落ちそうな藁の家だった。
薄暗い家のなかには、囲炉裏と、奥に布団で横たわる人影が見えた。
「エォナ! だいじょぶか!」
勇者兄が、布団に駆け寄る。
大きな煎餅布団で、ちいさな子どもが、真っ赤な顔で、うなされていた。
「……にい、ちゃ……」
ちっちゃな手が、兄の手を握る。
兄の瞳が、歪んだ。
「エォナ!」
ちいさな手を、兄の手が握り締める。
「朝はこんなじゃなかったんだ、だから薬草を採りに行ったのに──
急に悪くなってる──!」
あわてて薬草を煎じようとする兄と、今にも息絶えそうな勇者に、僕は思わず叫んだ。
「ジア!」
呼んだら、ジァルデが攻撃されちゃうかもとか、頭から吹っ飛んでた。
たぶんジァルデなら、勇者兄を、一発でぽこれる。
きっと大丈夫!
「どうした」
空間を切り裂くように現れたジァルデに、勇者兄が、目を剥いた。
勇者はたぶん、意識が朦朧としてて、気づいてない。
「勇者が、変な果物食べさせられて、死にそうになってる!
危険! 危篤!」
あわあわする僕の頭を、ジァルデの大きな掌が、わしゃわしゃ撫でた。
僕の叫び声に、おとなしくしてたクロも、慌てて家の中に駆けこんでくる。
「ろー、どうした!」
「勇者が死んじゃう!」
半泣きの僕と、突然現れた、角のある超絶美形と、喋る犬に、勇者兄は、あんぐり口を開けた。
「──えぇエぇえ?」
「変な果物の、皮と種は!?
果物、まだ余ってる?」
僕の叫びに、勇者兄が跳びあがる。
「お、おお?」
勇者兄は、あわてたように、戸棚を漁った。
「こ、これ」
茶色い果物から、甘い匂いがする。
毒の匂いだ。
ジァルデは、凛々しい眉を顰めた。
「ギキの実だ。
エルフには毒だ。魔力を封じる。
エルフの血が流れる者にも、毒になる。
食えば、力のある子どもは、死んでしまう」
「勇者が、死んじゃう──!」
悲鳴をあげる僕を、柘榴の瞳が覗き込んだ。
「この毒は、水を沢山飲めば尿や汗とともに排泄される。
きれいな水を沢山飲ませ、たまに塩を嘗めさせろ。汗をこまめに拭け。
転移に魔力を使うから、すぐには戻って来れない。
俺が戻るまで、頑張れるな」
息をのんだ僕は、顔を引き締め、頷いた。
生まれたばかりの赤ちゃんには酷だと思うが、僕は前世から数えたら42歳!
看護の経験はないけど、頑張ってみるよ。
ジァルデの大きな手が、僕の頭を、わしゃわしゃ撫でてくれる。
「待ってろ」
銀煤の爪が、空間を切り裂いた。
ジァルデの姿が、掻き消える。
時魔だけが使える伝説の魔法、と呼ばれるそれは、4次元の時空を開く魔法だ。
だからジァルデは、思うところに、思う過去にゆける。
が。
時を止めながら、場所まで移動するのは、物凄く大変な力技で、下手すると命が削れるらしい。
だから、時を止めるか、場所を移動するか、どちらか一方を使う。
それでも、滅多にいない魔山羊のお母さんを連れてきてくれるの、めんどくさいのに、めちゃくちゃ早かったよ!
片っぽだけでも、最強チートだと思うよ、ジア!
そんなジァルデが殺されちゃうんだから、ゲームに掠りもしないヅァギは侮れない。
「ジアが、きっと、解毒を見つけてくれる。
それまで僕が、頑張ります。
きれいな水を、たくさん用意しましょう!」
「わ、わかった!」
角のある超絶美形と、喋る犬を呼んだ僕を、信頼し過ぎじゃないかな、勇者兄。
心配になりながら、ジァルデが持たせてくれていたハンカチで、勇者の汗を拭う。
「絶対、たすけるからね。
一緒に、頑張ろうね」
勇者のちっちゃな手を、握る。
「……おひめさま……?」
兄とおそろいの、目のわるさだね。
「ちがうよ」
僕は、訂正する。
「ロロ・ルル」
「ろー」
ジアと、ゼドと、クロと一緒の呼び方に、笑った。
勇者の顔が、赤くなる。
「熱が上がってきたかな。
大丈夫。
絶対、たすける!」
ちいさな身体を抱えあげ、溢れる汗を拭いてあげた。
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