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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㉕『お掃除、完了』

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      二十五

「さて、これでようやく落ち着いて話が出来ますね。」
 そう言って、ヴィルが定位置であるアルバートの傍に控える。
 見る見るうちにヴィルの手によって整えられていった室内は、大した時間もかからずに整然と心地よい空間へと変貌を遂げた。
 初めてこの室内に踏み入った時とのあまりの違いに、沢崎直は開いた口を閉じることを忘れていた。
 全ては些末なことと言わんばかりのヴィルは慌てず騒がず粛々と手慣れた様子で片づけを終えたことから見ても、どうやら師匠の室内の乱雑な様子はいつもの事なのであろう。あの大惨事のような室内の有り様すら想定内と言わんばかりのヴィルは、片づけを終えても誇ることなく脇に控えた。
「話ってのは、これのことか?」
 片づけを終えた室内で、師匠が椅子に座ったままヴィルに渡された手紙を振る。
 先程、ざっと視線を通していたので師匠はようやくヴィルの訪問の目的を理解していた。
 その様子に満足し、ヴィルはしっかりと頷く。
「はい。」
 一人だけ手紙に何が書いてあるのか知らない沢崎直は、二人の間で静かに座っていた。
「……とりあえず、アル坊。」
「はい。」
 急に自分に矛先が向き、沢崎直はびくっと返事をした後、やっと間抜けにもずっと開いていた口を閉じる。
 師匠は手紙を置いて、アルバートに向き直った。
「記憶喪失ってのは本当か?」
 そう尋ねられて、沢崎直に応えられることは一つだ。
「はい。記憶はありません。」
 嘘は言っていない。アルバートとしての記憶は、沢崎直に備わっていないのだ。
 素直に頷く弟子に、師匠はうんうんと唸った。
「難儀なことになってんな……。戻ってきたと思ったら、これか?」
 師匠の声音は、決して弟子を責めている物ではなく、弟子のことを心配している物だった。
 沢崎直はそのことにちょっとだけ安心した。
(……弟子のこと思ってくれる優しいところはある師匠なんだ……。)
 ここまで驚くほど尊敬するポイントが分からなかった師匠だが、人として最低限備わっていて欲しい優しさは持ち合わせているようだ。
「すみません。ご迷惑をおかけして。」
 沢崎直は謝った。記憶喪失も、異世界転生も沢崎直のせいではないが、当事者ではある。その上、現在進行形で周りの方々に迷惑をかけているという事実は変わらないからだ。
 師匠はゆるゆると首を振った。
「気にすんな。」
 そして、今度はヴィルへと向き直る。
「で?ヴィル。お前さんが話したいのは、何だ?ここには、ワイルドベアーが何たらとか書いてあるが……。」
 師匠はテーブルに置いた手紙の文面を指し示した。
 ヴィルは師匠の言葉にしっかりと頷いた。
「はい。実はですね。アルバート様が発見された時、ワイルドベアーと遭遇した直後だったようで……。」
 二人の話は続いていく。
 沢崎直は突然出てきた『森のくまさん』の話題に気が気ではなくなった。
 どうやらヴィルは、アルバートの記憶の手掛かりを得るためにワイルドベアーの一件を師匠に質問する気で、師匠を訪問しようとしていたようだ。
 主人の記憶喪失を気にかけてのヴィルの行動に、何と健気なというような感想を持ちたかった沢崎直だが、そんなわけにはいかなかった。もうその話題は静かにしていれば忘れ去られていくんじゃないかなぁと、沢崎直はそんな風に思って半ば忘れていただけに、突然持ち出された衝撃は計り知れないものがある。
 まさか自分がどさくさに紛れて倒した上、記憶喪失の設定を周囲に植え付けるために利用したなどとは口が裂けても言えるはずがない。
 二人の話が続く中、沢崎直は冷や汗をかきながら静かに事の成り行きを見守っていた。
「素手で?俺が知る限りは、知らねぇな、そんな方法。」
(知る限り知らないって、ややこしいよ、師匠。)
「もっと考えてみてください。師匠は旅の中で、何か見聞きしていませんか?」
「そんな方法あるなら、俺が知りてぇよ。俺も素手で倒してみたいしな。」
(いや、剣と魔法で十分ですから。)
 二人の会話に心でツッコむ沢崎直。決して口に出せない言葉は、心の中に溢れていく。
 そんな心の中でだけ多弁になっている沢崎直に気付かず、二人の話は続く。
「だいたいだな。そんな方法が分かったところでどうなる?」
「もしも分かれば、アルバート様が記憶を失われた状況も分かるかもしれません。そうなれば、記憶を取り戻す手掛かりになるやもと思います。」
「そうか?分かったところで、記憶が戻るかね?」
 師匠はヴィルの意見に懐疑的だった。
 少しずつ話題が『森のくまさん』から『アルバートの記憶』に移り始めたことで、ちょっとだけ沢崎直は安堵していた。どちらも真実を知っているのは自分だけで、それについては何も言えないのだが、言い訳が出来る記憶喪失の方が遥かに心理的負担は小さい。
 冷や冷やはらはらしながら二人の会話の行方を見守るしかない沢崎直は、早くこの会話が終わることを一身に祈ることしかできなかった。


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