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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㉖『師匠の自論』

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      二十六

 結局、ワイルドベアーの事も記憶を取り戻す事も有益な情報は得られず、二人の会話は大した盛り上がりも見せずに収束に向かっていた。
 話の中心人物でありながら、完全に蚊帳の外の沢崎直は、時折確認のために尋ねられたことに返事をするだけで、それ以外口を開くことはせず黙って二人の間で大人しく座っていた。
(余計なこと言ったらダメだし……。)
 少しでも妙なことを言っても、ちらつかせてもいけない状況なのは理解できたので、二人が沢崎直に構わず話をしてくれたのはむしろ有り難かった。
 だが、二人の会話の間はとても暇だったので、心の中だけはとても多弁だった。そうでもしていないと話を聞き逃す恐れもあるので、これは必要な措置だ。誰にも届くことのないツッコミの数々も、自分では評価に値すると思えるキラーワードも、心の中では潤沢に披露されていた。
「ヴィル。医者が知らねぇことを俺に聞くな。俺は剣の師匠だぞ?忘れたのか?」
「分かっていますよ、そんなこと。剣の腕だけは、評価していますから。ですから、師匠に聞きたかったのは、主にワイルドベアーの案件と、旅の中で妙薬や名医の噂などは聞いたことがないかという点です。」
「そうか。じゃあ、知らねぇ。まあ、見た感じアル坊は元気そうじゃねぇか?それでいいんじゃねぇの?記憶はあって困るもんじゃねぇが、なくてもどうにかなるだろ?」
 師匠はとっても大雑把な自論を展開して下さる。だが、そんな大雑把な自論が沢崎直にとっては有り難いものだった。
 だが、ヴィルにとっては違うらしい。あまりにも乱暴でワイルドで大雑把な意見には承服できないようで、すっと目を細めた。
「師匠。酒で記憶を頻繁に失くす貴方とアルバート様を一緒にしないでいただけますか?」
 ヴィルのイケボが温度を下げていく。
 しかし、師匠はそんな弟子の怒りを取り合わずに、実に面倒くさそうに続けた。
「案外、酒でも飲んですっころんで頭でも打ったんじゃねぇか?アル坊だって飲みたい夜もあるよな?で、運が悪く記憶がすっ飛んじまった。そういう時は、もう一度似たような衝撃を与えればって説は、有効か?」
「無効です!」
 沢崎直よりも早くヴィルが否定してくれる。
 さすがに沢崎直も師匠の提案した衝撃説には否定的だ。
(……ないものは衝撃でも戻んないよ。)
「別に俺だって、アル坊の頭をぶん殴ろうとは思ってねぇよ。試してみて、更に記憶が飛んでったら責任取れねぇし。だがな、記憶喪失とワイルドベアーのことはあんまり関係ねぇんじゃねぇか?」
 『ワイルドベアー』という単語が出るたびに、沢崎直の心臓がびくっと跳ねる。そろそろ心臓に悪いので、この話題は終わりにしてほしいのだが……。
「まあ、個人的にはワイルドベアーなんて、大したことないだろ?ってのが、俺の感想だな。倒した方法が素手っぽいってのが、確かに少々気にはなるが……。剣や魔法なら、いくらでも倒せるだろ?いっそ、今度剣の腹でぶん殴ってみるか?それでぶっ倒せたら、斬ってねぇし、魔法でもねぇよな?」
 そう言うと、師匠はシミュレーションを脳内で始めたようで、手を動かし始めた。
(くまさん、頭がべこーんって平らになっちゃいそう……。)
 今後、遠くない未来に師匠に倒される予定のまだ見ぬくまさんの冥福を沢崎直はお祈りした。
(……お気の毒に……。くまさんたち、今後は少しの間、森の奥に隠れていた方がいいよ。)
 心の中でワイルドベアーへと呼びかけては見たが、きっと届きはしないだろう。
「重要なことはそこではなくてですね。」
 いい加減、ヴィルさんが何の収穫もない師匠との会話に焦れ始める。
 しかし、焦れていたのはヴィルだけではなかったようで、ヴィルが何か話を展開する前に師匠は素早く口を挟んだ。
「ああ、分かってる。重要なのは、そこじゃない。重要なのは、『酒』だ。」
「は?」
「………。」
 ヴィルは沈黙し、沢崎直は間抜けな声を上げた。
 二人が戸惑っているのをいいことに、師匠は自分のペースで続けていく。
「手土産に持ってこいと手紙に書いただろ?ほら、酒はどこだ?」
「……ば、馬車の中です!」
 沢崎直は素直に師匠の質問に答えた。
 何故なら、沢崎直にとっては地雷だらけの二人の会話をもう続けて欲しくなかったからだ。
 素直な弟子の返事に、師匠は満足そうに頷いた。
「そうかそうか。アル坊。お前は昔から、素直でかわいいな。」
 師匠に褒められた。
 沢崎直は愛想笑いを浮かべると、持っていた剣を置いて立ち上がった。
「お酒、取ってきます!」
 ヴィルは絶句していた。
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