猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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リリアーナ編

61.断罪(2)※残酷描写あり

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「これでは埒が明かん。………気付け薬と、それから自白剤を」
「御意」

まるでそうなることが分かっていたかのように、コルシーニ伯爵夫人は素早く部屋の片隅に置かれたテーブルからガラス瓶を持ってくる。

「じ………自白剤………?ひ………っ卑怯だぞ………!」
「卑怯?何がだ?自分達は毒を使って人を殺めておきながら、たかが自白剤を使う程度で卑怯などとは笑わせてくれる。それとも、自分達には許されて、私には許されないと?」
「兄上、いちいち公爵愚か者に付き合っていたら話が進展しませんよ」

少し呆れたようにラファエロが呟く傍らで、コルシーニ伯爵が必死に抵抗するブラマーニ公爵の顎関節を外し、自白剤を無理矢理喉に流し込むのが見える。

「がっ………ア………!」

壮絶な痛みと、気道を塞がれた苦しみに、ブラマーニ公爵は涙と鼻水、口から溢れ出た自白剤を垂れ流しながら喚いた。
しかし、顎の関節が外されているために口を閉じることも、満足に喋る事は疎か、悲鳴を上げることもままならない様子だった。

「まぁ………だらしないですわね。いくら『優れた血筋』であることが誇りのブラマーニ公爵家の方でも、幻滅ですわ」

ブラマーニ公爵のあまりにも無様な様子を嘲るように眉を顰め、リリアーナは口元を扇で隠しながら一歩進み出た。

「ジュスト様と婚約していた間中、ジュスト様に相応しくない、素行が悪い、品がないと、罵られましたけれど………今のご自身の姿をご覧になっても、同じことが言えますの?」

喋れないと分かっていながら、敢えて穏やかな口調で公爵にリリアーナは問い掛けた。

「たかが侯爵家の娘のくせに、よくもそんな口が利けるわね!そういうところが、下品だと言っているのよ!だいたいお前が、何の権限があってこの場にいるの?!」

ブラマーニ公爵夫人が、物凄い剣幕で噛みついてきた。
ラファエロに誘われた、と素直に答えるべきだろうかと迷っていると、ラファエロが一瞬リリアーナに向かって微笑んでから口を開いた。

「………彼女は、私がお招き致しました。ご子息と婚約関係にあったリリアーナ嬢も、を見届けて頂く必要があると思いましてね」

ラファエロの答えに、ブラマーニ公爵夫人は悔しそうに口を噤むしかないようだった。
そんな公爵夫人に、ラファエロは溜息を一つついた。

「しかし先程から話を聞いていれば、あなた方はこちらのリリアーナ嬢に対して、随分と酷い扱いをしていたようですが、一体彼女の何が気に入らなかったというのですか…………?」

ラファエロのエメラルド色の双眸が僅かに細められた。
その顔にはいつもどおりの笑顔が浮かんでいるが、見るものを恐怖に陥れるような、底知れない何かが潜んでいるように感じられた。

「そんなの決まっているわ。小賢しくて、生意気な…………その反抗的な目つきを見ると腹が立つのよ。いくら穏健派への牽制の為とは言え、このような娘と婚約しなければならなかったジュストは本当に可哀想だわ」

リリアーナの人格をまるで無視したその物言いに、ラファエロの顔からすっと笑顔が消えた。

「………あなた方は、本当に何様のつもりなのですか?」

リリアーナは驚いて瞳を僅かに見開くのと同時に、はっと息を呑んだ。
ラファエロが笑顔を消すのは今まで見たこともなかった。

「そのように他人の人格を踏みにじる権利が、自分にはあるとお思いですか?………はっ。本当に、愚か者はどこまで行っても愚か者なのですね。ブラマーニは、公爵でこそあるものの、王位継承権も持たない、傍系の………王族を名乗ることも許されていないんですよ?」

その穏やかな声色に嘲りが含まれ、声のトーンは一段低くなったように聞こえた。

「………そもそも、彼女はあなた方のような欲まみれの大罪人には勿体ない、素晴らしいご令嬢です。可憐な出で立ちからは想像もできないような、自分の正しいと思う道を貫き通せる強さを持っています。………ねぇ、ブラマーニ公爵子息、あなたは元婚約者の、一体何を見ていたのですか?」

ラファエロがジュストを睨めつけると、ジュストは両親同様椅子に縛り付けられたまま笑いだしたが、リリアーナはラファエロが自分のことをそんな風に評価してくれていたということ、何より彼が自分のために怒りを顕にしてくれているということに、完全に舞い上がっていた。
冷静にならなければと思えば思うほど、胸の鼓動は強く、激しくなり、頬も熱くなっていく。
今はジュストの断罪を見届けなければ、と必死に自分に言い聞かせ、リリアーナは何とか真顔を取り繕っていた。

「はははっ。お前には私の思考など理解できまい。母上も言っただろう?私は従順で美しく、嫋やかな令嬢が好きなのだ。………そんな令嬢を甚振って、心を壊してやるのが堪らなく刺激的でね………!」

ジュストの大きく見開かれた目は、完全なる狂気に支配されていた。
長くこの男を見てきたが、こうして自分の本心を曝け出すのを見るのは初めてだった。
その言葉が終わるか終わらないかというところでエドアルドが、凄まじい怒りを滲ませた表情を浮かべ、ジュストの喉元に剣を突きつけた。

「貴様………、クラリーチェをそのような目に合わせようとしていたのか?」
「はっ。あの女は私の理想そのものだ。………だから、お前から奪い取って、調教し、外界から隔絶された場所で大切に飼ってやるつもりだったのに………お前が全てを台無しにした………!………がっ………!?」

ジュストが大きく口を開けた瞬間、エドアルドは剥き出しの剣の切っ先を躊躇いなくジュストの腔内に突っ込んだ。

「…………何だと?」
さすがのジュストも、一気に青褪める。
少しでも口を動かせば、口内は血だらけになるだろう。
父親とは別の理由で口を閉じることの出来なくなったジュストはだらだらと涎を垂らし始めた。
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