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第一章 勇者の聖剣が呪われてた

姉は空気を読める

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 そんなわけでアナスタシアンはテント、ミズイロ達は寝袋で一時休息を取る事にした。
 アズラルトが持つ懐中時計は夜8時手前を指している。実に12時間近く遺跡を彷徨っている事になる。
 まだ奥行がありそうだと思ってはいたが、まさかここまで広いとは思っていなかった。食料を持って来ていない二人は仕方なくグーグー煩い腹を水で誤魔化し寝袋に入り込む。
 ごつごつした岩場に直に寝袋を敷いている為しばらく岩肌の出来るだけ滑らかなベストポジションを捜してゴソゴソモゾモゾと二人分の音が響いていたけれど、やがてそれも静かになった。後に残るのは火の爆ぜる音と洞窟内を抜ける風の音だけだ。
 ちなみに見張りは必要ない。魔物避けの香はそれその物が見張り代わりとなっており、香に抗い魔物が寄って来たりその他の異変を察知するとそれはもう凄まじい悪臭を放つからである。
 とある世界でカメムシと呼ばれる虫が放つ悪臭を倍にしたような悪臭を。しかし王族二人は昔から暗殺者対策に殺気には敏感であるしカメムシ臭に襲われる前に異変を察する事も出来るだろう。
 ミズイロも恐らく命大事に根性で異変を敏感に察知する筈だ。ほとんど野生の勘である。

 神経を全面に巡らせつつ眠る、という王族特有の特技を披露しつつ眠っている弟とその嫁(仮)を邪な視線で眺める王女が一人、にっこり微笑みつつテントの隙間から覗いている。

 あぁ、あの炎が二人の仲を裂いているわ。なんて事なの。それともあれなの?私がいるから遠慮しているの?本当は二人寄り添って寝たいんでしょう?いつもなら「寒くないか、ミズイロ」「王子様が側にいるから……暖かいです……」なんて言いながらお互い見つめあって手を取り合ってたのよね…!

 きゃー!!と王女は妄想で一人興奮している。寝ながらミズイロはその邪気に怯え、アズラルトはまたか、と寝ながらため息をついた。
 こうして夜は更けていった。




 その翌朝の事。
 流石に紛らわせなくなった空腹に耐えきれず姉からのおすそ分けを貰った二人は元気一杯遺跡探索を再開した。
 ちなみにおすそ分けと言いつつも遺跡を出たらお返しを待ってるわ、何て笑顔で言われたらアズラルトには逆らえない。姉怖いし。
 そのお返しの内容もとんでもなかったので、どうにか同じものを買って返す方向にしてもらおうと思っている。

(何で俺がこの弱虫眼鏡と手を繋いで歩かなきゃいけないんだ!)

 小さいミズイロとは手を繋いでいたがそれはそれ。あれは子供サイズだからはぐれたら面倒で手を繋いでいるだけだし、大人サイズのミズイロはこっちが手を繋がなくても勝手にアズラルトの服の裾を掴んでついてくるから繋ぐ必要性は欠片もない。

 どうにもこの姉は何かとち狂った方向に向かって突き進んでいる気がしてならない。そう、このミズイロと自分をくっつけようとしているとしか。

(そりゃ眼鏡取ったら可愛い顔してーーー)

「可愛いってなんじゃーーーーー!!!」

 ごん!と壁に頭を打ち付けるアズラルトに「王子様!?」とびくりと飛び上がるミズイロ。

【アズラルト HP985/1000🔽】

 一旦休んで回復したHPがまたも無駄な所で地味に削られる。
 そんなアズラルトに一番の戦力+ダンジョン慣れしている為先頭を歩いていたアナスタシアンは静かにサムズアップした。それはもう慈愛の微笑みを浮かべて、これ以上ない程に爽やかに。
 姉は知っている。弟の好みは何でも知っている。ミズイロがアズラルトの好みにドストライクな事を知っている。しかし性別の壁がアズラルトを頑なにしている事もわかっている。これでミズイロが女の子だった日にはそれとなく口説きまくっていたであろう事もわかっている。

(だってねぇ、アティ。貴方気付いてる?いつもさりげなくミィちゃんを守る位置にいるの)

 本人は全く無自覚なそれを指摘すればこの照れ屋でツンデレな弟は意識してそれをやらなくなるから、弟想いの姉はそっと黙し、そして「尊い……」と手を合わせるにとどめているのだ。
 でも自覚したらしたで面白そうだからそれとなくくっつけようとしてみたりするが、やりすぎは厳禁。こういうのは本人達が気付かなければただのいらない親切になってしまうから。
 姉はしっかり空気も読むのである。

「あらぁ……またギミックかしら」

 しばらくはミズイロが興奮するような壁画もなく真っすぐ歩いてきたが、再び底の見えない穴とその向こうに続く遺跡がある場所に辿り着いた。

「え……でも待ってください……。何かここ見覚えありませんか?」

 アズラルトの服の裾を握ったままのミズイロに、いい!いいわ、ミィちゃん!なんて健気なの!なんて愛らしいの!と興奮したまま慈愛の笑みで振り返ったアナスタシアンにびくり、と飛び上がったミズイロがつつつ、とアズラルトの背に隠れながら続ける。

「あの空中に浮いてる砂……最初に通った透明な橋では……?」

「え?だってずっと一本道だったじゃない……」

 言いながら振り返るアナスタシアンの言葉も尻すぼみになる。確かにあの位置、あの砂の量には見覚えがある。気のせい、と言うにはあまりにも似通ったその位置に3人は顔を見合わせた。

「……元の場所に戻ってきてる、って事か?」

 アズラルトの疑問に嫌な沈黙が落ちた。

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