79 / 80
番外編4
しおりを挟む
4
「アイリス、ほら」
一台の馬車の前で立ち竦むアイリスの背中をウォルターが優しく押す。
「……ん」
アイリスは意を決したように頷いて、馬車に乗り込んだ。
王城の敷地内にある大きくて厳かな教会で、明日、セラフィナとアンドリューの婚姻の儀が執り行われる。
「そんな顔しないでアイリス。待ってるってヴィクトリアも言っていただろ?」
張り詰めた表情で馬車に揺られるアイリスの頬を、隣に座ったウォルターが手の甲で撫でる。
「お姉様とジェイドとお父様に会えるのは楽しみだけど…」
「セラの結婚式のための帰国のついでの里帰りなんだから、そんなに緊張しないで。アイリスが無理だと思ったらすぐにお暇すれば良いし」
「うん…」
「それにしてもセラは明日結婚式だと言うのに普段通りで全く緊張してなかったなぁ。アンドリューの方が緊張してたくらいだ」
ウォルターがそう言うと、アイリスは先ほどまで一緒にいた、いつも通りのセラフィナと、セラフィナの両親と兄夫婦たち…つまり国王と王妃、側妃と、王太子となったベンジャミン、王太子妃コルネリア、双子の王子と王女、更に東国で公爵位を賜った第二王子ステファン、その妻で東国の王女ルイーザに囲まれてガチガチに緊張していたアンドリューを思い出し、ふっと笑った。
そういえば、銀の連山での誘拐事件の時、ジェイドが王族ばかりの空間で緊張してたっけ。今日のアンドリュー様はあの時のジェイドより緊張しただろうなあ。
「セラはどうしてアンドリューと結婚する気になったのか、僕が聞いても笑って誤魔化してばかりだったけど、アイリスには話したんだろう?」
笑顔を浮かべたアイリスに安心したウォルターは、これから行くガードナー家から話を逸らすようにアイリスに問う。
「私も『何となく』とか『アイリスとお兄様が薦めてくれるなら間違いないだろうから』とかとしか聞いてなかったんですけど…」
東国へ留学してから六年ぶりの帰国になるアイリスは、ウォルターの婚約者として王宮に滞在している。そして昨夜はセラフィナとアンドリューを引き合わせた日のように、アイリスはセラフィナの部屋に泊まりに行き、夜中まで二人で語り合ったのだ。
「正直に言うとね、私、アンディの事を『救ってあげる』つもりで結婚するって決めたの」
ベッドに仰向けに寝て、口元まで毛布を引き上げたセラフィナが言った。
「救って?」
セラフィナの隣でうつ伏せで頬杖をついたアイリスが首を傾げる。
「そう。大学でもアンディに近付こうとした女性…男性もいたらしいわ。でも法学部まで追い掛けられる人はいなかったし、眼鏡と髪で顔を隠していたから大学生活は平和だったらしいけど、卒業して弁護士になったらある意味誰でも近付けちゃうじゃない。依頼人や関係者として」
「うん」
「それでこの国に来る事にしたけど、学園時代に常軌を逸した事をしたような人なら、国を超えてでも追いかけて来そうでしょ?昔、公爵令嬢とお付き合いをした時にはその彼女が虐められたりしたらしいし、こっちで誰かとお付き合いしたり結婚したりしようとしてもその相手が陥れられたりしそうだし…」
「あり得るわね」
頷くアイリス。
「実際、アンディがこの国に来て、私と婚約したと発表したら、脅迫文書が来たり、実際王城へ押し掛けて『婚約破棄しろ』って騒いだりした人がいたしね」
「ええ!?」
セラフィナは驚くアイリスににっこりと笑って言った。
「もちろん身元は洗い出してキッチリ落とし前をつけていただいたわよ?」
「当然よ」
アイリスは少し憤慨して言う。
「アンディの職場が王城の中で、私が王女だから、私にもアンディにも被害なく事を治められるの。私、こんな風にアンディの盾になってあげようと思ってたの」
「ああ…だから『救ってあげる』?」
「うん。でもね、そう話したらアンディが不機嫌になっちゃって」
「どうして?」
「セラフィナ様、私は確かに渡りに船だと言いましたが、救って欲しくて貴女と結婚しようとしているのではありませんよ」
そう、アンドリューはセラフィナに言ったとセラフィナは話した。
アンドリューは、ウォルターやアイリスの容姿や身分で態度を変える事のない人柄に好感を持ったと、そしてそのウォルターの妹で、アイリスの友人であるセラフィナにも同じ気質を感じたのだと言う。
「それに…初めてお会いした時、私の話に表情豊かに反応してくださって…その表情が…かわいいなぁと思ったんです」
羞恥心を隠すように眉を寄せてアンドリューは言った。
「アイリス、ほら」
一台の馬車の前で立ち竦むアイリスの背中をウォルターが優しく押す。
「……ん」
アイリスは意を決したように頷いて、馬車に乗り込んだ。
王城の敷地内にある大きくて厳かな教会で、明日、セラフィナとアンドリューの婚姻の儀が執り行われる。
「そんな顔しないでアイリス。待ってるってヴィクトリアも言っていただろ?」
張り詰めた表情で馬車に揺られるアイリスの頬を、隣に座ったウォルターが手の甲で撫でる。
「お姉様とジェイドとお父様に会えるのは楽しみだけど…」
「セラの結婚式のための帰国のついでの里帰りなんだから、そんなに緊張しないで。アイリスが無理だと思ったらすぐにお暇すれば良いし」
「うん…」
「それにしてもセラは明日結婚式だと言うのに普段通りで全く緊張してなかったなぁ。アンドリューの方が緊張してたくらいだ」
ウォルターがそう言うと、アイリスは先ほどまで一緒にいた、いつも通りのセラフィナと、セラフィナの両親と兄夫婦たち…つまり国王と王妃、側妃と、王太子となったベンジャミン、王太子妃コルネリア、双子の王子と王女、更に東国で公爵位を賜った第二王子ステファン、その妻で東国の王女ルイーザに囲まれてガチガチに緊張していたアンドリューを思い出し、ふっと笑った。
そういえば、銀の連山での誘拐事件の時、ジェイドが王族ばかりの空間で緊張してたっけ。今日のアンドリュー様はあの時のジェイドより緊張しただろうなあ。
「セラはどうしてアンドリューと結婚する気になったのか、僕が聞いても笑って誤魔化してばかりだったけど、アイリスには話したんだろう?」
笑顔を浮かべたアイリスに安心したウォルターは、これから行くガードナー家から話を逸らすようにアイリスに問う。
「私も『何となく』とか『アイリスとお兄様が薦めてくれるなら間違いないだろうから』とかとしか聞いてなかったんですけど…」
東国へ留学してから六年ぶりの帰国になるアイリスは、ウォルターの婚約者として王宮に滞在している。そして昨夜はセラフィナとアンドリューを引き合わせた日のように、アイリスはセラフィナの部屋に泊まりに行き、夜中まで二人で語り合ったのだ。
「正直に言うとね、私、アンディの事を『救ってあげる』つもりで結婚するって決めたの」
ベッドに仰向けに寝て、口元まで毛布を引き上げたセラフィナが言った。
「救って?」
セラフィナの隣でうつ伏せで頬杖をついたアイリスが首を傾げる。
「そう。大学でもアンディに近付こうとした女性…男性もいたらしいわ。でも法学部まで追い掛けられる人はいなかったし、眼鏡と髪で顔を隠していたから大学生活は平和だったらしいけど、卒業して弁護士になったらある意味誰でも近付けちゃうじゃない。依頼人や関係者として」
「うん」
「それでこの国に来る事にしたけど、学園時代に常軌を逸した事をしたような人なら、国を超えてでも追いかけて来そうでしょ?昔、公爵令嬢とお付き合いをした時にはその彼女が虐められたりしたらしいし、こっちで誰かとお付き合いしたり結婚したりしようとしてもその相手が陥れられたりしそうだし…」
「あり得るわね」
頷くアイリス。
「実際、アンディがこの国に来て、私と婚約したと発表したら、脅迫文書が来たり、実際王城へ押し掛けて『婚約破棄しろ』って騒いだりした人がいたしね」
「ええ!?」
セラフィナは驚くアイリスににっこりと笑って言った。
「もちろん身元は洗い出してキッチリ落とし前をつけていただいたわよ?」
「当然よ」
アイリスは少し憤慨して言う。
「アンディの職場が王城の中で、私が王女だから、私にもアンディにも被害なく事を治められるの。私、こんな風にアンディの盾になってあげようと思ってたの」
「ああ…だから『救ってあげる』?」
「うん。でもね、そう話したらアンディが不機嫌になっちゃって」
「どうして?」
「セラフィナ様、私は確かに渡りに船だと言いましたが、救って欲しくて貴女と結婚しようとしているのではありませんよ」
そう、アンドリューはセラフィナに言ったとセラフィナは話した。
アンドリューは、ウォルターやアイリスの容姿や身分で態度を変える事のない人柄に好感を持ったと、そしてそのウォルターの妹で、アイリスの友人であるセラフィナにも同じ気質を感じたのだと言う。
「それに…初めてお会いした時、私の話に表情豊かに反応してくださって…その表情が…かわいいなぁと思ったんです」
羞恥心を隠すように眉を寄せてアンドリューは言った。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
我慢してきた令嬢は、はっちゃける事にしたようです。
和威
恋愛
侯爵令嬢ミリア(15)はギルベルト伯爵(24)と結婚しました。ただ、この伯爵……別館に愛人囲ってて私に構ってる暇は無いそうです。本館で好きに過ごして良いらしいので、はっちゃけようかな?って感じの話です。1話1500~2000字程です。お気に入り登録5000人突破です!有り難うございまーす!2度見しました(笑)
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる