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一章
8.見知らぬ女
しおりを挟む会計はシュオウがしてくれるとのことで国から支給されている金銭の入った財布を渡して店の邪魔にならないよう先に店を出ると、大きく背伸びをしてレンガ仕上げの壁にもたれ掛かった。
国から支給されていると言っても元を正せば国庫のお金で友人とカフェでお茶をして、ケーキを食べるなんて少し贅沢をしすぎのような気がして、今更そう問いかけるとノヴァーリスは呆れたような顔で一瞥して言葉を続ける。
「…人が良すぎますよ、勝手に連れてこられて、ケーキ一個と紅茶でそんな悩んで」
「え。いや、別にそんなんじゃ」
「それを言えば我々の方が問題ですよ。職務中ですよ。こちらは。しかも国庫のお金でご馳走になってます」
「それは俺のせいだし…」
「このお金は勝手に呼び寄せた迷惑料と生活費なのですからお気にされなくてよろしいかと」
そんな会話をしながらあたりを見渡した時、雑踏の中路地の前で不自然に人が避けて歩いている事に気がついた。
その中心には三人のガタイの良い男。
どうやら彼らは誰かに話しかけているらしく路地の方を見てこちらに背を向けていた。
「そっちからぶつかっといて詫びもなしなんて有り得ねぇよなぁ?」
「デク、あんまり怖がらせるなよ。可哀想だろう」
「すんませんアニキ」
威圧感のある図体で大声で詰る弟分を諌めるぶつかられたらしい男は猫なで声で背を丸めた。
どうやら相手は背が低い相手らしい。
声をかけようか迷ったがこの様子なら大丈夫だろうかと近づくのをやめて通り過ぎようと歩みを進めた。
「触らないで」
「……おっと、これは気が強いねこちゃんだな」
「アニキになんて口利きやがる」
なぜそんなに強気で言葉を返すのか、陽貴でも戸惑ってしまうほど高飛車な声が聞こえて思わず歩みを止めた。
「ハルキ様?」
「しっ」
戸惑ったノヴァーリスの声が聞こえたが黙るようジェスチャーをすると伝わったらしく大人しくついてくる。
「お嬢ちゃん、口の利き方には気をつけな。そんなんじゃ優しくしてもらえるもんも優しくしてもらなくなるぜ」
「はっ、そうだなぁ、もしかしたらその綺麗な身体がボロボロになるかもしれねぇ」
ふと気がついた時にはもう男たちの背後にいて、勢いあまりその背中にぶつかった。
そして陽貴はほぼ無意識にその肩を叩くと険しい表情を浮かべた。
「お兄さんお話の途中にごめんね」
「あ?なんだてめぇぶつかってきやがって喧嘩売ってんのか」
「違うよ、アンタのズボンに入れてた財布スられた!早く追いかけな」
「はっ?!」
男が慌てて財布があるはずの臀に手を伸ばすとそこはもう抜けのカラ。
己の臀の感触だけである。
「くそっ、マジかよ」
「どいつだ!?」
「グレーのフード被ってたから容姿は分からなかったけど、あっちに走っていったよさっきあの大通りを曲がった」
「ーーってめぇら何してやがった、ちゃんと周りみとけ」
「す、すみませんアニキ」
自分の臀ポケットに入れた財布をスられてる事に気が付かなかったほど真剣になっていたくせに、無関係の弟分に何を言っているのだろうか。
先程まで囲い込むほど執心していた女をあっさりほって駆け出して行った3人組に陽貴は一瞥だけして背後を振り返る。
「無茶してごめんね」
「…ほんとですよ、何事かと……取りこぼすところでした」
後ろに組んでいるよくにみせかけていたらしく、手を前方に持ってくるとその手には先程の男の財布が握られている。
実はさっき陽貴が財布をスって直後にノヴァーリスに半ば投付けるように押し付けていたのだ。
ほぼ無意識だったにも関わらずこの手際の良さは悪人の才能があるなと自分で戸惑ってしまった。
「お姉さん大丈夫?」
「………」
「怪我してない?ダメだよあんな煽る言い方したら。危ないよ」
俯いていた女が数秒身動きをしなかったのでそう言って少し屈むと女が顔を上げた。
艶やかな黒髪を腰の辺りまで伸ばして赤い紅を引いた彼女は元の世界で読んでいた童話の主人公のようであった。
涼し気な目元は陽貴の知っている童話の主人公とは違ったが、美人な白雪姫と言った風貌である。
飾らない美しさとはよく言ったもので質素なワンピースも彼女の美しさを引き立てている。
とはいえ厳密に言うと飾らなくても美しいのであって飾らないから美しいのだとは陽貴は思わない。
飾らない美しさというのは倹約の美、つまり内面だけの話である。
「……お姉さん白雪姫みたいだね」
「……シラユキヒメ?」
「あ、白雪姫って……」
無いのかな、この国には。
と続けそうになって慌てて口を噤んだ。
この国は長きに渡る実質の鎖国だ。
下手なことを言えば面倒なことになるに違いない。
「……来たのね」
女はそういうと陽貴を見て何処か不愉快そうに鼻で笑った。
「……貴様、恩人に対してなんだその反応は」
「ノヴァーリス、いいから。それだとさっきの男達と変わらないよ」
「此方の世界はどう?」
その場の凍てつく空気に構わず女は薄く微笑む。さながらそれは白雪姫ではなく彼女の継母のような冷たさと憎しみを感じる。
「きっと全てが新鮮なんでしょうね今のあなたは」
女の発言に言葉を失ったのは陽貴だけでなくノヴァーリスもであった。
何故会話らしい会話もしていないのに外界から来たとバレたのか、この言い方であれば勇者ということも分かっているのかもしれない。
そんな思いが陽貴の中に過った。
「貴様、何者だ」
「何者?何者でもないわ。ただの占い師よ」
女はそう言って長い髪を邪魔そうに払った。
さらりと揺れた艶やかな黒髪がまるで映画のワンシーンのように陽貴の目に映る。
「占い師?」
「ええ。なりたくてなったんじゃないけどね」
「それと……それとこのお方のことを知っていることになんの関係がある」
「知っているのよ。彼の事をずーっと前からね。彼との出会いがあの男に絡まれている時だってことも、全て占ったから」
女は取り繕っていた笑顔をやめて無感情にこちらを一瞥するとその赤い唇を開いた。
なんだか嫌に彼女の無表情が気になって陽貴は彼女から目が離せなかった。
「皆は私のことをサリーと呼ぶわ」
「サリー……?未来予知ができるのではと言われているあの……」
「未来予知じゃなくて占い、だけどね」
「外れない占いは未来予知なんじゃないの?」
「それは占った内容が良かっだけ。外れにくい内容だったの。そんな彼らが勝手に言っているだけよ。未来の事は未来の人間にしか分からない。私は結果を見るんじゃない、その人間の可能性を占うの」
サリーの当たると言われている占いであれば、良い手段を選ぶこともできるのではないか、そう考えていた時ノヴァーリスが1歩サリーに歩み寄りその顔をのぞきこんだ。
「ハルキ様の未来も見えるのか」
「ええ。でも彼は私達とは違う」
「……何が言いたい」
「彼は切り開く者、彼が選び、切り捨てるの」
「……」
「その選択がもたらす結果はどれも大きく未来を変える。せいぜい現段階の可能性が高い未来について占うくらいじゃないとキリが無いわ」
「……なるほど」
「先に言っておくけど例えば段差につまづくことを回避することに気を取られて溝にハマるみたいに、知ることで新たに不幸を招くことがあるの。未来予知じゃないの。だから安易に結果は伝えられないわ」
「……そう、か」
きっと彼女の未来予知めいた占いにかなり期待をしていたせいか、何処か心ここに在らずといった様子でそう答えたノヴァーリスにサリーは冷たく一瞥して陽貴に白い紙を渡した。
「これは?」
背伸びをして陽貴の耳に近づくとサリーはささやく。
「あなたに話がある」
その際にふわりと香ったそれは陽貴の知っているあの香りだった。
また何か思い出しそうなモヤモヤとした気持ち悪さが陽貴にまとわりついた。
「一人で来るのよ」
サリーはそう言うと背を向けて細い路地を歩いていく。
「あ…!」
「どうせ‘’弾かれる‘’から大人しくひとりで来なさい」
最後にそう告げて一度も振り返ることなく彼女の姿は細い路地の闇に消えていった。
その背中を見送ってふと掌の異物感に視線を下げる。
「あ、財布……」
これは完全に窃盗になってしまう。
慌ててノヴァーリスに泣きつこうとした時少し遠くから陽貴を呼ぶ声が聞こえた。
「ハルキ様~?」
「シュオウ!ごめん、こっちだよ!」
手を振って呼ぶとカフェの近くにいたシュオウが駆け寄ってきた。
「置いていかれたかと思いました」
「ごめんよ、ちょっと色々あって」
ご機嫌をとりようにシュオウの頭を撫でると嬉しそうに笑みを浮かべて腰を屈めてきた。
もうすでに撫でているが撫でられ待ちをしている。
さらに数秒撫でると満足した様子のシュオウに陽貴が最後その髪をすいて整え終わったのをみはからうと、愛嬌のある嬉しそうな笑顔と姿勢を正して精悍な表情を浮かべて見せる。
「何があったんですか?」
「それは歩きながら話すよ」
そう告げてから再び財布の存在を思い出してノヴァーリスを見つめると彼は小さく頷く。
「駐屯場か本人を探しましょうか」
「うん…悪いことしちゃったな~」
ヘラヘラと頭をかきながら陽貴は空を見上げて視線を止めた。
雲ひとつない快晴の中僅かにあの香りが鼻腔をくすぐった気がした。
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