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一章
⒎知っている場所
しおりを挟む生まれて初めて見た艶々とした毛並みの馬が引く馬車に揺られ三十分。
そこには予想を裏切らない陽貴がイメージした中世ヨーロッパの景色が広がっていた。
足元は石畳。暖色系の様々な色彩の建物が並び街は人で賑わっている。
意外な程にその光景は陽貴が思うヨーロッパ系の街並みと大差なく映った。
教科書だかテレビだかで見た風景。
魔法が使えると言っても灯りが空を浮いているわけでもないし、空飛ぶ乗り物があるわけでもない。
試しに一緒に来たシュオウに聞いてみてもそう言った乗り物はないと言われた。
でもホウキに乗って移動はしようと思えばできるらしい。
とは言っても膨大な魔力がいるとのことで一般的な移動手段ではない上に、人間に纏わせて飛ぶらしいので何にも乗らなくても飛べる。
つまりは箒は見た目だけになるので、この世界ではそんな発想はなかったようだ。
シュオウには何故箒で飛ぶのと聞かれたが勿論陽貴が知っているはずもない。
「ハルキ様。猶予は三時間です。お忍びになりますのでゆっくりはできませんので何か購入したいものがあれば先に見にいきましょう」
「いや。ただ街をみてみたいだけだから特には」
陽貴の言葉に右にいたノヴァーリスは考え込むように口を閉ざすが、反対側からは弾んだ声が飛んできた。今日もシュオウは元気が有り余っている様子だ。
「では適当に散策して気になる店を見つけたら入りましょう。あ、そういえばこの辺に今人気のバームクーヘンのお店がありますよ。チョココーティングを施した今トレンドのスイーツです」
「あ、それは気になるな。シュオウはスイーツが好きなの?」
日本では割とポピュラーであったスイーツだが、この国では珍しいスイーツになるらしい。
中世ヨーロッパ的なイメージで言うと確かにそんな贅沢なスイーツは庶民的ではないだろう。
「ええ。実は甘いものが好きなんです」
行ってこいといえば今にも駆け出して行きそうなシュオウの様子に笑いを抑えることが出来ずに声を上げて笑うとノヴァーリスに向き直る。
「ノヴァーリスは?」
「私ですか。私も嫌いじゃないです」
「どんなものが好き?」
「えっと…クッキーとか、マフィンとか…甘さ控えめなものが」
躊躇いがちにそういうノヴァーリスに陽貴はシュオウにバームクーヘンの味のテイストについて問いかけた。
「ノーマルタイプなら食べやすいんじゃないでしょうか。僕はホワイトチョコのかかったものを頂いて食べたんですが生地自体は甘さひかえめで食べやすかったです」
「そうなんだ。みんな食べられそうで良かった」
スイーツ談義に花を咲かせていると陽貴の前を歩いていたカップルの女性がハンカチを落としたのが見えて自然とそれを拾うと、土ほこりを叩いてから声をかけた。
「ベージュのワンピースの彼女さん。ハンカチを落とされましたよ」
「え…」
歩みを止めた彼女が振り返ると鼻腔を懐かしい香りがくすぐった。
この香りをどこかで嗅いだことがある気がする。
脳裏を掠める誰かの影。
それは言葉通り瞬きをした瞬間に消え去ってしまった。
彼氏も彼女が足を止めたことに気がつき振り返ったので、陽貴は彼氏の方に微笑むとハンカチを差し出す。
「デート中にお邪魔しちゃったかな。ナンパじゃないから怒らないでね」
おちゃらけて陽貴が告げると相手も快活に笑って彼女に受け取るように促した。
「ご親切に。ありがとうございます」
「素敵なハンカチだね」
「ええ…彼がくれたんです」
「わ…惚気れちゃったな」
幸せそうなカップルに微笑ましく思いながら陽貴は声を潜めて一歩彼氏に近づくと神妙に声をかける。
「怒らないで聞いて欲しいんだけど彼女の香水のメーカーを教えてくれないか。記念日にと彼女に強請られたんだけど忘れてしまって…。ハンカチから移り香がして今思い出したんだ…失礼だってわかっているんだけど、機嫌を損ねたら大変なことになるんだ」
両腕を抱きしめるように怯えて見せると男性は大笑いして陽貴の背を叩く。
「何だい?お前も尻に敷かれてるのか?同じだな」
「ちょっとどう言う意味?」
「愛しいハニーには敵わないってことだよ」
男性は彼女にご機嫌取りをしながら髪にキスをすると彼女に香水のメーカーと種類を聞いてくれた。
「エルフィという工房で作ってるフロイデントレーネンよ」
「エルフィのフロイデントレーネン…待ってもう忘れそうだよ」
痛いくらいに力強く男性は陽貴の肩を叩いて笑うと親切に応援してくれた。
「彼女とは気が合いそうだわ。あ。うっかり忘れてたことを気づかれないようにね」
「細心の注意を払うよ」
「じゃあな。彼女によろしく」
「よろしくしてどうすんのよ。バレちゃうじゃない」
最後まで和やかなムードのまま恋人たちと別れると静かにしていたノヴァーリスが口を開いた。
「香水をプレゼントする相手がもういらっしゃるんですか」
「まさか。この香りが知りたかったんだ」
「それはまたどうしてですかハルキ様」
「この香りを知っているんだ。いつかどこかで嗅いだことがある、そんな気がして」
そしてこの香り知っている自分は今の自分じゃない。
それだけははっきりと陽貴にも分かった。
「それは…貴方では無いのですね」
「ハルキ様、そんなに無理して思い出す必要はないですよ。記憶なんてなくてもなんとかなります」
「無責任なことを言うのはやめなさい。思い出すに越したことはない。それがハルキ自身を守ることにも繋がる」
記憶が必ずしも必要かと考えると陽貴個人としてはあまり思いだしたくないし必要ないと言いたいところではある。
とはいえ思い出さないことによって、危機を回避できないことにつながる可能性があるのなら思い出さなければいけないと言う気持ちにもなる。
どちらも陽貴を思っての言葉だと分かるので嗜めるのも気がひけるのだが、自分の事で険悪な空気にもなって欲しくない。
「それにしても自分以外の記憶を思い出すなんて本当に不思議だ。どういう理屈なんだろう。輪廻転生を否定する訳じゃないけど記憶を思い出すとなると話は別というか。嗅いだ事ないのに香りを知っているなんて不思議だ」
「勇者に関してはこの世の理りから外れた存在だと聞いています。転生が同じ魂を綺麗にして新しく生まれることだとすれば、勇者は生まれ直しで、魂をそのまま新しい体に移すイメージなのだと。その際に記憶を保持しているかどうかは別問題らしいです。でも同じ魂だからきっかけがあると思い出すとのことで」
ノヴァーリスの答えは分かり易い表現で陽貴にもすぐ理解できたがなんと言って良いのかなんだか少し言葉に詰まった。
「もうすぐ着きますよ」
シュオウはそういうと少し先を指差してあの道を右に曲がるとすぐだと付け加えた。
無事に店に着くと中はカフェとしても過ごせる様にテーブルと椅子があり折角なのでそこで食べていくことにした。
当然持ち帰りが出来るのでバームクーヘンは持ち帰りにしてその他の物を頼むことにした。
とそこまでは良かったのだが思わぬ壁にぶちあたった。
「ですが私たちは職務中ですので…」
何度目かのその言葉に陽貴は目を伏せて小さく息を吐く。
「ノヴァ、3人で来ておいて俺1人でお茶をしろというの?」
「hum…絶世の美男子護衛を侍らせて1人ティータイムをするハルキ様か…いい…」
「どうゆうことシュオウ?」
「気にしないでください。この手の彼の言うことは大抵理解不能です」
入店することかれこれ二分。ノヴァーリスを説得している。
カフェに入ることを合意してくれたのでてっきり一緒にお茶をしてくれるものだと陽貴は思い切っていたのに、まさか陽貴一人がお茶をすると解釈されていたなんて思わなかった。
どこの世界に三人でカフェに入って自分一人注文する人間がいるんだと思ってしまう。
とはいえノヴァーリスの言葉であくまでも護衛だった事を今思い出して彼の思考回路が護衛として模範的であると考えを改めた。
となれば奥の手を使うしかない。
「どうかされましたか」
いつまでも席に座らない客を訝しく思ったのか店員がそう声を掛けてきた。
「いえ大丈夫です。すみません」
「御注文はお決まりでしょうか」
「ああ…ストレート三つとフルーツタルト、ストロベリーショートケーキとガトーショコラを」
「え、あのハルキ様」
戸惑うノヴァーリスを尻目に陽貴は店員に笑いかけてメニューを渡す。
「以上で」
「御注文を復唱いたします。ストレート三つとフルーツタルト、ストロベリーショートケーキとガトーショコラでよろしかったでしょうか」
「はい」
「それではご用意してまいりますので少々お待ちください」
呆然とするノヴァーリスに陽貴は少々意地悪く微笑むとノヴァーリスとシュオウに席に腰掛ける様促した。
「どうぞ」
そう言って空いている席に向かい掌で指示するとノヴァーリスは戸惑いながらもゆっくりとした動作で席についた。
「シュオウも座りな」
「…はい!ハルキ様」
「おお…気合い入った返事」
元気いっぱいなシュオウに思わず笑顔をこぼして陽貴は周囲を見渡した。
この世界のカフェも元いた世界とそう変わりなく強いていえば人種的に様々な個性があることからあまり陽貴が異質な感じがなく、訝しげに見られることがないと言うことだ。
元の世界では外国人がいるとしてもやりそこは島国。
例えば観光地など以外ではふと目に留まるくらいには珍しい存在であった。
「この国はすごく多国籍国家なんだね」
「多国籍?」
「ここには色んな容姿の人がいるから」
「…ハルキ様のところでは同じ容姿のものばかりだったのですか」
不思議そうにつぶやくノヴァーリスに今度は陽貴が首を傾げる番だった。
「えっと…そうだね。俺のいたところは外国の血が入っていない限り黒髪か暗めの茶髪で暗めの瞳を持つ人ばかりだったんだ」
「そうなのですか。それは不思議ですね…。我々からすれば皆同じ色彩というのは想像がつきません」
「あれ…じゃあ…ハル…」
シュオウのその言葉は周囲で響いた食器の割れる音で掻き消される。
それに気がつくこともなく陽貴はノヴァーリスもシュオウも不思議そうにしているところを見て、この国は様々な容姿をしていることが本当に当たり前らしいことを知った。
「じゃあ見た目で外国人を見分けることはできないんだね」
「うーん…そうですね。おそらく言語が違うとかとう言った特徴がなければわからないのではないでしょうか。とは言っても外国人を見かけることがないのでわからないのですが」
「そうですね。僕も見たことありませんし、外交官などを除いて国外の人間を見ることはないと思いますよ」
「え!?観光客とかいないの」
「いませんね。情報漏洩につながるので一部の人間を除いて入ることも出ることもできませんので実質断絶状態にあります」
それはいわゆる鎖国ではないかと陽貴が眉を顰めた時店員がワゴンを引いて注文の品を持ってきた。
楚々とした動作でポットのお茶をティーカップに注ぐとケーキやフォークを入れた箱をおいて、最後に頭を下げてバックヤードに下がっていった。
「美味しそうだね。2人はどれがいい?」
「ハルキ様はどのケーキがお好きですか」
シュオウが少し長めのサイドを耳にかけ首を傾げ笑う。
色気のある顔立ちのせいで口説いている様にも見える表情とは裏腹に大型犬のような声音と態度でそう問いかけてきた。
そんな天と地程差がある属性にも関わらず両立するのかと言いたくなるが、両立しているのだからインパクトの塊の様な男である。
「俺はどれも好きなんだ。だから二人が遠慮なく好きなのを選んで」
その言葉に困ったように顔を見合わせた二人だったが意外にもあっさり決まったらしくノヴァーリスはショートケーキを手にしていた。
正直そんな気はしていたので陽貴は頼んだんだが。
ノヴァーリスが決まっていたのでシュオウの方も決まったのかと思えばそちらはまだ決めかねていたので備え付けのナイフでタルトとガトーショコラを半分に切って半切れずつ入れ替えた。
「え…あのハルキ様」
「最初からこうすれば良かったかな。ノヴァーリスもいる?」
「いえ、大丈夫で…」
「あ、もう切っちゃた。というか最初から三等分という手があったな…」
そういうが早いか当初のカットケーキの4分の1に切ったそれを差し出し気の抜ける笑顔でノヴァーリスの皿に置いた。
目を白黒させてノヴァーリスはケーキを眺めているうちにシュオウも同様にカットケーキをそれに乗せた。
「わけっこしようよノヴァ」
「わけっこしましょうノヴァーリス!」
無邪気な子供のような笑顔に何がそんなに楽しいのかと冷めたことを思ったノヴァーリスの口から漏れたのは、そんな気持ちとは裏腹な少しはずんだため息だった。
そして陽気な二人に触発されたようにほんの少しだけ表情を緩めたノヴァーリスは自身のケーキにナイフを入れた。
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