65 / 75
第八章
第六十五話 管狐の真実
しおりを挟む
突風が、交わった刀身から巻き起こり、側にいた乃花と有宗に殴られ放心状態だった橋具の体を浮かせ、その場から少しだけ吹っ飛ばされた。その衝撃で橋具が目を覚ました。
「――父う――、きゃっ!」
「グルルルゥ……」
しかし目を覚ましたのは橋具――の意識ではなく、彼の中にある妖怪の方だった。油断していた。乃花は再び橋具に首を絞められ勢いよく地面に叩きつけられた。乃花は頭を打ったらしく額から血が流れている。意識が朦朧とし、その場から動けなくなった。立てない。悔しい気持ちを抑えきれず乃花は橋具を睨んだ。だが、次に湧いてきた感情は驚きであった。橋具のその目を乃花は知っているような気がした。
「……お前は、まさか……管狐なのか……?」
管狐と呼ばれた橋具はただ黙っていた。管狐――十二年前、兄、浅乃助に憑いていた桔梗院家が保有する『百絵巻』のひとつに在った妖怪の名である。浅乃助の首を斬った時、共に死亡したものだと乃花は思っていた。
「どうして、父上の体に?」
「浅乃助ノ復讐……意見ガ合致シタ……」
「同意、したのか? 父上が?」
黒い靄がゆっくりと宙を揺らめく。肯定、ということだろうか。
「あの日、兄上と共に死んだものだと……」
「……確カニ、一度ハ死ンダ。ダガ百絵巻ノ力ハ強力ダッタ。私ノ恨ミハ晴レズ、百絵巻ノ切レ端ノ力デ体ヲ取リ戻シタ。橋具ハ、有宗ヲ恨ンデイタ。ダカラコウ言ッタ。共ニ有宗ヲ討タナイカ、ト」
管狐は淡々と今日までのことを話した。意思の疎通や会話が出来るところみると、彼は少し落ち着きを取り戻しつつあるようだった。再び牙を剥く前に聞けることは聞かなければと乃花は質問を続ける。
「いつから」
「浅乃助ガ死ンデカラ、一年後ダ」
それほど前からこの管狐は橋具に憑いていた。乃花は恐怖よりも先に哀しく思った。自分にその哀しみを分け与えてくれなかったこと。どうして一人で全て済ませようとしていたのかということ。乃花の脳裏に「家族なのに」という言葉が不意に浮かんで消えた。同時にその言葉は彼女の胸に酷く突き刺さった。
――もしかしたら、家族だと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。と、そう考えてしまう。違うと頭では理解していても、所詮彼女は桔梗宮家とは他人。そう感じるのも無理はなかった。
「……首、絞メテ、済マナカッタ」
管狐はそう乃花へ伝えると橋具の身体から出て行った。彼の周囲に見えていた黒い靄のようなものが、ザァアと空へ向かい消えたかと思うと、その靄は一線となり水埜辺と有宗のもとへと迷わず向かった。
「…………うっ」
「! 父上!」
少しして橋具の目が覚める。黒い靄は完全になくなり、正気を取り戻したようだった。
「父上、分かりますか?」
「う、うぅ……。乃花? だ、大事ないか? どこか怪我は……首に痣があるぞ!?」
「父上、父上。大丈夫です。私は大丈夫です」
「そ、そうか。無事でよかった」
橋具は乃花を側に寄せ、そっと抱いた。乃花は初めてのことで何が何だか分からず、無意識に震える手で橋具の着物の袖を掴んだ。同時に、我慢していた何かが溢れ、それは涙となって流れた。
「――父う――、きゃっ!」
「グルルルゥ……」
しかし目を覚ましたのは橋具――の意識ではなく、彼の中にある妖怪の方だった。油断していた。乃花は再び橋具に首を絞められ勢いよく地面に叩きつけられた。乃花は頭を打ったらしく額から血が流れている。意識が朦朧とし、その場から動けなくなった。立てない。悔しい気持ちを抑えきれず乃花は橋具を睨んだ。だが、次に湧いてきた感情は驚きであった。橋具のその目を乃花は知っているような気がした。
「……お前は、まさか……管狐なのか……?」
管狐と呼ばれた橋具はただ黙っていた。管狐――十二年前、兄、浅乃助に憑いていた桔梗院家が保有する『百絵巻』のひとつに在った妖怪の名である。浅乃助の首を斬った時、共に死亡したものだと乃花は思っていた。
「どうして、父上の体に?」
「浅乃助ノ復讐……意見ガ合致シタ……」
「同意、したのか? 父上が?」
黒い靄がゆっくりと宙を揺らめく。肯定、ということだろうか。
「あの日、兄上と共に死んだものだと……」
「……確カニ、一度ハ死ンダ。ダガ百絵巻ノ力ハ強力ダッタ。私ノ恨ミハ晴レズ、百絵巻ノ切レ端ノ力デ体ヲ取リ戻シタ。橋具ハ、有宗ヲ恨ンデイタ。ダカラコウ言ッタ。共ニ有宗ヲ討タナイカ、ト」
管狐は淡々と今日までのことを話した。意思の疎通や会話が出来るところみると、彼は少し落ち着きを取り戻しつつあるようだった。再び牙を剥く前に聞けることは聞かなければと乃花は質問を続ける。
「いつから」
「浅乃助ガ死ンデカラ、一年後ダ」
それほど前からこの管狐は橋具に憑いていた。乃花は恐怖よりも先に哀しく思った。自分にその哀しみを分け与えてくれなかったこと。どうして一人で全て済ませようとしていたのかということ。乃花の脳裏に「家族なのに」という言葉が不意に浮かんで消えた。同時にその言葉は彼女の胸に酷く突き刺さった。
――もしかしたら、家族だと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。と、そう考えてしまう。違うと頭では理解していても、所詮彼女は桔梗宮家とは他人。そう感じるのも無理はなかった。
「……首、絞メテ、済マナカッタ」
管狐はそう乃花へ伝えると橋具の身体から出て行った。彼の周囲に見えていた黒い靄のようなものが、ザァアと空へ向かい消えたかと思うと、その靄は一線となり水埜辺と有宗のもとへと迷わず向かった。
「…………うっ」
「! 父上!」
少しして橋具の目が覚める。黒い靄は完全になくなり、正気を取り戻したようだった。
「父上、分かりますか?」
「う、うぅ……。乃花? だ、大事ないか? どこか怪我は……首に痣があるぞ!?」
「父上、父上。大丈夫です。私は大丈夫です」
「そ、そうか。無事でよかった」
橋具は乃花を側に寄せ、そっと抱いた。乃花は初めてのことで何が何だか分からず、無意識に震える手で橋具の着物の袖を掴んだ。同時に、我慢していた何かが溢れ、それは涙となって流れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる