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第八章
第六十二話 開幕の勝鬨
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桔梗宮邸正門前にて、橋具と有宗が兵を集めていた。
「皆、よく集まってくれた。……今日ここに集まってもらったのは他でもない。我が息子、浅乃助を殺した犯人が分かったのだ」
橋具の言葉に、集まった兵たちがどよめいた。それもそのはずだった。たった一人の跡取りが何者かによって殺害されたことは国中の民が知っていた。しかし、その犯人は現在まで判明しなかったどころか、この話自体、橋具の前ですることを禁じられてきた。ゆえに、橋具本人の口から発せられた事実が事の重大さを物語っていた。
「奴良野山の頭領、奴良野水埜辺……あの男が我が息子を殺したのだ!」
その発言の熱量に兵たちが肩をすくませる。いつもと違う君主の姿に兵たちは自ずと息をすることを忘れていた。
そこに、有宗が橋具を落ち着かせようとその場を制した。そして彼を後方へと下がらせると何か耳打ちをした。兵たちは知らない。有宗が橋具の精神を支配していることを。
「今、橋具様が言われた通り、敵は奴良野水埜辺である。彼のいる奴良野山は妖怪が住んでいるという噂が絶えない。……だが安心するがいい! この僕がいる限り、疫病の元凶である妖怪は全てこの世から消し去ってみせよう」
兵たちは彼の不気味な何かに気圧され、今一度姿勢を正した。
「奴良野山を火で焼き落とし、妖怪共々根絶やしにしてくれようぞ!」
「――おー!」
現に、妖怪の仕業だと信じられている疫病に苦しんでいる兵たちや彼らの家族もいる。その心情心理を利用して有宗は兵たちの士気を上げた。
「明朝より作戦を実行する。皆、各々準備を進めるように!」
兵たちはもう一度勝鬨を上げ解散した。正門には、橋具と有宗のみが残った。橋具は再び生気を失った空ろな目をした。立ったまま脱力している姿はまるで屍のようだった。
「……く、くく……あははははっ!」
有宗の笑い声だけが正門に響く。
「まったく……人間と言うのは本当に簡単に支配できる。自分の主の言葉を主のものと勘違いをして、まるで疑いもしない! 愚か、愚かだ!」
笑いを堪え切れず、有宗は手で顔を隠した。
「――さぁ、もうすぐだ。もうすぐ、貴様らの世界をぶっ壊せる。……モウスグ彼岸ヘ……クキャハハハッ!」
有宗は黒い靄を隠すことなく体から放出し、乃花のいるであろう部屋へと向かった。だが、そこは既にもぬけの殻であり、部屋の戸は開いていた。その場には定が呆然と涙を流している光景があった。有宗の声に怒気が籠る。
「……何故乃花がいない」
「…………申し訳、ありません。お止めすることが、できませんでした……」
「何で? ねぇ、僕君に言ったよね? 乃花を絶対に逃がすなって」
有宗の表情は、部屋が薄暗く上手く読み取ることができないが、その言葉の圧は酷く定の体に突き刺さった。
「申し訳ございません有清様! 私が――っ」
「もうお前いらないや。」
残酷なまでの冷徹な声に息を呑む。次の瞬間には定は有宗の抜いた刀身によって倒れた。色鮮やかな鮮血が乃花の部屋を支配していく。有宗は赤く染まった刀身を念入りに拭き、懐に仕舞われていた百絵巻を出した。そうして選ばれた絵巻の力により、有宗は部屋を焼いた。
薄れゆく意識の中で定は在りし日を思い出していた。まだ浅乃助も浅姫もいる頃の記憶が走馬灯として蘇る。とても、とても幸せだった。
「……も、うしわけ……ありませんでした、お浅様……」
一筋の涙が彼女の頬を伝った。次の瞬間、屋敷は大きな音と共に業火に焼かれ、盛大に燃え上がった。
「皆、よく集まってくれた。……今日ここに集まってもらったのは他でもない。我が息子、浅乃助を殺した犯人が分かったのだ」
橋具の言葉に、集まった兵たちがどよめいた。それもそのはずだった。たった一人の跡取りが何者かによって殺害されたことは国中の民が知っていた。しかし、その犯人は現在まで判明しなかったどころか、この話自体、橋具の前ですることを禁じられてきた。ゆえに、橋具本人の口から発せられた事実が事の重大さを物語っていた。
「奴良野山の頭領、奴良野水埜辺……あの男が我が息子を殺したのだ!」
その発言の熱量に兵たちが肩をすくませる。いつもと違う君主の姿に兵たちは自ずと息をすることを忘れていた。
そこに、有宗が橋具を落ち着かせようとその場を制した。そして彼を後方へと下がらせると何か耳打ちをした。兵たちは知らない。有宗が橋具の精神を支配していることを。
「今、橋具様が言われた通り、敵は奴良野水埜辺である。彼のいる奴良野山は妖怪が住んでいるという噂が絶えない。……だが安心するがいい! この僕がいる限り、疫病の元凶である妖怪は全てこの世から消し去ってみせよう」
兵たちは彼の不気味な何かに気圧され、今一度姿勢を正した。
「奴良野山を火で焼き落とし、妖怪共々根絶やしにしてくれようぞ!」
「――おー!」
現に、妖怪の仕業だと信じられている疫病に苦しんでいる兵たちや彼らの家族もいる。その心情心理を利用して有宗は兵たちの士気を上げた。
「明朝より作戦を実行する。皆、各々準備を進めるように!」
兵たちはもう一度勝鬨を上げ解散した。正門には、橋具と有宗のみが残った。橋具は再び生気を失った空ろな目をした。立ったまま脱力している姿はまるで屍のようだった。
「……く、くく……あははははっ!」
有宗の笑い声だけが正門に響く。
「まったく……人間と言うのは本当に簡単に支配できる。自分の主の言葉を主のものと勘違いをして、まるで疑いもしない! 愚か、愚かだ!」
笑いを堪え切れず、有宗は手で顔を隠した。
「――さぁ、もうすぐだ。もうすぐ、貴様らの世界をぶっ壊せる。……モウスグ彼岸ヘ……クキャハハハッ!」
有宗は黒い靄を隠すことなく体から放出し、乃花のいるであろう部屋へと向かった。だが、そこは既にもぬけの殻であり、部屋の戸は開いていた。その場には定が呆然と涙を流している光景があった。有宗の声に怒気が籠る。
「……何故乃花がいない」
「…………申し訳、ありません。お止めすることが、できませんでした……」
「何で? ねぇ、僕君に言ったよね? 乃花を絶対に逃がすなって」
有宗の表情は、部屋が薄暗く上手く読み取ることができないが、その言葉の圧は酷く定の体に突き刺さった。
「申し訳ございません有清様! 私が――っ」
「もうお前いらないや。」
残酷なまでの冷徹な声に息を呑む。次の瞬間には定は有宗の抜いた刀身によって倒れた。色鮮やかな鮮血が乃花の部屋を支配していく。有宗は赤く染まった刀身を念入りに拭き、懐に仕舞われていた百絵巻を出した。そうして選ばれた絵巻の力により、有宗は部屋を焼いた。
薄れゆく意識の中で定は在りし日を思い出していた。まだ浅乃助も浅姫もいる頃の記憶が走馬灯として蘇る。とても、とても幸せだった。
「……も、うしわけ……ありませんでした、お浅様……」
一筋の涙が彼女の頬を伝った。次の瞬間、屋敷は大きな音と共に業火に焼かれ、盛大に燃え上がった。
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