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番外編1 〜ライナスAfter story〜

10. 契約

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「お久しぶりです。フェルマー子爵。顔色が良さそうで安心しましたよ」

「お久しぶりです、侯爵様。その節はお世話になりました。仕事の件では大変配慮していただき感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました」


「いえ、ウチも長らく働いてくれたフェルマー子爵のお力をまだまだ借りたいですからね。何かありましたらいつでも相談して下さい」

「本当にありがとうございます」



涙ぐみながらお礼を言う子爵の隣に、控えめな笑顔を浮かべて頭を下げているナディアがいた。


「ナディアも久しぶりだね。今日は君と話がしたくて来たんだよ」

「恐れ入ります。本当なら私が出向くべきですのに侯爵様にご足労いただき誠に申し訳ありません。狭い邸ですが、あちらにお茶をご用意しておりますのでどうぞ奥へ」


「ああ。フェルマー子爵、ナディアと2人で話をさせてもらってもいいかな?もちろん使用人を1人残してくれて構わないよ」

「・・・わかりました。でわ私は執務室にいますので必要があればお呼び下さい」







◇◇◇


ここに来る前に、俺の方でもフェルマー家について少し調べた。


少し前から、子爵夫人の病が悪化したらしい。

今王都の病院に入院していて、ナディアは入院中の母の世話と家で仕事をしている父親の世話もし、仕事も手伝うという多忙な毎日を送っている。

だから本来なら侯爵家に呼んで顔合わせするところを俺はわざわざ子爵家に出向くことにした。


きっと疲れていると思ったからだ。

案の定ナディアはまだ22歳という年齢にも関わらず随分くたびれて疲労が表情に見て取れた。

今子爵家は再び財政状況が悪くなっている。



それは子爵夫人の医療費だ。

受け取った多額の慰謝料はこの数年、子爵夫人の医療費に消えたらしい。子爵夫人は心臓病を患っていて何度か入院し、薬物治療も続けているため、一向に医療費の負担が減らないのだ。

恐らく、ナディアが俺に釣書を送ってきたのはその辺の事情が深く関係しているのかもしれないと思った。だからナディアに真意を問いに来た。




入れてもらったお茶を一口含んで落ち着いたあと、
目の前で俯いているナディアに声をかける。



「ナディアは本当に俺と結婚したいの?」

「はい」

「父に言われたから仕方なくじゃなくて?」

「いえ、私が自分の意思で望みました」 


「でも俺のこと好きじゃないよね?──ああ、そんな事はないとか社交辞令はいらないよ。これでも君より年上で世渡りしてきたんでね。大体の嘘はわかるんだ」

「・・・・・・・・・」


社交じみたやり取りを取っ払って俺は核心をつく質問をした。本音を引き出す為に釘も刺しておく。


「俺も忙しい身なんでね、だから1度の顔合わせで相手の人となりと考えを知っておきたい。君の本心を聞かせて欲しい。どうして俺との結婚を望んでいるの?」




ナディアの瞳が揺れる。

口を開いて何かを言いかけたが言葉は出てこず、また口を閉じて苦しそうに顔を顰めた。


「大丈夫。無礼だとか不敬だとか、君達の生活を脅かすことはしない。俺は君の本音を知りたいだけだ」



少しの間部屋に沈黙が流れた後、ナディアは意を決したように俯いた顔を上げて口を開いた。



「侯爵様。私と契約婚をしていただけませんか」

「・・・契約婚?」



てっきり結婚は自分の本意ではないとか、俺から父に断って欲しいとかその類の話だと思っていただけに、契約婚という単語に俺は意表を突かれた。



「私、後継になり得る子供を何人でも産みます。体だけは丈夫なんで、ちゃんとお役目は果たしてみせます。貧乏子爵令嬢の私が、侯爵様の寵愛を得ようなどと身の程知らずな事は望みません。愛人でも第二夫人でも、他の女性を囲われても文句は一切言いません。事業のお手伝いもします。───ですから、・・・ですからどうか両親と我が子爵領を助けて下さい」


ナディアはそう言って、膝の上に乗せた震える手を抑えるように握りしめて、俺の返事を待っていた。

ああ、彼女は俺の過去の醜聞を知っているんだな。 


それにフェルマー子爵は長年ウチで働いていたんだ。俺と父が女でやらかした事は知っていて不思議はない。


知ってなお、俺に契約婚を持ちかけている。

両親と領民を救うために。




「───どうしてそこまで?君は、フェルマー子爵の実子じゃないよね?」

「・・・・・ご存知なんですね」



フェルマー家を調べる過程で、ナディアが子爵の実子ではなく姪を養子にしていた事がわかった。

彼女はフェルマー子爵の兄の子供だ。フェルマー子爵夫妻には夫人が病弱な為に子供はいない。






◇◇◇◇


『フェルマー子爵は元々は次男で、それで学園卒業後にウチの商会で働いていたんだ。しかし、領主だった兄夫妻はある日突然不慮の事故で亡くなり、年老いた両親と幼い姪のナディアだけが残った。それで急遽次男の彼が爵位を継ぎ、いずれナディアに爵位を返す為に中継ぎ領主を務めていたんだ。ただ税収が少ない為に領地改革も中々手が付けられず、生活は苦しくなる一方だった。だから私は彼に商会に戻ることを勧めた。領地運営を両親に手伝ってもらいながらは彼は出稼ぎという形で領地の特産品をウチの商会で売り、利益をナディアと自領の為に返していたんだ』

『それが、ウチが商会を手放してオーナーが変わったことで立ち行かなくなったんですね』

『そうだ。───そしてその後、夫人の病も悪化してフェルマー家は没落寸前に陥った。既に年老いた両親も亡くなっていたから家を回せる者がいなかったんだ。だがそれを何とかする為にナディアは学園を退学し、私の所に来て父がやっていた仕事を自分にやらせてくれと頭を下げて来た』



なるほど。

それで父は貴族派オーナーが契約違反をしていることを知り、倒れるまで奔走していたというわけか。


『─────罪滅ぼしのつもりですか?』

『・・・そんな大層なものではない。この数年間で俺は自分がどれだけ愚かだったのかを思い知ったからな。ただナディアに関しては純粋に能力を買っている。あの娘は頭がいい。商人として磨けば一つの商会を任せてもいいほどの人材になると俺は思っている』




つまり俺への婚約の打診は、ナディアと父の利害が一致したということか。


ナディアは両親の保護と没落の危機を免れるため。

父は有望な人材の確保と、後継を得る為。



そこに、ナディア自身の幸せはどこにあるんだ?




  



◇◇◇◇




「私には親が4人います。実の両親は事故に遭った瞬間、私を庇って命を助けてくれました。そして今の両親は、親を亡くして寂しくて壊れそうな時に、私の側に寄り添い、今日まで守り育ててくれました。両親は私や領民を守る為に身を粉にして働いて体を壊してしまった。本来なら婿を取って私が爵位を継承し、自領を立て直さなければならないんですけど、こんな没落寸前の子爵家に婿に来てくれる人はいませんし、適齢期の殿方はもう皆さん結婚されてますから諦めてたんです。慰謝料も使い切って母も入院してしまい、途方に暮れていた時に前侯爵様にお声がけいただきました」

「以前会った時に言っていた恋人はどうしたんだ?」


「彼には・・・、捨てられてしまいました。私が学園を退学した後にウチより格上の令嬢と婚約してたんです。バカですよね・・・。慰謝料いただいて人並みの生活に戻ったら何の憂いもなく結婚できると思ってたんですけど、私が退学した時点で彼にとってウチに婿入りするメリットはなくなったらしいです」



その破局の原因が少なからずセルジュ侯爵家が関わっていることに居心地の悪さを覚える。

そもそもウチが商会を手放していなければナディアはその恋人と破局せずに済んだかもしれない。



「今となっては、結婚前に彼の本性が知れて良かったと思っています。それに、私の代わりに侯爵様達が仕返しして下さりましたから」

「仕返し?」


「はい。貴族派が一掃された例の事件ですけど、あの関係者に彼の婿入り先の伯爵家も入っていたんです。今彼らは全てを没収されて平民になり、とても苦労していると聞いて、私胸がスカッとしました」


「性格悪くてすみません」とクスクスと笑うナディアは、やっと年相応の少し幼さの残る笑顔を見せてくれた。


こんなに苦労して頑張ってきた彼女はやはり幸せになるべきだ。俺にはもったいない。だが彼女の置かれた状況が幸せな結婚をするにはとても厳しい環境であることは容易に理解できる。




契約────か。




「例えば俺と契約婚したとして、そこにナディアの幸せはあるのか?俺の愛は要らないし、他に女を囲っても文句言わない。子供を産む役目はしっかり果たすと宣言してたけど、それ、誰がどう見ても不幸な結婚だよな?親や領地の為に自分を犠牲にするのは俺は感心しない。親がそれを知ったら悲しむと思うし、失敗した俺が言うのもなんだけど、結婚てそんなに甘くないよ。さっきのフェルマー子爵の様子からして、ナディアの決断にもう既にショックを受けてるんじゃないのか?」


さっき俺が子爵にナディアと話したいと持ち掛けた時、わずかに動揺していた。



「でも・・・、これしか方法がないんです・・・」


「俺は寝る間も惜しんで必死に働いて侯爵家を立て直したんでね、またそんな醜聞作って数年間の努力が無に帰る事態は避けたいんだよ。だからナディアの宣言の内容は俺にとってはさほど魅力を感じないかな。子供を産むだけなら他の女性でもいいからね」


「で、でしたら侯爵様の希望をおっしゃってください!私に出来ることであれば何でもします!」

「だったら、本気で勉強して俺の事業パートナーになること。──それと、幸せになることを諦めるな」

「───え?」


「俺の妻になるのに、隣でそんな『自己犠牲で嫁いで来ました』なんて顔されたらたまったもんじゃない。契約を持ちかけるなら、お互い同等に利がないと信頼関係など築けない。これは商談する上での鉄則だ」

「そ・・・れは・・・、そう・・・ですけど・・・」



俺の真意が図れず困惑の表情を浮かべるナディアに俺は了承の返事を返した。




「いいよ、ナディア。俺と契約結婚しよう。ただし契約内容はナディアもちゃんと幸せを掴めるような内容でないとダメだ」





俺はもう、自分の行いのせいで誰かを不幸にしたくない。
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