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番外編1 〜ライナスAfter story〜

11. 異変と再会

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その後、一年の婚約期間を経て俺とナディアは結婚した。


もちろん2人の間にきっちり公正証書として契約書を作成している。

 

───────────────────


①ナディアには俺との子供を産んでもらう。女でも爵位を継げるので性別は問わない。ナディアとの子供を後継とする。

②事業パートナーとなるべく父に経営学を学び、経営に携われるほどの知識を身に着けること。

③侯爵夫人として社交や領地にも顔を出し、領民との交流を図る事。

④セルジュ侯爵家はフェルマー子爵家、及びフェルマー子爵領に人的支援、経済支援を行う事。

⑤ナディア以外の女性と不貞をしないこと。違反が確認された場合、慰謝料を支払う。ナディアが望めば速やかに離縁し、法に基づいて財産分与をする。

⑥もしナディアに想う者が現れた時、それを邪魔せず、速やかに離縁し、法に基づき財産分与をする。

⑦以上の項目以外でも、社会的及び人道的に結婚生活を脅かす事柄が発生した場合、有責者に対して法に基づいた処罰を課す。



両者はこれらの項目内容を厳守とする。

───────────────────



これらの内容を正書して公正証書として作成し、俺とナディア、作成した弁護士で保管し、法的効力を持つようにした。


俺達の間に契約書を作成した事に父は驚いていたが、一度失敗しているのでこれくらいした方がお前にはちょうど良いかもなと苦笑していた。

ナディアは契約書を手にして終始恐縮しっぱなしだった。


まさか俺が少しではなく、全面的にフェルマー子爵家に支援してくれるとは思っていなかったようだ。それに離縁を想定した契約内容にも抵抗を見せていた。


『これでは私の方が利が大きくなりませんか?特に最後の方の『ナディアに想う者が現れた時』という一文はなんですか?結婚したら私は不貞など致しませんし、自分が有責なのにも関わらず離縁して財産まで奪うなど、そんな非人道的な事をするわけありません!』

『万が一の為だよ。君は俺よりずっと若い。これから侯爵夫人として社交や領地に出たり、事業を通して沢山の出会いがあるだろう。その中で運命の出会いがあるかもしれない。俺達は契約婚だ。離縁の事も想定した契約をするのは当然だろう。これは万が一俺と離縁した後に君とフェルマー子爵領を守るためでもあるんだよ』


『・・・でも、結婚する前から離縁を想定するなんて・・・』


『だから万が一だと言ったろう?契約婚だとしても、結婚するからには妻として君を大事にするつもりでいるよ。だから契約文に俺も不貞はしない旨を明記しているんだ。まあ、書くこと自体がおかしいと言われればそうなんだけど・・・。事業パートナーとして信頼関係を築いていきたいと言ったけど、夫婦としても信頼と愛情を育んでいければいいと思ってる。だから、これからよろしく。我が婚約者様』


そう言ってナディアの手を取り、手の甲にキスを落とすと彼女は沸騰したかのように顔が瞬時に真っ赤になった。

いつもは聡明な彼女が明らかに狼狽えている姿を見て俺が思わず吹き出すと拗ねてしまい、子供っぽい可愛らしい一面に俺はまた笑った。


彼女が成長して、沢山の出会いと経験を重ね、もし誰かを愛した時は、彼女の幸せの為に潔く送り出せるよう、その時まで大事に守るよ。

彼女も、フェルマー子爵家も、フェルマー子爵領も。


皆、最初のきっかけは俺の愚かな行いから始まった因果だから。






◇◇◇◇



そして時は流れ、

俺とナディアの間には長男、次男の二人の息子に恵まれた。近い将来次男がフェルマー子爵家を受け継ぐことになるだろう。


二人の息子には高位貴族の教育に加え、経営学や領地運営学についても学ばせ、時間がある時は俺が剣術を教えている。

2人とも男だからか、やはり剣を握るのは好きらしい。


父から経営学を叩き込まれたナディアも、今では複数の商会のオーナーを兼務し、自らも買い付けや商談に参加して父が見込んだ商才を発揮していた。


フェルマー子爵領に関しても、セルジュ侯爵家から支援は行ったものの、実際に領地を立て直したのはナディアだ。

小さい領地ながら花の栽培に適した立地に目をつけて、観光地を作ったり、自領で栽培した植物を原料に香水や美容品などに加工した商品や、薬剤の原料として商会で売り出したところ、売れ行きが順調で子爵領に支店を出すまでに事業を拡大していった。


その先見の明でセルジュ侯爵領の特産品を数々生み出し、今ではセルジュ侯爵家は王都で一位二位を争う大商会へと成長を遂げたのだ。


そして舞い込んでくる数々の情報で気になるものがある。


最近西の帝国がきな臭い。取引のある商人が西の帝国で戦争の準備をしているという情報を得たらしく、売れる商品が今後変わるだろうというアドバイスをもらった。

そしてもう一つ、西との国境沿いに広がるダルの森の瘴気が濃くなり、魔物被害が増えているらしい。


専門家の話では近々大規模スタンピードが起こるのではと予想され、和平条約を結んでいる3カ国で対応に当たっているのだとか。



アシュリーは大丈夫なのだろうか・・・。

どちらも辺境に直接被害が及ぶ情報だった。


王家でも大規模スタンピードに備えて国内に支援を呼びかけ、セルジュ侯爵家からも支援金と、医療に使える布製品などの寄付を行った。



そしてこの数ヶ月後、専門家の予想が的中し、大規模スタンピードが発生した。


和平条約に基づき3か国の精鋭部隊による魔物の討伐が行われ、順調に終息に向かっていった最中、悲劇が起こった。

S級クラスの中でもレアな古代竜が国境沿いに現れたのだ。


国中が恐怖に慄いたが、彼らの死闘の末に見事人間の勝利でスタンピードは終息を迎えた。───だが、我が国は英雄を失った。



カイゼル・シュタイナーの戦死。


アシュリーの最愛の夫が、死んだ。



国内最強と呼ばれる騎士の損失を国中が嘆き、悲しみ、王家も民衆の前に姿を現して追悼の意を表した。


アシュリーの苦しみを想像すると胸が締め付けられる。

あの男との間に1男1女の二人の子供に恵まれ、溺愛されている妻として社交界でも有名だった。

本人は3か国和平条約の医療支援のほか、医療学校の設立や辺境地の医療発展に大きく貢献したとして、王から女男爵の爵位を賜るなど、女性の社会進出の象徴としても注目され、若い女性が憧れる存在になっていた。


偉業を成し遂げ、今では手の届かない、眩しい存在。



噂を聞く限り、あの男に愛し抜かれて幸せそうだった。たまに商会で会う女公爵からも幸せに暮らしていると聞いていた。


なのに────。



気にかけた所で俺にはどうにもできないけれど、泣いてるのかと思うと胸が酷く痛んだ。








そして、更に時は経ち、


俺が47歳の時、異変が起きた。


執務室で仕事をしていると突然錆びた鉄のような匂いがしたと思ったら、書きかけの書類にポタポタと血の水玉模様が広がる。

どうやら俺は鼻血を出したらしい。



「旦那様!!」


もうすっかり白髪の老人になった家令が慌てて俺に駆け寄って来るのが見えた所で、俺の意識は途切れた。









その後、

病院に運ばれた俺が医師に告げられた診断名は、



白血病だった。





家族は皆悲しんだ。長男は今年学園に入学したばかりで寮生活だったが、すぐに退寮して家に戻ると言い出したので嫡男としての学びを優先しろと制した。

ナディアは俺の手を握って嗚咽をもらして泣いていた。その横で次男も泣きそうになるのを必死で堪えている。

父は「何で年寄りの俺じゃなくてお前が病に・・・」と片手で目を覆って泣いていた。



最近ずっと疲れが取れないと思っていた。

頭痛やめまいも頻繁になってきたなと思っていたけど、ただの過労だと思っていた。



俺は、死ぬのか───?







すぐに薬物治療が始まり、俺は薬の副作用で苦しんだ。

発熱や吐き気に見舞われ、髪の毛がどんどん抜けて帽子が欠かせなくなった。


食欲がなくなって体重も落ち、一人で体を起こすのも大変になってきた。


そしてそんな俺を付きっきりで看病してくれるナディアに心が痛む。

ナディアは若い頃から常に誰かの世話をしている。そのたびに自分のやりたい事を犠牲にした。自分の両親の時は学園を退学し、結婚後も最期まで母親の看病をして見送った。


そして今は俺だ。今や生きがいとなっている仕事を人に任せてずっと俺の世話をやいている。俺が彼女の足を引っ張っているこの状況に心が折れてしまいそうだった。



「ナディア・・・。もういい。仕事に戻れ」

「嫌です。貴方が何と言おうと、私は貴方の側にいます」

「俺は君の邪魔をしたくない。言っただろう、君は自由に自分の好きな事をして生きるべきだと。ずっと誰かの為に自分を犠牲にして何かを我慢してきただろう。俺の為に、君に苦労してほしくな───」


「我慢なんてしてません!!」



ナディアの声が、病室に響いた。


苦しそうに眉を寄せて、琥珀色の瞳からポロポロと涙を溢している。


「私は・・・っ、両親の看病をしていた時、自分を犠牲にして我慢してるなんて思った事は一度もありません。愛してるから側にいたかった。失いたくなかった・・・っ。自分で望んで看病していたんです。私は、命は当たり前にそこにあるものじゃないって知ってるから。事故で亡くなった実の両親みたいに、病気じゃなくてもある日突然居なくなる事もあるって、知ってるから。だから側を離れたくなかった」


「・・・ナディア」


彼女は俺の手を両手で包み、ギュッと握りしめた。その手は震え、彼女の不安が肌から伝わる。


「貴方も同じです」


俺を真っ直ぐ見つめる濡れたその瞳に、いつもの親愛とは違う別の熱が灯っているように感じた。


「貴方を愛してるから此処にいるんです。貴方に邪魔なんかされてない。私が貴方の側に居たいの。離れたくないの。だから・・・お願いだからもう来るなって言わないで・・・っ」



「側に居させて」と泣きながら俺の手に縋り付くナディアの姿に、俺も熱い何かが込み上げ、視界が滲む。




「ナディア・・・」

「・・・・・・・・・」



「俺も愛してるよ」

「・・・・・・・っ」


弾かれたように顔を上げる彼女の瞳を見つめ、俺は再度気持ちを伝える。


「愛してるよ」




結婚して初めて、愛を伝えた。

ずっと、俺の愚行の影響で彼女の人生を狂わせた事に引け目を感じていた。

だからいつか彼女が誰かを愛した時に、彼女の幸せの為にこの手を離して送り出そうと決めていた。



────でも、




ずっと隣で俺を支え続けてくれた君を、

愛さずにいるなんて無理だった──。



「私もです、ライナス様。愛してます」










ああ、・・・───まだ死にたくないな。


君の幸せを見届けるまでは、まだ逝けない。










薬の影響で意識が朦朧とする中、ナディアとは違う別の・・・、とても懐かしい声を聞いた気がした。



「ライナス」



やっぱり、聞こえる。

俺の頬に触れるその温もりに、懐かしい記憶が蘇る。




「ライナス」



重たい瞼を開け、ぼやけた視界が徐々に明瞭になっていく。淡いシルエットが、徐々にその人の形を成していく。



「おはよう。ライナス」




「は・・・は・・・うえ・・・」






視界に映ったのは、


母の顔だった。








──────────────────

医学的な詳しい知識はないので、フィクションとして読んでいただけたらと思います(´人` )


話数が増えないよう纏めようとすると1話が長くなってしまいます(;´д`)
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