【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

ハナミズキ

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番外編1 〜ライナスAfter story〜

8. 自信がない

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「おめでとう!カイゼル!アシュリー」



二人を祝う沢山の祝福の声と、鐘の音が鳴る。


あの男に横抱きにされたウエディングドレス姿のアシュリーは、目を見張るほどキレイで、幸せそうに、愛しそうにあの男を見つめていた。


俺の前では見たことのない、満ち足りた表情。

きっと周りの人間に恵まれているんだろう。姑の立場であるはずの元辺境伯夫人も俺からアシュリーを守ろうとするほどに大切にされていた。

そしてあのカイゼル・シュタイナーも、アシュリーの為なら俺を潰すと啖呵切るほどアシュリーを想っていた。


周りで祝福の声をあげる者達の表情を見ればわかる。


アシュリーとあの男は、周りの人間に慕われているのだと。


俺が未練たらしく夢に見た、皆に慕われる仲睦まじい夫婦が目の前にいた。

夢と違うのは、アシュリーの隣にいるのが俺じゃないということだけ。






商会で公爵夫妻に会った時に、アシュリーが今日結婚式をあげる事を知った。

また怒られるかもしれないけど、どうしてもその幸せそうな姿を見たかった。危害を加えるつもりなどない。遠くから見守るだけだ。

そしてそんな俺の気配もあの男ならきっと気づいているだろう。



目の前で幸せそうに寄り添う2人に安心しながらも、胸が酷く締め付けられ、俺は踵を返して帰路についた。




「もういい加減、決断しなきゃな・・・」



幸せそうなアシュリーの姿を見てようやく、本当の意味で区切りをつけることができ、俺も覚悟を決めなければならないと決心する。




ずっとのらりくらりとかわしていた再婚話。

父に養子を取ることを打診したが、却下された。我が侯爵家と、母の実家である公爵家の血を受け継いでいる俺の嫡子でなければダメだと言われた。

父が母に縁を切られたとしても、俺と母の縁は切れない。それは公爵家との縁も切れないということだ。その縁を次世代に繋ぐためにも俺の血を残さねばならないと言われた。


『お前がアシュリーと結婚した時にもそう説明したはずだぞ。侯爵領の安寧の為にも血の繋がりは大事なんだ。その縁がお前の次の世代の領地の繁栄にも繋がる。もう十分家も持ち直した。いい加減逃げ回っていないで腹を決めろ。ここに候補の令嬢がいるからとりあえず会って相性が合いそうな女を選べ』


そういって俺の執務机に山になった釣書をドサッと置いた。


『こんなに!?無理ですよ。こんなに見合いしてる暇なんかない。大体俺もう30歳ですよ?年齢が釣り合う女性はほとんど結婚してるでしょう』

『だからデビュタントを済ませたばかりの未婚の女性が多い。年が離れていてもお前のルックスと侯爵家当主という立場を買われているんだ。良かったな』

『デビュタント済ませたばかりって10代の子供じゃないか!無理です。全部断ってくださいよ!』


一回り以上も下の令嬢なんてとんでもない!犯罪じゃないか。それに子供が事業の手伝いなんか出来るわけがない。ただでさえ忙しいのに妻のお守りまでする時間なんかどこにもないんだ。


『・・・・・・全員10代の子供なわけではない。とにかくその釣書の山から会っても良い女がいたら見合いをしろ。お前ももういい年なんだ、のんびりしている猶予はないぞ』





そう言われて、俺は仕方なく釣書に目を通した。














************




「父上、なぜ彼女の釣書が?」



俺は一枚の釣書を父の前に掲げた。

   





確認すると ほとんどが10代の子供で辟易したが、その中でふと一枚の釣書に手を止めた。


ナディア・フェルマー。


フェルマー子爵家の1人娘だ。


彼女は今22歳で、かつて貴族派の元オーナーに退職に追い込まれた従業員の娘だった。

彼女の父親は気を病んで外に出られなくなったのだ。  

元々母親も体が弱く、父と娘で母親を支えていた矢先に父親があんな事になり、彼女は特待生で通っていた学園を退学して両親の看病とウチと隣接する小さな領地を運営しながら暮らしていた。


税収が少ないため、裕福な家ではない。

だから父親は商会の仕事と領地運営の仕事を両立させていたのだが、元々過労で無理が祟っていたのと、買収後の貴族派の新しい従業員に追い込まれた事で心を病んでしまった。


俺が慰謝料を取りたいと思ったのは彼女の家と似たような被害者家族が何人かいたからだ。

放置していればいずれ生活が破綻するのが目に見えていた。だから父も元従業員達を受け入れて私財投げ打ってまで仕事を与えていたんだろう。


慰謝料が支払われてから人並みの生活に戻れたと家族揃ってお礼を言われたからよく覚えている。

そんな彼女が釣書を送ってきたわけだが、彼女は確か学生時代からの恋人がいたんじゃなかったか?

お礼を言われた際に「これで彼と結婚できる」と嬉しそうにしていたのに。




「俺がとりあえず釣書送れと言ったんだ」

「・・・・・・・・・何やってんですか父上」


とりあえずって何だよ。そんな軽く送っていいもんじゃないだろ釣書は。


「年齢的にお前と釣り合いが取れていて何の瑕疵もない令嬢はなかなかいないんだ。声かけるに決まってるだろ。しかも信頼できる従業員の娘で、中退とはいえ特待生で学園に通うほど地頭は良い。そして両親の看病をしながら自領の民の為にも駆け回る働き者の娘だ。子爵令嬢で身分は低いがお前も年だし一度結婚に失敗してるから差し引きゼロだろう」

「でも彼女の意志じゃないでしょう?結婚したいほどの恋人がいるって言ってたんですよ。父上が圧力かけたんじゃないんですか?」

「そんな事するか。もちろん背景はしっかり調べた。確かに以前はそんな恋人がいたが別れていて今は誰とも懇意にしていない。仕事と両親の看病をする日々を送っているだけだ」


別れた・・・?

あんなに嬉しそうに笑っていたのに。



「とにかく会って2人で話してこい」



どうやら父の中ではナディアが第一候補らしい。


ただ父の話を聞く限りは、ナディアの意思で釣書を送ってきたとは到底思えない。

慰謝料を渡した時以来会っていないのでフェルマー家のその後の様子を確認する事にした。

まだ生活が苦しければ家で出来る仕事を回す事も出来るしな。






ホントはもう誰とも結婚したくない。

また失敗して相手を傷つけるんじゃないかと思うと二の足を踏んでしまう。


領主として仕事ができるようになったとしても俺の過去の醜聞は消えたわけじゃない。

今でも営業で回った時に嘲笑されることもある。

年を重ねてそれなりに慣れて躱せるようになったが、もし結婚したら妻が俺のせいで傷つけられる事もあるだろう。


それは、幸せとは言えないんじゃないだろうか。



何よりもう、誰かを愛せる自信がない。





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