不遇な公爵令嬢は無愛想辺境伯と天使な息子に溺愛される

Yapa

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第一章

第17話 アーサーの冒険2

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アーサーは、食堂のとなりの調理場にいた。

調理場の隅に設えられた椅子のうえで三角座りをしている。

「ど、どうなさったのですか、アーサー坊ちゃま?ずいぶんご機嫌ななめのご様子で……」

同じく調理場の隅っこで食事をとっていた侍女のニコラが声をかけた。

「……ローザとお父様に仲間ハズレにされた」

「えっ!?ど、どういうことですか?」

ニコラが心配して聞く。

「……ふたりだけで寝たいみたい。ぼくも一緒に寝たいのに……」

「あ、あー?なるほど……」

ニコラは言葉足らずのアーサーの言葉を補完するように、想像を巡らす。

「うーん、でも、それは仕方がないかもしれませんよ?」

「……どうして?」

「おふたりは新婚ですからね」

「……?新婚だとなんでふたりきりが良いの?」

「そっ、それは、その……!」

ニコラはなぜか真っ赤になった。

「……ねえ、どうして?」

「と、とにかく、ふたりきりが良いんです!」

ニコラにピシャリと言われて、アーサーはますます不機嫌になって「……むー」と唸る。

「あ、ああっ……!ごめんなさい!え~と……、アーサー坊ちゃま、これ食べます……?」

ご機嫌を伺うようにニコラが指したのは、ニコラの朝食である揚げパンだった。

「……」

アーサーは不機嫌な顔そのままに、コクンとうなずく。

食べるんだ……!と内心思いながら、ニコラは揚げパンをちぎった。

「あ、あ~ん……」

ぱくんっ!とアーサーは不機嫌だからなのか、勢いよく食らいついた。

「わわっ……!ど、どうですか?お口に合いますかね……?」

ニコラが驚きながらも恐る恐る尋ねる。

アーサーのプクーとふくれていた表情はモグモグしていく内に、ペカー!とご機嫌なものにみるみる変わっていった。

「……おいしい」

ニコラはそれを聞いてホッとした。

「ですよね!ですよね!そうなんですよ!ここの賄い揚げパン最高なんですよ!」

ニコラの褒め言葉に、周りで作業しているコックたちがニヤリとする。

「もう一口いります?」

アーサーはそう言われて、素直に口を開けた。

目は閉じている。

(わわっ……!可愛い……!まつ毛長い……!)

その無防備な仕草に、ニコラはキュンとなった。

「はあ……!奥様が夢中になられるのもわかります……!」

モグモグしているアーサーをうっとり眺め、ついため息を吐くニコラ。

「ん?もっといりますか?」

アーサーは、大きなスミレ色の瞳でニコラをジッと見つめていた。

自分の食べる分がなくなってしまいそうだが、ニコラはためらいなく差し出そうとする。

「……ニコラは、ぼくのこと愛してるの?」

「へうっ!?な、なんですか急に!?愛だなんて……!」

ニコラは真っ赤になってモジモジした。

コックたちも聞いていたのか、にわかに落ち着かなくなる。

何でも美味しそうに食べるニコラは、調理場で食事をするうちに、コックたちの隠れたアイドルになっていた。

「……自分の食べ物くれるから」

「あ、ああ、そういうことですか……」

どうやら、アーサーの中で自分の分の食べ物をくれる=愛してるからとなっているらしい。

コックたちは、やれやれという感じで作業に戻る。

「そうですねえ……。はい。愛してますよ、アーサー坊ちゃま」

「「「!?」」」

ニコラは微笑み、作業に戻っていたはずのコックたちは、ガバッ!と振り返り目を剥いた。

「……へえ、そうなんだあ」

アーサーは真面目な顔でニコラを見つめ、どこかポーとした表情になる。

「はい。けど、食べ物あげるからって愛してるわけじゃないんですよ?」

「……そうなの?」

アーサーはちょっと難しそうな顔になる。

「そうなんです。だから、食べ物をくれるからって、知らない人についていったりしちゃダメですよ?ニコラと約束してくれますか?」

「……うん」

アーサーはうなずき、ふたりは指切りした。

その様子を見て、コックたちはホッコリする。

「……ねえ、ニコラ、愛ってなに?」

アーサーは指切りした小指を触りながら、ニコラに聞いた。

「う~ん、むずかしいですねえ……」

「……やっぱり、愛ってむずかしいんだ」

「はい。むずかしいと思います。ですが、そうですねえ……。家族や友達を大切に思う気持ちのことではないでしょうか。お互いを思いやり、助け合うことが愛なのだと私は思います」

「……思いやりか」

アーサーは考え込みながら言う。

「……ありがとう、ニコラ。じゃあ、ニコラはぼくの友達ってこと?」

「うふふ、そうですね。大切に思っていますよ。アーサー坊ちゃま」

「……ふーん」

ニコラは微笑み、アーサーの頬はすこし赤くなった。

「ほらほら、お前たち!手が止まってるぞ!」

料理長のゴードンが、アーサーとニコラのやりとりを見守っていたコックたちを注意する。

「坊っちゃん、おはようございます。朝食はいかがでしたか?」

「おいしかった」

よっぽどおいしかったのか、アーサーにしては即答だった。

「ガハハ!それは良かった!坊っちゃんは作り甲斐がありますなあ!」

ゴードンは屈託なく豪快に笑う。

「……揚げパンもおいしかった」

「お!もらったんですかい?そいつは良かったですな!ニコラはあげた分おかわりするか?」

「だいじょうぶです。ありがとうございます」

「体デカいんだから、昼までもたないだろう?遠慮することないんだぞ?」

「もう!言い方!デリカシーないですよ、ゴードンさん」

「ガハハ!すまねえ、すまねえ!」

「アハハ!まったくもう!」

体の大きいふたりが、ガハハ!アハハ!と笑っていた。

どうやらニコラは調理場で良い人間関係を築けているらしい。

「……ねえ、ゴードン、ちょっと聞いてもいい?」

アーサーが聞くと、ゴードンはニカッと笑った。

「もちろんいいですぜ。なんでもお聞きになってみてくだせえ」

「……愛って何だと思う?」

「ガハハ!こいつは難問ですな!ちょっと待ってくだせえ!ちゃんと考えますから!」

ゴードンは腕を組んで目をつぶり、真面目な顔で考え込んだ。

「うーん……、愛は料理と同じ、なんじゃないですかね?」

「……料理と?」

「そう!相手のために心を込めて努力して、最高のものを提供する!それが愛なんじゃないかと思うんですが、どうでしょう……?」

よくよく見ると、ゴードンの顔はうっすら赤かった。

「ふふっ、ゴードンさん、照れてます?」

「ガハハ!結構照れるな!」

ニコラに言われて、ゴードンは鼻頭をポリポリと掻く。

「……努力かあ」

アーサーは意外そうな顔をしながらも、咀嚼するようにうなずいた。

「満足できましたかね?」

「……うん、ありがと、ゴードン」

料理の味を聞かれるようにゴードンに問われて、アーサーは微笑みを返す。

「ガハハ!いつでもお話に来てください!アーサー坊ちゃま」

アーサーはゴードンに頭をグリグリとなでられた。

料理人ゴードンの大きな手は、意外なほどやわらかくて温かかった。

「ほかの人に聞いてみるのも面白いかもしれませんぜ?」

「……うん、そうしてみる!」

アーサーは三角座りをやめて、ぴょんと椅子から飛び降りたのだった。

アーサーの冒険が始まった。


調理場を出たアーサーは、城内のいろんな人に「愛って何だと思う?」と聞いて回った。

たとえば侍女たちに聞くと、なぜか大体が好奇心を覗かせた笑みを浮かべた。

ニコラよりもすこし年上の侍女たちだ。

「え~?愛を知りたいんですか?坊ちゃま」

「……うん」

「うふふ、教えてあげても良いんですけど、まだちょっと早いかも……」

「あら、ちょっとくらいなら良いんじゃない?」

「そうねえ。アーサー様って、魅力的なまつ毛をしてらっしゃるわよねえ」

「わかる~。絶対、将来女泣かせになるよね~」

「味見しちゃう?」

「きゃはは、ヤダー!」

いつの間にかアーサーは、侍女たちに囲まれていた。

女性特有の甘い匂いだが、ローザやニコラのように安心できるものではない。

アーサーは盛り上がっている彼女たちをよそに、給仕服のスカートの海から脱出したのだった。

リュックにも聞いた。

「えっ、愛!?」

「……そう」

リュックの表情は一瞬引きつり、手に持っていた手紙をサッ!とうしろに隠した。

「……なに隠したの?」

「な、なんでもないんだ、アーサー……!」

リュックとアーサーは、ブラッドリーが辺境伯の地位を手に入れる前からの付き合いであり、従ってアーサー呼びだった。

アーサーも、リュックのことは呼び捨てである。

「あー、愛か……。そうだなあ……。愛は、仲間に対する忠誠心のようなものなんじゃないかな?」

「……忠誠心?」

「ああ、守るべきものを守るための責任感が、愛なんじゃないか。……なんか、すまん」

リュックは大きく肩を落として、突然謝った。

「……なんで謝るの?」

不思議に思ってアーサーが聞くと、リュックは背に隠していた手紙を見せた。

「実はコレ、コートニーさんへの手紙なんだ……。嫌だよな、お前だって守るべき仲間なのに……」

「……ふーん。べつに嫌じゃないけど」

「え!?あ、そう!?」

「……うん。リュックは責任感強いんだね」

アーサーは微笑んだ。

「うう……!なんていい奴なんだ、お前は……!」

リュックは感涙して、アーサーの肩に手を置く。

「次何かあったら、ちゃんと守るからな!」

「……うん」

よくはわからないが本気の目で見つめられて、アーサーはこっくりうなずいた。


お昼になった。

アーサーは調理場で昼食を包んでもらってから、馬小屋に向かった。

「それで、愛について何かわかったか?」

ヴィンは馬をブラッシングしながら聞いた。

「……うん」

アーサーも反対側から同じ馬をブラッシングしている。

「お、何がわかった?」

「……愛って、もしかしたら、愛されることよりも、愛することなのかも」

愛が思いやりだろうと、努力だろうと、忠誠心だろうと、それらはすべて愛することを前提にしていた。

「えぇ……!それって、すごい発見じゃない……?」

ヴィンが感心して言った。

「……うん!」

アーサーも真面目な顔でうなずく。

「……ヴィンは、愛って何だと思う?」

「う~ん、俺は好きと愛の違いって何だろうって考えてたんだ。たとえば、俺は馬が好きだけど、愛してるとまで言えるのかなって」

「……うん。ぼくも馬は好きだ」

「へへ、だよな。この違いは何だろう?って思ってたんだけど、アーサーがさっき言ったことで、ナゾは解けたね!」

「……おお~!」

アーサーが小さく拍手する。

「それはな、覚悟があるか?ってことだと思う」

「……覚悟?」

「そう。本当に馬が好きだって言うなら、愛してるって言うなら、馬のためになることをしなくちゃいけない。馬はこんな狭い馬小屋にいるべきじゃない。馬は、草原を自由に走り回るために生まれたはずだ。だったら、この馬小屋から逃がしてあげなくちゃ!」

「……でも、そんなことしたら、怒られちゃわない?」

「だから、覚悟が必要なのさ。愛する相手のためになら、怒られてもいいっていう覚悟がね。つまり、献身ってやつだな」

ヴィンは、教会で聞きかじった言葉を言う。

「……」

アーサーは無言で柵を上げた。

「……行こう」

「ああ!」

アーサーとヴィンは馬を逃がすために、いや、愛の証明のために立ち上がった。

感じやすいふたりの少年は燃えている。

馬小屋には何十頭という馬がいる。

そのすべてを草原に放つつもりだ。

彼らは自由に走り回り、生まれた本来の意味を知るだろう。

「……動かないね」

「ああ……」

しかし、今アーサーたちがブラッシングしていて、逃がそうとした老馬のヨーゼフは押しても引いても、ピクリとも外に出ようとしなかった。

「なあ、アーサー、愛するってむずかしいな……」

「……うん」

ふたりは諦めて、ヨーゼフの馬房の前に座りこんだ。

「う~ん、愛してるつもりでも、迷惑になっちゃうこともあるんだな~」

「……うん。そうだね……」

アーサーは暗い表情になる。

「あっ!ちがうから!お前のこと言ってるんじゃないから!」

ヴィンはすぐにアーサーが何を思い浮かべたのか勘づき、慌てて言う。

以前、アーサーがヴィンのことをコートニーから守ろうと、まさに献身的な行為をしたことがあった。

「あの時は怒ったけど、何ていうか、実はうれしくもあったから!」

「……そうなの?」

「おう!うれしいけど、大切なお前が俺のために傷ついてんのが、許せなかっただけだから!自分を許せなかったっていうか……!」

「……ふ~ん」

暗い表情から一変、アーサーはニマニマ微笑む。

「……!うわー、言うんじゃなかったー!恥ずかしー!」

ヴィンは悶絶する。

「……ふふふ、ぼくもヴィンのこと、大切に思ってるよ」

「うるせー!」

アーサーは余裕の微笑み、ヴィンは真っ赤だった。

「……愛するって、むずかしいし、恐いし、勇気がいるね」

「あー、そうだな。あと、よく話し合ったりした方がいいのかも。……馬は話せないけど」

ヴィンがそう言って、ふたりは笑う。

そんなふたりを陰からコッソリ覗いている者がいた。

「と、尊い……!」

ローザだ。

ローザは馬小屋の入口から、顔をひょっこり出している。

鼻血対策なのかハンカチで口元をおさえて、目はキラキラしていた。

「うわっ!えっ!?ブラッドリー様も!?」

「……!」

ローザだけならいつものことだが、ローザの頭の上に、ブラッドリーもひょっこり顔を出してふたりを見ていた。

さすがにハンカチを口元に当てるということはなかったが、これにはアーサーとヴィンも驚く。

「いや、すまん。盗み聞きするつもりはなかったんだが……」

ブラッドリーは謝り、ローザとふたりでアーサーとヴィンの前にやって来た。

アーサーはさっきの件もあり、なんとなく気まずくて、プイッとふたりから顔をそらした。

「!!」

ローザは雷に打たれたようなショックを受け、一瞬倒れそうになる。

「ロ、ローザさん……!?」

「いえ、大丈夫です……!」

ブラッドリーが支えようとするが、気丈にもローザは踏みとどまり、何を思ったのかピースサインを出して、アーサーに突きつけた。

「……?」

訝しむアーサーに、ローザは告げる。

「週2で一緒に寝ましょう。ブラッドリー様から許可を取りました!」

「……!」

アーサーは驚く。

ちらりとブラッドリーを見ると、苦い表情ながら、厳かにうなずいていた。

ブラッドリーは思う。

執務室にまでやって来て、しつこいの何の。

ブラッドリーはその不屈の交渉力に、“蛇のゼファニヤ”の一族の片鱗を見た気さえした。

「ね?だから、機嫌を治してくださいまし!アーサー様!」

だが、アーサーの機嫌は治らなかった。

事情を察したらしいヴィンが、となりでニマニマしていたのが目に入ったからだ。

アーサーは真っ赤になる。

「……もう!ローザ、デリカシーない!」

「!!!!」

アーサーに怒られて、ローザはヒザをついた。

「ローザさん!?」

「もうダメ……!もう終わりですわ……!」

ブラッドリーはオロオロし、ローザは突っ伏してプルプル震えている。

プンプンしているアーサーに、ヴィンが言った。

「まあまあ、愛されているうちは、甘えておいていいんじゃないの?」

「……そうかなあ?」

「そうだよ。もちろんイヤじゃなければだけど。アーサーはイヤか?」

アーサーは考えた。

今日はいろいろなことを知った。

思いやり、努力、忠誠心、覚悟。

愛するのは、むずかしいということ。

では、愛されるということは?

「……イヤじゃない」

愛されるということは、有り難いことだと思った。

恐くても勇気を出して、手を伸ばしてくれるのだから。

ヴィンがニコリと微笑み、アーサーの背中をぽんと押す。

アーサーは立ち上がり、突っ伏しているローザの前に立った。

「……ローザ」

きれいなソプラノで名前を呼ばれて、ローザはビクッとする。

しかし、顔を上げることはなかった。

「……」

アーサーは無言で、ローザの頭を丸ごと抱え込むように、ぎゅっと抱きしめた。

「……!」

「な、何を……!?」

ローザは声も出せずに驚き、となりでブラッドリーも驚いている。

でも、アーサーは構わずローザの頭を抱きしめ続けた。

ローザの頭は熱いくらいに温かかった。

アーサーは、やっぱり、と思う。

ニコラの小指は温かかった。頭をなでてきたゴードンの手も温かかった。リュックが誓いを立てるように触れてきた肩にも温かさを感じた。

さっきヴィンに押された背中もそうだ。

(愛って、温かいものなんだ……!)

アーサーはそう思ったのだった。

ブラッドリーを見る。

愛してると言われた時、ブラッドリーの手も温かかったことを思い出す。

「……お父様、愛してるよ」

「お、おう……!俺も、愛してるぞ……?」

ブラッドリーは戸惑いながらも、辛うじてそう応えたのだった。

「……ローザ」

アーサーは、小さな手でローザの顔を持ち上げる。

ローザは客観的に見ると大げさなことに、しかし、本人からすれば大真面目に涙を流していた。

顔も熱を帯びていて、赤くなっている。

不思議なことに、アーサーの心の奥がキュンと締め付けられた。

そして、その力の赴くままに、アーサーはローザの頬にやさしくキスをしたのだった。

アーサーの長いまつ毛がローザのまぶたを撫でる。

「……ごめんね。泣かせちゃって」

今度は別の作用から顔を真っ赤にしているローザをよそに、アーサーは天使のように微笑む。

「愛してるよ、ローザ」

アーサーは、スミレ色の瞳でローザのサファイア色の瞳を見つめて、ハッキリとそう言った。

「は、はい……!わたしも、愛しています……!」

ローザはくらくらした。

アーサーはうれしくなって、もう片方の頬にもキスをする。

「……大人になったら結婚しようね。そしたら、ずっと一緒に寝られるよ」

「は、はい……!」

「いやいや、はい、じゃないですよ……!」

ブラッドリーが愕然とした表情になる。

「アーサー、お前、どういうつもりだ……?」

一瞬“戦神”のオーラがブワッと吹き出すが、アーサーはそれを物ともせずに言った。

「……3人で結婚すれば、いいでしょ?」

小首を傾げて聞いてくるアーサーに、ブラッドリーは毒気を抜かれて“戦神”のオーラは吹っ飛んだ。

「ああ、そうだな……。ヴィンセント」

「え!?は、はい……!」

急に声をかけられて、ヴィンは焦る。

「いつもアーサーと遊んでくれてありがとう。これからも頼む」

「は、はい……」

ブラッドリーの本気の目に見つめられて、ヴィンはうなずいた。

「じゃあ、仕事があるから、これで失礼するよ」

ブラッドリーはそう言うと、アーサーに頭をぎゅっとされたままのローザをチラリと見て、去って行ったのだった。

ため息をひとつ残して。

「ハッ……!」

ぽっーとしていたローザは意識を取り戻したように言った。

「わ、わたしもちょっとやる事があるんでしたわ……!アーサー様、またお会いしましょう!」

「……うん」

「それでは!」

「……うん。ローザ」

「はい!なんでしょう?」

「……放さないと、動けないよ?」

ローザはいつの間にか、逆にアーサーを抱きしめていた。

「うう……!本当はずっと一緒にいたいんです……!」

だが、ローザは渋々立ち上がり、名残惜しそうに去っていった。

アーサーとヴィンはお互いを見つめると、なんとなく微笑み合う。

「……お昼、食べよ?」

「おう!」

アーサーの持ってきた昼食をふたりで分けて食べた。

「サンキュー」

「……あのね。食べ物あげるからって、愛してるわけじゃないんだよ?」

アーサーはヴィンに教えてやった。

「そうなのか……。でも、好きな人から食べ物もらったらうれしくない?」

「……たしかに」

ふたりの少年の探求は、どこまでも続くのだった。
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