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第一章
第16話 アーサーの冒険
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「おはようございます。アーサー坊ちゃま」
「……おはよ」
「良い朝ですね。坊ちゃま!」
「……ん」
眠気眼のアーサーに使用人たちが声をかける。
アーサーは半分以上目を閉じた状態でふらふらと朝食に向かう。
いつものルーティンだ。
アーサーは辺境伯子息であり、当然貴族の身分なのだが、朝の支度は大体自分でする。
つまり、自分で起きて、顔を洗い、服を着るのである。
それはブラッドリーの数少ない教育方針の結果だった。
そのくらいは自分でできる人間であって欲しいということだ。
顔を洗っても目はパッチリとはいかず、若干寝癖が残っているのはご愛嬌である。
コートニーがこの城を去って、一ヶ月ほどが経っていた。
表向きは、コートニーは単に北方拠点に異動ということになっている。
いきなりの異動に最初のうちは侍女たちにも混乱が見られたが、一ヶ月も経つと以前と変わらない穏やかな空気が戻ってきていた。
つまり、コートニーが変貌する前の空気ということ。
アーサーに対するコートニーの仕打ちは短期間で、なおかつコートニーの側も秘密裏に行っていたのは不幸中の幸いだった。
もしも他の侍女も知っていて、あまつさえ加担でもしていたら、大量の首切りと処分をしなければならず、城はてんやわんやの大騒ぎになっていたことだろう。
ちなみにニコラに意地悪していた一部の侍女たちは、ニコラに必死に謝り、彼女もそれを許した。
「……あ」
アーサーがヴィンを見つける。
アーサーはトテテテテと小走りに駆けて行った。
「……おはよ」
「ん?おう、アーサーか。おはよー」
ヴィンは大量の靴を抱えていた。
ヴィンは近くの村から来ている下働きの少年であり、仕事内容は要するに雑用である。
今朝の仕事は、靴磨きの仕事らしい。
「……手伝う」
「え、いいよ。お前に靴磨きなんて手伝わせてるの見られたら、怒られちまうよ」
アーサーが手を伸ばすと、ヴィンは体をよじって避ける。
アーサーはそれでも手伝おうと、追っていき、ふたりはその場でグルグル回った。
「いやいや、いいから。ありがとな。昼になったら、馬小屋に来いよ。ブラッシングしたいだろ?」
「……うん」
やや不満げながら、アーサーは納得する。アーサーは馬が好きだった。
ヴィンはやれやれという顔で苦笑する。
ヴィンは7人兄弟の末っ子だが、時々アーサーのことを弟のようだと思う。
「……ねえ、ヴィン」
アーサーがまだ眠そうな目で言う。
「ん?何だ?そろそろ行かなきゃいけないんだが……」
「ヴィンって、ぼくのこと愛してる?」
「はあ!?」
「……愛ってなに?」
「いや、そんなこと、俺に聞かれても困るんだけど……。なに、どうしたの?」
ヴィンは、なにやら悩んでいるらしいアーサーを気遣い、話を聞いた。
「……へえ!あのブラッドリー様がそんなことを!」
「……うん」
聞くところによると、父親であるブラッドリー辺境伯に、この前愛してると言われたらしい。
「……ぼくも愛してるって答えたんだけど、よく考えると、愛ってわからなくて……」
「うーん、むずかしいな……」
「うん……」
ふたりの少年は考え込んでしまった。
ぐ~
その時、アーサーのお腹が鳴った。
「はは、とりあえず朝メシ食って来いよ。よくわからないけど、俺も昼まで考えとくよ」
「……うん。馬小屋で」
ふたりは約束して別れた。
「アーサー様、あ~ん!」
ローザは朝から満面の笑みだった。
いつものようにアーサーの隣に陣取っている。
「……ん」
アーサーは慣れた様子でモグモグする。
「いかがですか?」
「……じゅーしい」
本日のデザートはコナッシーと呼ばれる一口サイズの果物で、口に入れて一噛みすれば、甘い果汁が溢れ出す逸品だった。
「ホントですわねえ!こんなに瑞々しいフルーツ、わたしも初めて食べますわ。あら、お口、失礼しますわね」
あまりにジューシー過ぎて、アーサーの口からたらりと垂れた果汁を、ローザはハンカチでササッとふきとる。
「うふふ……!」
ローザは幸せだった。
「……なんだか、甘やかし過ぎてませんか?」
それまでじっーと黙って見ていたブラッドリーが、さすがに声をかけた。
毎日とは行かないが、最近のブラッドリーはできるだけ朝食を共にするようにしている。
ブラッドリーは家長席に座り、すぐ隣にローザ、アーサーと続いている。
せっかくの長いダイニングテーブルなのだから広く使えばいいのにとも思うが、ブラッドリーからすれば給仕に無駄な労力をかけるのが心苦しい。
だからアーサーとたまにふたりで食べる時は、こういう狭い配置にしていたのだが、そこへローザが割り込んで来たという按配である。
なにはともあれ、ブラッドリーに指摘され、ローザは焦った。
「あ、あら、そんなことはありませんわ」
「ほどほどにしてくださいと言ったはずです。なのに、一緒に食事をすると、あなたは必ずアーサーに食べ物を運んでいますね。これは一体……?」
「た、たまたまですわ……!」
「ほう、私がいない時は、アーサーも自分で食べていると……?」
「そ、その通りです……!」
疑惑の目をブラッドリーに向けられて、ローザは明後日の方向を向く。
沈黙。
「……ねえ、ローザ」
その時、アーサーがマイペースな様子で、ローザの袖を引いた。
「ん?なんでしょうか、アーサー様」
アーサーは大きなスミレ色の瞳で、ジッとローザを見つめている。
「ローザは、ぼくのこと愛してるの?」
「……!」
「な、なにを言ってるんだ、お前は……!」
ローザは声も出ない様子で驚き、なぜかブラッドリーは狼狽した。
アーサーはふたりの大人の不可解な様子に、小首を傾げる。
「もっ……!」
「……も?」
ローザはぷるぷると震え、アーサーはそんなローザをじっと見つめる。
「もちろんですわ!わたくし、ローザはアーサー様を愛しておりますっ!!」
「お、おう……!」
ローザはぐわっと乗り出して、アーサーの手を握りしめた。
これにはさすがのアーサーも照れてしまい、ポッと頬が赤くなる。
ブラッドリーはそんなふたりの様子を眺め、呆れたようにため息を吐いた。
「……お父様も、ぼくのことを愛している」
「ぐほっ……!がほっ……!」
ブラッドリーは紅茶を飲もうとしたところ、不意を打たれてむせた。
「……ぼくは、ふたりに愛されてるってこと?」
「そうです!そうですわ!」
ローザはなにやら感激したように肯定する。
「……まあ、そうなるな」
ブラッドリーもあどけない表情のアーサーに見つめられ、照れながらも肯定した。
「……ふーん、ふたりに愛されてもいいんだ」
「ええ、そうですわ。愛は無限ですわ!アーサー様は世界中の人たちに愛されて当然ですわ!」
「ちょっと落ち着いてください」
熱狂的なアーサーファンのローザを、ブラッドリーが鎮めようとする。
「……じゃあ、ローザとお父様も愛し合ってるの?」
時が止まった。
そう勘違いするほどに、ローザとブラッドリーは微動だにしなくなった。
「……ローザ?お父様?」
時を止める魔法を放った張本人であるアーサーが、不思議そうに声を掛けると、ようやくふたりはギギギと動き出す。
「……いいか、アーサー」
真摯な顔で話し始めたのは、ブラッドリー。
「世の中には、政略結婚という愛のな」
ガヅンッ!
その時、テーブルの下で轟音が響き、ブラッドリーの口が真一文字に引き伸ばされた。
「?」
訝しんで、下を覗こうとしたアーサーに、ローザがすかさず声をかける。
「おほほ、アーサー様ったら、そんなことをお聞きになりたいの?」
「……うん、聞きたい」
アーサーがまじまじとローザを見つめると、ローザはニッコリ微笑んだ。
「わたしとブラッドリー様は、愛し合っていますわ」
「え、……!」
ブラッドリーは小さく声をあげたかと思うと、すぐに黙りこんで、なぜか必死に痛みを耐えているかのように目を見張った。
「そうですわよね。ブラッドリー様……!」
ローザはニッコリと微笑んだまま、ギギギと首をブラッドリーの方に向けた。
目はまったく笑っていない。
「あ、ああ……、その通りだ……!」
ブラッドリーは絞り出すような声で言った。
「……そうなんだあ」
「当たり前じゃないですか。夫婦なんですから」
アーサーはしみじみとうれしそうで、ローザはうふふと笑う。
ブラッドリーは足の甲を刺激する痛みからようやく解放されて、冷や汗をぬぐった。
アーサーがさらに聞く。
「……ふたりは、一緒に寝ているのは、夫婦だから?」
「そ、そうですわね」
正確には同じ部屋で寝ているだけで、一緒には寝てはいないのだが。
「……ふーん、夫婦だから、愛し合っている。夫婦だから、一緒に寝ている……」
アーサーは、ポクポクと思考を深め、ふと閃いたように言った。
「……じゃあ、ぼくも一緒に寝る」
「え?」
声をあげたのは、ブラッドリーである。
「……だって、ローザとお父様はぼくのことを愛してるんでしょ?じゃあ、ぼくも一緒に寝てもいいでしょ?」
たしかに、論理的に言えばそうなるかもしれない。
「い、いや、それは……!」
ブラッドリーはこのままでは別々のベッドで寝ていることがバレてしまうと焦り、ローザの方をチラリと見た。
ローザは、悩ましい顔をしていた。
どうにかしてアーサーと一緒に寝られる方法はないかと、必死に考えあぐねているようだった。
ブラッドリーは、思わずコツンとローザのスネを蹴った。
ハッとするローザに顔を近づけ、ブラッドリーは囁く。
「何を悩んでるんですか。このままだとアーサーに嘘がバレますよ」
「そ、そうですわね……!わたしの幸せより、アーサー様の幸せですわ……!」
ローザはそう自分に言い聞かせると、アーサーにニッコリ微笑んだ。
「アーサー様、夫婦だから同じ寝室で寝るのであって、愛し合っていても同じ寝室で寝るとは限らないのですよ」
「……この前、一緒に寝たけど」
「うっ!」
たしかに一ヶ月ほど前、コートニーとの一件のあと、ローザとアーサーは夫婦の寝室で一緒に寝たことがあった。
「……3人で寝ればいいじゃん。ダメなの?」
「ダ、ダメというか……。ねえ、ブラッドリー様?」
「そ、そうですねえ……」
ローザは困ってパスを出すが、ブラッドリーもまた困ってしまう。
「……ローザもお父様も、ぼくよりお互いの方を愛してるってこと?」
アーサーは珍しく、ちょっとスネているような顔になった。
「そ、そんな!アーサー様の方を愛しているに決まっていますわっ!」
「……!」
秒で切り返すローザと何やらショックを受けているブラッドリー。
ふたりの様子を見て、アーサーはムスッとした表情で言った。
「……ごちそうさま」
「ア、アーサー様……!」
ローザの呼び声も虚しく、アーサーは立ち上がり、食堂を去ったのだった。
「……おはよ」
「良い朝ですね。坊ちゃま!」
「……ん」
眠気眼のアーサーに使用人たちが声をかける。
アーサーは半分以上目を閉じた状態でふらふらと朝食に向かう。
いつものルーティンだ。
アーサーは辺境伯子息であり、当然貴族の身分なのだが、朝の支度は大体自分でする。
つまり、自分で起きて、顔を洗い、服を着るのである。
それはブラッドリーの数少ない教育方針の結果だった。
そのくらいは自分でできる人間であって欲しいということだ。
顔を洗っても目はパッチリとはいかず、若干寝癖が残っているのはご愛嬌である。
コートニーがこの城を去って、一ヶ月ほどが経っていた。
表向きは、コートニーは単に北方拠点に異動ということになっている。
いきなりの異動に最初のうちは侍女たちにも混乱が見られたが、一ヶ月も経つと以前と変わらない穏やかな空気が戻ってきていた。
つまり、コートニーが変貌する前の空気ということ。
アーサーに対するコートニーの仕打ちは短期間で、なおかつコートニーの側も秘密裏に行っていたのは不幸中の幸いだった。
もしも他の侍女も知っていて、あまつさえ加担でもしていたら、大量の首切りと処分をしなければならず、城はてんやわんやの大騒ぎになっていたことだろう。
ちなみにニコラに意地悪していた一部の侍女たちは、ニコラに必死に謝り、彼女もそれを許した。
「……あ」
アーサーがヴィンを見つける。
アーサーはトテテテテと小走りに駆けて行った。
「……おはよ」
「ん?おう、アーサーか。おはよー」
ヴィンは大量の靴を抱えていた。
ヴィンは近くの村から来ている下働きの少年であり、仕事内容は要するに雑用である。
今朝の仕事は、靴磨きの仕事らしい。
「……手伝う」
「え、いいよ。お前に靴磨きなんて手伝わせてるの見られたら、怒られちまうよ」
アーサーが手を伸ばすと、ヴィンは体をよじって避ける。
アーサーはそれでも手伝おうと、追っていき、ふたりはその場でグルグル回った。
「いやいや、いいから。ありがとな。昼になったら、馬小屋に来いよ。ブラッシングしたいだろ?」
「……うん」
やや不満げながら、アーサーは納得する。アーサーは馬が好きだった。
ヴィンはやれやれという顔で苦笑する。
ヴィンは7人兄弟の末っ子だが、時々アーサーのことを弟のようだと思う。
「……ねえ、ヴィン」
アーサーがまだ眠そうな目で言う。
「ん?何だ?そろそろ行かなきゃいけないんだが……」
「ヴィンって、ぼくのこと愛してる?」
「はあ!?」
「……愛ってなに?」
「いや、そんなこと、俺に聞かれても困るんだけど……。なに、どうしたの?」
ヴィンは、なにやら悩んでいるらしいアーサーを気遣い、話を聞いた。
「……へえ!あのブラッドリー様がそんなことを!」
「……うん」
聞くところによると、父親であるブラッドリー辺境伯に、この前愛してると言われたらしい。
「……ぼくも愛してるって答えたんだけど、よく考えると、愛ってわからなくて……」
「うーん、むずかしいな……」
「うん……」
ふたりの少年は考え込んでしまった。
ぐ~
その時、アーサーのお腹が鳴った。
「はは、とりあえず朝メシ食って来いよ。よくわからないけど、俺も昼まで考えとくよ」
「……うん。馬小屋で」
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「アーサー様、あ~ん!」
ローザは朝から満面の笑みだった。
いつものようにアーサーの隣に陣取っている。
「……ん」
アーサーは慣れた様子でモグモグする。
「いかがですか?」
「……じゅーしい」
本日のデザートはコナッシーと呼ばれる一口サイズの果物で、口に入れて一噛みすれば、甘い果汁が溢れ出す逸品だった。
「ホントですわねえ!こんなに瑞々しいフルーツ、わたしも初めて食べますわ。あら、お口、失礼しますわね」
あまりにジューシー過ぎて、アーサーの口からたらりと垂れた果汁を、ローザはハンカチでササッとふきとる。
「うふふ……!」
ローザは幸せだった。
「……なんだか、甘やかし過ぎてませんか?」
それまでじっーと黙って見ていたブラッドリーが、さすがに声をかけた。
毎日とは行かないが、最近のブラッドリーはできるだけ朝食を共にするようにしている。
ブラッドリーは家長席に座り、すぐ隣にローザ、アーサーと続いている。
せっかくの長いダイニングテーブルなのだから広く使えばいいのにとも思うが、ブラッドリーからすれば給仕に無駄な労力をかけるのが心苦しい。
だからアーサーとたまにふたりで食べる時は、こういう狭い配置にしていたのだが、そこへローザが割り込んで来たという按配である。
なにはともあれ、ブラッドリーに指摘され、ローザは焦った。
「あ、あら、そんなことはありませんわ」
「ほどほどにしてくださいと言ったはずです。なのに、一緒に食事をすると、あなたは必ずアーサーに食べ物を運んでいますね。これは一体……?」
「た、たまたまですわ……!」
「ほう、私がいない時は、アーサーも自分で食べていると……?」
「そ、その通りです……!」
疑惑の目をブラッドリーに向けられて、ローザは明後日の方向を向く。
沈黙。
「……ねえ、ローザ」
その時、アーサーがマイペースな様子で、ローザの袖を引いた。
「ん?なんでしょうか、アーサー様」
アーサーは大きなスミレ色の瞳で、ジッとローザを見つめている。
「ローザは、ぼくのこと愛してるの?」
「……!」
「な、なにを言ってるんだ、お前は……!」
ローザは声も出ない様子で驚き、なぜかブラッドリーは狼狽した。
アーサーはふたりの大人の不可解な様子に、小首を傾げる。
「もっ……!」
「……も?」
ローザはぷるぷると震え、アーサーはそんなローザをじっと見つめる。
「もちろんですわ!わたくし、ローザはアーサー様を愛しておりますっ!!」
「お、おう……!」
ローザはぐわっと乗り出して、アーサーの手を握りしめた。
これにはさすがのアーサーも照れてしまい、ポッと頬が赤くなる。
ブラッドリーはそんなふたりの様子を眺め、呆れたようにため息を吐いた。
「……お父様も、ぼくのことを愛している」
「ぐほっ……!がほっ……!」
ブラッドリーは紅茶を飲もうとしたところ、不意を打たれてむせた。
「……ぼくは、ふたりに愛されてるってこと?」
「そうです!そうですわ!」
ローザはなにやら感激したように肯定する。
「……まあ、そうなるな」
ブラッドリーもあどけない表情のアーサーに見つめられ、照れながらも肯定した。
「……ふーん、ふたりに愛されてもいいんだ」
「ええ、そうですわ。愛は無限ですわ!アーサー様は世界中の人たちに愛されて当然ですわ!」
「ちょっと落ち着いてください」
熱狂的なアーサーファンのローザを、ブラッドリーが鎮めようとする。
「……じゃあ、ローザとお父様も愛し合ってるの?」
時が止まった。
そう勘違いするほどに、ローザとブラッドリーは微動だにしなくなった。
「……ローザ?お父様?」
時を止める魔法を放った張本人であるアーサーが、不思議そうに声を掛けると、ようやくふたりはギギギと動き出す。
「……いいか、アーサー」
真摯な顔で話し始めたのは、ブラッドリー。
「世の中には、政略結婚という愛のな」
ガヅンッ!
その時、テーブルの下で轟音が響き、ブラッドリーの口が真一文字に引き伸ばされた。
「?」
訝しんで、下を覗こうとしたアーサーに、ローザがすかさず声をかける。
「おほほ、アーサー様ったら、そんなことをお聞きになりたいの?」
「……うん、聞きたい」
アーサーがまじまじとローザを見つめると、ローザはニッコリ微笑んだ。
「わたしとブラッドリー様は、愛し合っていますわ」
「え、……!」
ブラッドリーは小さく声をあげたかと思うと、すぐに黙りこんで、なぜか必死に痛みを耐えているかのように目を見張った。
「そうですわよね。ブラッドリー様……!」
ローザはニッコリと微笑んだまま、ギギギと首をブラッドリーの方に向けた。
目はまったく笑っていない。
「あ、ああ……、その通りだ……!」
ブラッドリーは絞り出すような声で言った。
「……そうなんだあ」
「当たり前じゃないですか。夫婦なんですから」
アーサーはしみじみとうれしそうで、ローザはうふふと笑う。
ブラッドリーは足の甲を刺激する痛みからようやく解放されて、冷や汗をぬぐった。
アーサーがさらに聞く。
「……ふたりは、一緒に寝ているのは、夫婦だから?」
「そ、そうですわね」
正確には同じ部屋で寝ているだけで、一緒には寝てはいないのだが。
「……ふーん、夫婦だから、愛し合っている。夫婦だから、一緒に寝ている……」
アーサーは、ポクポクと思考を深め、ふと閃いたように言った。
「……じゃあ、ぼくも一緒に寝る」
「え?」
声をあげたのは、ブラッドリーである。
「……だって、ローザとお父様はぼくのことを愛してるんでしょ?じゃあ、ぼくも一緒に寝てもいいでしょ?」
たしかに、論理的に言えばそうなるかもしれない。
「い、いや、それは……!」
ブラッドリーはこのままでは別々のベッドで寝ていることがバレてしまうと焦り、ローザの方をチラリと見た。
ローザは、悩ましい顔をしていた。
どうにかしてアーサーと一緒に寝られる方法はないかと、必死に考えあぐねているようだった。
ブラッドリーは、思わずコツンとローザのスネを蹴った。
ハッとするローザに顔を近づけ、ブラッドリーは囁く。
「何を悩んでるんですか。このままだとアーサーに嘘がバレますよ」
「そ、そうですわね……!わたしの幸せより、アーサー様の幸せですわ……!」
ローザはそう自分に言い聞かせると、アーサーにニッコリ微笑んだ。
「アーサー様、夫婦だから同じ寝室で寝るのであって、愛し合っていても同じ寝室で寝るとは限らないのですよ」
「……この前、一緒に寝たけど」
「うっ!」
たしかに一ヶ月ほど前、コートニーとの一件のあと、ローザとアーサーは夫婦の寝室で一緒に寝たことがあった。
「……3人で寝ればいいじゃん。ダメなの?」
「ダ、ダメというか……。ねえ、ブラッドリー様?」
「そ、そうですねえ……」
ローザは困ってパスを出すが、ブラッドリーもまた困ってしまう。
「……ローザもお父様も、ぼくよりお互いの方を愛してるってこと?」
アーサーは珍しく、ちょっとスネているような顔になった。
「そ、そんな!アーサー様の方を愛しているに決まっていますわっ!」
「……!」
秒で切り返すローザと何やらショックを受けているブラッドリー。
ふたりの様子を見て、アーサーはムスッとした表情で言った。
「……ごちそうさま」
「ア、アーサー様……!」
ローザの呼び声も虚しく、アーサーは立ち上がり、食堂を去ったのだった。
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