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第3話 ギルドちっさ

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 おじじにしごかれながら迎えた金曜日。
 講習を受けるために、俺は駅から2分ぐらいのところにある冒険者ギルドへとやってきた。

「ちっさ」

 思わず呟いてしまったが、別に罵倒の意思はない。
 インターネットで調べた際に写真で見た大きなビルに巨大な看板のある冒険者ギルドと比べて、わが町の冒険者ギルドがあまりにも、その、しょぼくて思わず言ってしまっただけである。

 気を取り直してビルの中に入るとそこはロビーになっており、受付以外に人はおらず閑散としている。
 受付も二箇所あるが、一箇所が塞がれたままだ。

 ロビーに人が一人しか見当たらないので、取り敢えず受付に声をかける。どんな人が受付してるかと思ったけど、案外若い女性だ。

「こんにちは。10時から講習の予約をしていた高杉なんですけど」
「はい、高杉様ですね……はい、担当の者がもうすぐ来ますので、少しお待ち下さい」
「わかりました」

 なんか緊張してるのか? 若干敬語の使い方がおかしいかと思ったが、どうも笑顔が硬い。
 うーん……まだ若いみたいだし新人さんなんだろうか。

 
 言われた通りベンチに座って待っていると受付から呼ばれた。顔を向けると、先程の職員ともう一人女性がいる。

「講習を担当します、坂井です。講習は別室で行いますので案内します」

 案内されるままについていくと、ギルドの二階にある小さな会議室についた。

「それではこちらが資料になります。前にプロジェクターで映しながら説明を行います。早速始めてよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」

 ネットで調べたところによると、都会なんかだと各冒険者ギルドではなく講習のための会場があるらしい。
 そこで定期的に開催されていて、受講者は参加したいタイミングで参加する。

 それに対してここでは、おそらく、定期的にやっても人が集まらないのだろう。俺個人を相手に講習をしてくれている形だ。

 講習の内容は、レイノルフでの注意事項や禁止事項、持ち帰ったアイテムの扱いなど結構多岐に渡る。
 それでも資料を見ると結構分厚いので、説明はかなり大事なところだけに絞っているのだろう。

 というか、正式な講習でも『レイノルフ』という向こうが名乗ったらしい世界の名ではなく、『フロンティア』という地球からの新天地という呼称を使うのな。
 俺も今度からはフロンティアって呼ぼ。

 愛用のメモ帳に重要そうな内容をメモしつつ聞いて講習は終了。
 最後に講習が終了した証である修了証を受け取った。これをギルドの受付で提示することで、初回のフロンティアへの侵入が許可されるらしい。

「ありがとうございました」
「この後はどうしますか?」
「と言いますと?」
「そのまま一度フロンティアに行ってもらって、ステータスカードを獲得してくれた方がこのギルドとしては助かりますので」

 なるほど? 俺が今受け取ったのは、あくまで冒険者になるための資格となる修了証。
 まだそれで冒険者になることが決まったわけではないし、その段階では俺の名前などの情報もギルドには登録されない。まあ俺は今回ギルドに申し込んでいるのでその情報自体は残りはするだろうが、この段階では個人情報の登録などはやっていない。

 そこで、一度フロンティアに行って、冒険者としての個人を保証するステータスカードを獲得して、それによって冒険者を管理したい、と。

「ん? でもそれって今日じゃなくてもよくないですか?」

 別に、冒険者になってない個人ならどうでもよくない? 講習の内容自体はネットとかでも普通に出回っている内容だったし。

 冒険者になったものなら治安の観点からも管理が必要だろうけど、一般人の今はまだいら無くないか? 

「……このギルドは人が冒険者が本当に少ないですから。できれば、うちで登録してもらいたいなと」
「そゆことですか」
「そゆことです」

 わーおど直球。ここで修了証を得た俺が、他所のギルドで登録することを懸念しているわけか。
 所属する冒険者の数とか強さとかはそれぞれの支部の評価に繋がりそうだし、一応気にしているんだろう。

「じゃあこの後、一旦ステータスカードだけ取ってきますよ」

 俺がそう言うと、坂井さんはにこりと笑った。あら可愛い。田舎にいるのがもったいないぐらいの美人だ。

 いや冗談とか田舎への偏見とかではなく、ギルドの受付嬢って美人が多いらしいのだ。偶然とかではなく意図的に。
 それぞれの支部が冒険者を自分のところに集めようと考えたときに、俗物的ではあるが、可愛い受付嬢がいるかどうかというのが結構大きいらしい。
 
 まあ疲れて帰ってきたときに可愛い女性とおばさんとどっちに迎えて欲しいかと言ったら可愛い女性だろう。
 性格とかもあるので一概には言えないけども。


 そのまま受付での説明も坂井さんが受け持ってくれるということで、場所を1階の受付にうつす。

 それにしてもホントに人がいないな。ガチで過疎じゃんこのギルド。

「それでは修了証を」
「あ、はいよろしくお願いします」

 修了証にぽんっと大きなはんこが押される。そんなのでええんかそれ。俺の10万円だぞ?

「改めて確認を何点かしますね」
「はい」

 最初の堅苦しい対応からは打って変わって砕けた対応になっている。
 受付嬢と冒険者の距離感ってこんなものなのかな?

「まず、フロンティアで何が起きても自己責任です。例え命を落としても。それは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」

 これはついさっきも聞いた。夢の世界であるフロンティアだが、モンスターと戦う都合上、負傷者や死者は出てしまう。今でも毎年それなりに死んでいる。
 
「えー……次に、フロンティアで得たものは一度全てギルドに提出してください。確認をしますので。その後、持ち帰りか換金、持ち帰りが不可だけどまたフロンティアで使いたいアイテムについてはギルドでの預かりとなります。武器とか防具も、基本的にはこの預かり枠です」
「はい、オーケーです」

 モンスターを倒せるということは、すなわち人を殺めることが出来る武器ということでもある。
 ギルドはそれを預かり、フロンティアに行く際に再度渡すことで、現世での犯罪を未然に防いでいる。
 
「それでは、次はフロンティアに行く際の手続きについてですね。まず、フロンティアに行く際と戻ってきた際には、必ず受付に来てください。勝手に行き来するのは重罪なので気をつけてくださいね」
「りょうかいです」
「フロンティアで何をするかについては……説明しなくていいですかね?」
「アイテム拾って帰ってくる。その辺の薬草とか鉱石でも良いし、モンスター倒してドロップしたアイテムでも良し、ですよね?」
「原則そうですね。企業の冒険者さんはそれぞれ違うもの集めたりはありますけど」

 それこそ、俺の会社が潰れる原因になった林業系の冒険者とかね。ああいう人は木を切って持って帰るんだろう。

「それでは最後にステータスカードについて、です。さっきも説明しましたけど、一応手続きなのでもう一度説明しますね」
「はーい」

 俺も大分、最初の丁寧に繕っていた体から気が抜けてきたな。
 相手が特に目上だったりめちゃくちゃ堅い人だったりはしないとわかったので、自然と肩の力が抜けるのだ。
 
「人が初めてフロンティアに行くと、目の前にステータスカードというカード状のアイテム、まあカードですね。それが現れます。これは冒険者としての身分証にもなるので絶対になくさないように。再発行はめんどくさい手続きがいるので」
「はい」
「ステータスカードには、個人の名前、レベル、ジョブ、スキルが表示されます。基本的には他人には見せない方が良い者ですね。このあたりについてはさっきの資料に細かく書いているので、しっかり呼んでおいてください」
「ういす」

 手の内がわかってると、ちょっと仲が悪い相手にはめられたりとか、命が狙われたりとか、妬まれて攻撃されたりとか色々あるらしい。
 地球の倫理観が若干死ぬのがフロンティアだ。
 
「ステータスカードは冒険者さんが地球にいるときにはギルドで管理するので、フロンティアから帰ってきたらアイテムと一緒に提出してください。その際ギルドはステータスカードを確認しますが、これは法律で決まってるので」
「あ、そのへんは気にしないので」 
「ありがとうございます」

 冒険者がフロンティアで得た魔法とかスキルは、地球に戻っても使える。それが犯罪に使われる可能性だってある。
 それを防いだり、犯罪が起きたときに迅速に対応するために、ギルドが全ての冒険者のステータスカードを管理している。
 ついでにそういう情報があることで、犯罪の抑止にも繋がっている。
 
「以上で、フロンティアに入る際の手続きについての話は終わりです。モンスターに対応するために、最低限武器は持っていって欲しいですが……」
「今日はステータスカード開けるだけのつもりなんで」
「ですね。では」

 坂井さんが改まって姿勢を正す。
 
「フロンティアは夢のある世界ですが、多くの人が命を落とした場所でもあります。少しでも危ないと思ったら、逃げて。必ず生きて帰ってください」
「了解です」

 これはふざけて返せんなあ。
 
 そう思って真面目に返すと、すぐに坂井さんが真面目な顔を崩して柔らかく笑った。
  
「それでは、いってらっしゃいませ」
「いってきます」

 いってらっしゃいって言ってくれるの、なんか良いね。
 かわいい人に言われると、よし頑張るぞってやる気が出る。
 
 
 坂井さんともう一人の受付嬢さんに見送られて、受付の隣にある通路を奥へと進む。
 
 そのゲートの先に、大きな門が見えた。
 
「でっか……」

 ゲートは横が10メートル、縦が20メートルの大きさだ。
 枠は真っ黒い石で出来ていて、中央部は水色の膜みたいなのがあって、向こう側は見えない。
 
「ワープゲート的な感じするよな」

 古のファンタジーに憧れるオタクとして、心が踊る。
 1つ深呼吸をして、俺はゲートの水色の膜へと突っ込んだ。


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