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渓谷の翼竜

第12話 英雄

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 猿の魔物の群れを討伐した。

 討伐参加者の内、三人が戦死……。
 俺の魔法による回復がなければ、さらに五、六人は戦死者が増えていただろう。

 剣術という自衛能力を、磨いている村でもこれである。


 この辺境の地は、人が生きていくには厳しい土地だ。

 魔物の頂点に立ち、積極的に人を襲うことのない竜という存在が、人から神として崇められる訳だ。

 




 ――翌日。
 俺はいつもと変わらず、道場で剣の稽古を行う。

 いつもと違うのは、居合の練習をしていることだ。
 鞘に収まった刀を、素早く抜いて敵を斬りつける。

 師匠がここぞという時に使っていた。
 俺も真似してみる。


 昨日の猿の群れとの戦闘をイメージして、居合の稽古をする。
 殺し合いをしたばかりなので、状況を鮮明に思い出せる。


 戦場に立ち、敵の動きと場の空気を想定して、居合をくり返す。

 戦いの合間に、こちらの隙を狙って投げつけられる投石――
 それも考慮して、練習する。






 午後からは、村人が道場に集まって葬式が行われた。

 戦死した三人を、村の英雄として称えて送り出す。


 一緒に戦った戦友の死だ。
 俺も参加して、最後に花を手向けた。


 ドウイチの奴は何が気に食わないのか、俺を見るなり『お前は来るな、出て行け!!』と怒鳴ってきたが、出て行くわけがないだろう。

 無視して参加した。




 まあ奴は、子供だからな。

 『余所者を排除したい』というのは、多かれ少なかれ誰にでもある。 

 この村でガキ大将として君臨していたドウイチにとって、俺の存在は上手く受け入れられないのだろう。

 俺の知ったことでは無い――
 ここで相手に気を使って、言われた通りに葬式に参加しないのは悪手だ。

 ……無視するというのも、手緩いかも知れない。






 俺はそう思い、クソガキの方へ向き直り、奴の目を見据える。

「お前が消えろ、あんまり図に乗るなよ。雑魚が……」

 軽く言い返しておいた。


 ドウイチは頭に血を上らせて、俺に襲い掛かろうとしたが、周りにいた奴らが慌てて止めている。ドウイチを押さえているのは、俺が怪我を治してやった奴らだった。

 魔物の討伐に参加して、命がけで一緒に戦ったことで、俺もこの村に受け入れられ始めている。


 たまに誘われて、一緒に飯を食べることもある。

 味付けは大したことは無かったが――
 まあ、悪くは無かった。




 俺が村に住み出してから、三年が経過した。

 大規模な魔物の群れがこの辺りに出没することもなく、この村は平穏に暮らすことが出来た。小型の魔物の単発的な襲撃は、犠牲なく対処できている。


 俺はこの村に滞在し、剣の稽古に励む生活を続けている。
 ひと月に一度、中型の魔物を狩ってくれば、生活費はタダになる。

 
 この村での生活も、随分と馴染んできた。
 
 剣の稽古をして、飯を食う。
 そんな代り映えのない村の生活に、異変が発生した。


 定期的に、この村を訪れていた行商人が姿を見せない。
 
 不審に思い様子を見に行ったこの村の偵察隊が、街道に散乱した荷物や、破壊された荷車を発見した。
 
 盗賊――
 もしくは、モンスターの襲撃を受けたのだろう。


 村では久しぶりに、討伐隊が組織された。

 この三年で村の道場にも、俺より年下が六人入って稽古をしている。
 討伐隊に選ばれる腕前にはなっていないが、順調に上達している。

 この村以外でも、ここで修練を積んだ者が、それぞれ自分の故郷に帰り、剣の修練を広めている。


 騎士団の手の回らない、辺境の自衛力も徐々に上がっている。

 ――いい傾向だ。 
 と、俺は思う。


 この国の上層部がどう判断するのかは分からないが、そこまでは俺が関知することではない。




 それより今は、行商人を襲った襲撃者を退治することが先だ。

 討伐隊は二十人。
 俺も当然、その中に入っている。



 討伐隊が結成された翌日の早朝、俺たちは村を出発した。
  
 危険な辺境を渡り歩く行商人は、護衛もしっかりつけている。
 商人自身も、武器の扱いに長けていることが多い。


 その商隊が、全滅していた。

 襲撃者はかなりの手練れだと、見ておいた方が良い。



 討伐隊は二十名――
 ちょっと、少ないか?

 まあ、俺がいるんだ。
 どうとでもなるだろう。

 物見遊山で蹴散らしてくれる。





 早朝に村を出発して、翌日の昼には行商人が襲われた現場に到着する。
 
 なんとなく――
 この辺りには見覚えがある……。
 

 ……。

 そうだ!!
 竜だった時に、人間の行商人を助けてやった場所だ。
 

 あれは、もう何年前だ?

 賊が襲撃するポイントとかは、似通ってくるんだな。
 だとすると、襲った奴らは例の洞窟に居るのだろうか――?

 俺が推理していると、討伐隊の連れた犬が歩きだす。



 この辺りの匂いをかがせて、襲撃者の後を追うのに犬を使う。
 原始的だが、確実な手法だ。

 討伐隊は犬を先導させて、山を進む。
 人や獣が通って出来る、けもの道が随所にあった。
 

 山を歩くこと三時間――

「……やっぱりな」

 俺は久しぶりに、洞窟の入り口を見た。

 


 入り口にはゴブリンが二匹、見張りに立っている。
 洞窟の中からは、喧騒が響いてくる。

 洞窟の中に居るのはゴブリンの群れで、そして行商を襲って連れ去っている。



 洞窟の中は宴会の最中だろう。

 攫われた人間は何人かは生きているだろうが、怪我を負って閉じ込められているはずだ。襲撃から一週間以上は経過している。

 ――もう殺されているかもしれない。


 だが――
 ゴブリンは食料も奪っていっていたし、人間ばかりを食べている訳ではない。


 …………。

 まあ、中の状況がどうだろうと、やることは変わらない。
 
 ゴブリンの討伐だ。
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