上 下
13 / 30
渓谷の翼竜

第13話 残酷

しおりを挟む
 俺は息を潜め、木の後ろに隠れている。

 ざっざっ、ざっ……。

 ゴブリン二匹が無造作に、こちらに向かってくるのが、音で分かる。


 ここはゴブリンが巣くった洞窟の入り口から、三百メートルほど離れた山の中――


 俺は片膝をつき、身を屈めている。
 木と茂みの陰に隠れて、相手からは俺の姿は見えない。


 ザッザッ、ザッ……。

 敵が近付く。

 身体が少し、緊張で強張るのを自覚する。

 心を落ち着かせ、平常心に近づける。
 相手が雑魚とはいえ、これから殺し合うことには違いがない。
 
 どうしても、心は乱れる。

 俺は薄く静かに息を吐き、吸い込む。

 気配を消す。
 ゴブリンに存在を感知されない様に努める。
 


 山に響く微かな足音で、敵の位置を把握する。

 あと三秒で、横を通り抜ける。
 その後で、後ろから斬る。



 俺は刀の柄に手を駆ける。
 ゴブリンの一匹がこちらを、ちらっと見る。

 気配を消しきれていなかった様だ。
 視界の外れに、俺の姿が見えたのだろう――

 …………。
 奴は声を上げようとして、口を開ける。



 だが、遅い……。

 ヒュッ!!

 刀を鞘から抜いて、ゴブリンの首を狙って振り抜く。
 ゴブリンの首が、スポンと宙を飛ぶ。
 
 もう一匹のゴブリンが、突然現れた襲撃者に驚き――


 ザシュッ……。

 叫び声を上げようとしたその口の中に、俺の刀が突き刺さる。



 そいつは叫び声を上げそこない、その場に倒れ伏した。

 居合でゴブリンの首を刎ねた後で、すかさず、もう一匹へと片手突きを喰らわせたのだ。

 俺はその場所から少しだけ洞窟に近づき、再び木と茂みの陰に隠れる。

 仕留めたゴブリンの血の匂いを嗅ぎつけて、次の獲物が来るだろう。
 それを同じように仕留めていく。





 今日一日でゴブリンを十二匹、ホブゴブリンを五匹狩った。

 身を隠した俺の所に、九人ほどの気配が近付いてくる。


 ――討伐隊か。

 俺は瞑っていた目を開き、彼らを見て訪ねる。


「そっちは、どれだけ狩った――?」

「ゴブリンを、十一だ」



 俺がここで、洞窟から出てくるゴブリンを始末する。
 外から洞窟へと戻ってくるゴブリンを、他の討伐隊が狩っていく。
 
 洞窟からの、出入りをせき止めて――
 まずは、敵の数を削り、群れとしての行動を制限する。


 これを続ければ、ゴブリンは食料の補給が出来ない。

 いずれは、敵を殲滅できるだろう。
 

 ……しかし、エサが足りなくなれば、洞窟の中に囚われている人間が、食料として消費される危険が増す事にもなる。

 魔法で中を探ったが気配が小さすぎて、生きているのか死んでいるのか、はっきりと判別できなかった。

 たぶん、まだ何人かは、息があると思うが……。





「このまま安全に、削っていくか――それとも敵を挑発して、一気に勝負をかけるか……どうする?」

 俺は師匠を見て、判断を仰ぐ。


「どうするもなにも、捕まっている人を助ける為に、勝負をかけるに決まってるだろ! こんなまどろっこしいことしてないで、最初から突撃してればよかったんだよ。この臆病者が!!」


 ドウイチは小声で怒鳴る、という器用なことをする。

 ――お前には聞いてないんだけどな。クソガキ。
 俺はドウイチを無視して話を続ける。


「洞窟の中に囚われている人間がいるのか、いたとしてもまだ生きているのか……それは解らない。それを踏まえて方針を決めてくれ。……師匠」


 この討伐隊のリーダー。
 道場主の師匠に、決断を委ねる。

 無理せずに敵を削っていく長期戦か、味方の犠牲を覚悟した短期決戦か……?





 師匠の決断は、ゴブリンの群れとの短期決戦だった。

 敵の群れをおびき寄せる方法は、考えがある。
 その役割は、俺が引き受けた。

 別行動中の討伐隊十人と合流してから、ゴブリンの掃討作戦を実行する。



 
 日が沈み出している。
 夕焼けが空を、赤く染めていく。

 三匹のゴブリンが、近づいてくる。
 剣の間合いに入ったゴブリンに、俺が斬りかかる。
 
 三匹のゴブリンの腕か足を、素早く一本ずつ斬り飛ばす。
 その後で、そいつらの身体に刀を刺していく。

「ぎゃごぉっぅォッォッぉお!!!!!」
 
 三匹のゴブリンは、血をまき散らし、叫びを上げる。


 どうやらこいつらは、雌だったらしい。
 ――洞窟の中の、ゴブリンの群れが慌ただしく蠢く。

 そして我先にと、無秩序に飛び出してきた。




 …………。
 ……。

「オイッ! お前……魔物とはいえ、そんな卑劣な手を使うなよ……これじゃあ、どっちが魔物か、わからねーだろ!!」

 俺の作戦を聞いた時に、ドウイチのバカが、こんなケチをつけてきていた。
 こいつは事ある毎に、俺にケチを付ける。

 そうしなければ、気が済まないらしい。


 ……確かに俺のやり方は、褒められたものでは無い。

 一撃で殺せるのに、敢えて殺さず深手を負わせて、苦痛を長引かせ――
 敵をおびき出す為に利用する。

 利用するのは『仲間を助けたい』という、敵の心だ。

 
 魔物にそんな『心』があるのかは分からない。
 騒ぎがあったから、飛び出してくるだけかもしれない。

 だが、人間視点では『傷つき助けを求める仲間の為』に見える。


 仲間の為に飛び出してくる奴らを斬り殺す。
 確かに悪者だ。



 だが、洞窟の中に攻め込むのは無謀だろう。
 敵のテリトリーだ。

 ゴブリンはあれで、頭がいい。
 籠城されると、攻略は困難を極める。

 討伐隊の犠牲も増える。


 それに――

 もうすぐ日も沈み、夜になる。
 時間が経てば経つほど、捕まっている人間が殺される危険が増す。

 ゴブリンに籠城させずに、統率を乱し誘き寄せる。
 手早く勝負をかける方法は、これしか思いつかなかった。



 竜の姿に戻って洞窟に入り、ゴブリンを全部食い殺せばそれで解決だが、それじゃあ駄目だ。

 俺はあくまで、人としてあの村に滞在している。
 だから、人間として戦う。

 人間らしく、残酷な方法で――
 
 
 洞窟から出たゴブリンの群れが殺気を放ちながら、高速でこちらに近づいてくる。

 俺と村の討伐隊が、それを迎え撃った。





 ザシュッ!!!!!

「はぁー、はぁ……ふぅ…………」


 俺はホブゴブリンの上位種、オーガの首を斬った。
 上位種の魔物だけあって、オーガの身体は硬かった。
 
 背も高い――
 俺の二倍以上はある。

 太い足を斬ると、粘り付く様な重さがあった。

 力も強い――
 倒れ込みながら繰り出された拳は、まともに喰らえば即死だった。


 頭も良い――
 雑魚に俺達を襲わせ、こちらが疲弊してから襲ってきた。



 周囲にはゴブリンの死体が散乱している。

 日は沈む寸前で、もう五分もすればこの辺りは、完全に暗闇に包まれる。


 
 討伐隊で立っているのは、十人。

 オーガは、残り二匹――

 
 師匠が一匹を仕留めた。

 俺と同じように、居合でオーガの足を切る。
 さらに、振り下ろされた腕も斬って、止めに胸に刀を突き刺して倒した。


 残りの八人で一匹を囲んでいるが、手こずっている。
 刀を振るっても、オーガの身体を斬れないのだ。


 傷を付けることは出来ている。
 だが、切断できない。

 あいつらの剣の速さは、師匠と比べても、遜色ないはずなのに切れない。

 ――違いは、何だ?


 ドッ!!!!

 オーガの拳が、討伐隊の一人を捉えて、弾き飛ばす。


 考えている場合じゃない。
 俺は風魔法を纏わせて、刀を振るい斬撃を飛ばす。
 
 ――空牙。

 俺の魔法はオーガの背中を屠り、心臓を抉り死に至らしめる。
 剣よりも魔法の方が威力がある。


 最強の剣士への道は、まだ遠い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...