大好きな恋人が、いつも幼馴染を優先します

山科ひさき

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最終話

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 あれから数ヶ月、オリビアは相変わらず食堂で働いていた。別れ話をする一ヶ月前から恋人に会いに行くことは無くなっていたので、別れる前後で大きく変化したことなどは特にない。しいていうなら、恋人と別れたと広まってから男性客に声をかけられることは増えただろうか。けれど、まだ新しい恋人を見つけるには至っていない。

「お疲れ様でしたー」

 食堂での勤務を終えて、従業員用の出入り口から外に出る。
 すると、横から「お疲れ様」と声をかけられた。視線を向ければ、そこに立っていたのはオリビアの元恋人、ロバートだった。
 別れてからオリビアからロバートに会いに行くことはなくなったけれど、顔を合わすことがなくなったのかといえばそんなことはなかった。オリビアがロバートの元に出向くことがない分、彼の方が昼休みごとに食堂に来るようになったのだ。今ではすっかり常連である。また、時間が合う時は仕事帰りのオリビアを家まで送ってくれるようにもなっていた。
 一度は断ったものの、「俺が君と一緒にいたいんだよ」と押し切られてしまった。なので、現在は何なら恋人だった時より一緒にいる時間が長いかもしれない。
 二人並んで歩いていると、ロバートがぽつりとこぼした。

「……今日も、客に声をかけられていたな」
「揶揄われているだけですよ」
「そんなことはないだろう」

 ロバートは否定するが、オリビアに言い寄るようなそぶりを見せる男の大半は面白がったり揶揄ったりしているだけだろうと、彼女は思っていた。中には本気でオリビアに好意を寄せるものもいるだろうが、少数派だろう。
 そうオリビアがいっても、ロバートは納得できないような顔をしている。

「ふふ、やきもちですか」
「……そうだ」

 ちょっとした軽口のつもりがあっさりと肯定されてしまい、驚いて思わず彼のほうに視線を向けた。
 真顔でオリビアを見つめる彼と目があう。

「いつも不安で仕方ないよ、君はとても魅力的だから。他の男のものになってしまうんじゃないかと、付き合っている時から気が気じゃなかった」

 ストレートな言葉に、オリビアは顔を赤くする。気まずいというか気恥ずかしいというか、どういう返答をすればいいのかわからない。付き合っている時は甘いセリフなんてまるで吐かなかったくせに。
 視線をそらし、空気を変えるように「そういえば」と全く別の話題を持ち出した。

「ロバートさん、寮に引っ越したんですよね、どうですか、寮での生活は」

 ロバートはずっと幼馴染の家と隣り合った実家で暮らしていたのだが、最近実家から出て、騎士団の寮に越したらしい。以前、彼から聞いたことだ。とりあえず幼馴染とはなるべく距離を取ろうと考えた結果のことらしいが、離れて気づいたことは色々とあったのだという。
 まず、家族同然に育ってきたこともあってあまりに距離が近すぎたということ。そして、深く考えずなんでも彼女の言うことを鵜呑みにしていた異常さ。彼女を全面的に信用した結果としてオリビアに対してどれだけ不誠実なことをしていたかにも改めて気づいた、と過去の行為について彼は謝ってきた。
 その時彼が言っていた「カミラも悪気はなかったんだと思う、彼女なりのアドバイスが的外れだと気づかずに実行していた俺が悪い」という言葉には賛同できなかったものの、曖昧に頷いておいた。あの幼馴染に悪気がなかったとは到底思えない。彼女が何を考えていたのかを知る機会は、もうないだろうけど。

「寮は、まあ意外と悪くない。実家と違って自分でやらなきゃいけないことが多いけど、そろそろ慣れてきたかな」
「へえ……それならよかったです」
「同室の奴とも最近打ち解けてきたんだ。この前も一緒に飲みに行ったし」

 たわいのない会話を交わしながら、二人で夜道を歩く。
 このような穏やかな時間は、恋人だった頃にあっただろうか。そんなふうに考えて、クスリと笑みをこぼした。それに気づいたロバートが不思議そうな顔をする。

「どうかしたか?」
「いいえ」

 正直なところ、彼の不誠実なふるまいを水に流せたというわけでもないし、彼をこれから信用できるようになる気もあまりしない。
 けれどオリビアがロバートをはっきりと拒絶しないのは、まだ恋心を残しているから、というだけではない。最近、よく思うのだ。

──追いかけられるっていうのも、案外悪くないかもね。なんて。

 そう、今の状態は居心地が悪くない。すぐにやめなくてもいいかなと感じる程度には。
 オリビアに新しい恋人ができるのが先か、彼が面倒になって離れていくのが先か。少なくとも、いつの日か終わりはくるだろう。
 それでも、とオリビアは思う。
 もう少しだけ、このままで。もう少しだけは。
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