8 / 13
8
しおりを挟む
オリビアに自分自身がしてきた仕打ちを並べ立てられたロバートはうなだれた。
「違う……俺は、決してそんなつもりじゃなかった」
「……どういう意味ですか?」
「……好きだった。多分、最初に声をかけられた時から」
え、と思わず口からこぼれた。うまく頭で言葉を処理できず、何度かまばたきをした。
ロバートは暗い表情のままで、話を続けた。
「付き合い始めたからって浮かれてかまい過ぎると、すぐに飽きられてしまうだろうと思ったんだ。君は美人だから、俺はたまたまちょっと興味を持たれただけだと、すぐに冷めてしまうだろうと言われた。だからあえてそっけなくしたほうがいいって……」
「ちょっと待ってください」
先ほどの発言で衝撃を受けてしまって、ロバートの話はすんなりと頭に入ってきたとは言い難かったが、それでも聞いていてふと引っかかりを覚えた。彼の言葉を止める。
「言われた、って一体誰にですか?」
そう聞きながらも、どこかで答えを確信していた。そして、彼の答えはオリビアが予想していた通りのものだった。
「……カミラに」
──やっぱり。
知らず、オリビアは涙を流していた。目から流れ落ちてくるものを拭うこともせず、オリビアはかすれたか細い声で聞いた。
「本当、ですか……私のこと、好きだったって」
「好きだ。初めて会った時から好きだった」
「そう、なんですね……」
嬉しい。嬉しいはずなのに、オリビアの目からはとめどなく涙が零れ落ちていって、止まらなかった。
「ロバートさんのこと、好きでした。今も好きです。あなたも私のことを好きでいてくれたって知って、すごく嬉しい。だけどそれでも、やっぱりこのまま付き合っていくことはできません……」
「お互いに、想っていても?」
「……でもあなたは、私がどれだけ好意を伝えても信じないで、カミラさんの話をずっと鵜呑みにしていたんですよね。『あえてそっけなくする』とは別の次元で、あなたの中で私の言葉は幼馴染のものよりも圧倒的に軽く扱われていた」
それに、とオリビアは続けた。
「ロバートさんに会わないこの一ヶ月は寂しかったけど、すごく心穏やかに過ごせたんです。約束をなかったことにされたり、カミラさんとの仲の良さを見せつけられたりがなくなったことの方が、自分の中で大きかった。会える嬉しさよりもストレスの方が勝ってしまっている時点で、もうダメなんじゃないでしょうか」
「そんな……これまで散々君を傷つけて、嫌な思いをさせたこと、本当に悪かったと思ってる。君が別れたいというのも無理ないと思った。でも、このまま終わりたくないんだ。これからは君のことを大事にするし、蔑ろにされてるなんて絶対思わせないから、だから……」
必死で言い募る恋人を前に、オリビアは無言で俯いた。
ロバートがそこまで言ってくれるなんて、そこまで自分のことを思ってくれるなんて思わなかった。それは本当に、すごく嬉しい。主人公の思いは一方通行じゃなかった、彼の気持ちは自分にあったのだと思うと、いっそ胸が苦しくなるほどの喜びが込み上げてくる。
──それでもオリビアは彼を、多分信用できない。
ごめんなさい。そう謝りながら、さらにオリビアは激しく泣き出し、しゃくり上げた。
止めようと思ってもどうしても涙は止まらず、泣き続けるオリビアをロバートは心配そうな、焦ったような表情で、しかし何も言えずに見つめていた。
ようやく落ち着いてくると、オリビアは目元を拭った。
「あなたのこと、信じられないんです。これまで散々約束を破られて、この前の誕生日のデートだって、私すごく楽しみにしていて……でも来なかったじゃないですか。無理なんです、もう……」
気持ちが昂って、恨み言を吐いてしまった。やっと涙が止まったはずだったのに、再び目がうるんでくる。ロバートに鬱陶しいと思われたくなかったから、これまで彼のどんな振る舞いにも文句を言わないようにしていたし、泣きもしなかったのに。今まで積み重ねてきた我慢がどんどん崩れてくるようだった。
そんなオリビアの様子を沈痛な面持ちで見つめていたロバートは、やがてゆっくりと口を開いた。
「……君が俺を信用できないのはわかったよ。その気持ちはもっともだと思う。でも……それでもやっぱり、これで関係が切れてしまうなんて嫌なんだ」
オリビアの涙に濡れた瞳がロバートの静かな眼差しをとらえ、視線がかち合った。
「チャンスが欲しい。このまま恋人でいたいなんて都合のいいことは言わないから、俺が君の信用を得るため勝手に努力することは許してくれないか。……そして君には、できればその姿を見ていてほしい」
ロバートの決意、もしくは必死の懇願を聞かされたオリビアはちょっと困って眉を下げ、視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。
自分が勝手に努力することを認めてくれ、なんて、そんなふうに言われては断れないだろう。それも、別れを切り出したとはいえまだ気持ちを十分に残している自分の恋人に。多分それをわかってそんな風に言ってくる彼は少し卑怯だなと思う。
「……わかりました。それなら、いいです。でも私があなたをまた信じられる時が来るとは、正直なところ思えません。もし来たとして、それがいつになるかもわからないんですよ?」
「いいよ、チャンスがもらえただけで十分だ。ありがとう」
そう言って、彼は嬉しそうに、少し歯を見せて笑った。オリビアが恋をしたあの日の笑みを思い出させる、けれど格段に甘い表情。ああ、彼のこの笑顔は今、オリビアだけのものなのだ。そう感じた。
残念ながらそれを素直に喜べる状況には、今はないのだけれど。
「違う……俺は、決してそんなつもりじゃなかった」
「……どういう意味ですか?」
「……好きだった。多分、最初に声をかけられた時から」
え、と思わず口からこぼれた。うまく頭で言葉を処理できず、何度かまばたきをした。
ロバートは暗い表情のままで、話を続けた。
「付き合い始めたからって浮かれてかまい過ぎると、すぐに飽きられてしまうだろうと思ったんだ。君は美人だから、俺はたまたまちょっと興味を持たれただけだと、すぐに冷めてしまうだろうと言われた。だからあえてそっけなくしたほうがいいって……」
「ちょっと待ってください」
先ほどの発言で衝撃を受けてしまって、ロバートの話はすんなりと頭に入ってきたとは言い難かったが、それでも聞いていてふと引っかかりを覚えた。彼の言葉を止める。
「言われた、って一体誰にですか?」
そう聞きながらも、どこかで答えを確信していた。そして、彼の答えはオリビアが予想していた通りのものだった。
「……カミラに」
──やっぱり。
知らず、オリビアは涙を流していた。目から流れ落ちてくるものを拭うこともせず、オリビアはかすれたか細い声で聞いた。
「本当、ですか……私のこと、好きだったって」
「好きだ。初めて会った時から好きだった」
「そう、なんですね……」
嬉しい。嬉しいはずなのに、オリビアの目からはとめどなく涙が零れ落ちていって、止まらなかった。
「ロバートさんのこと、好きでした。今も好きです。あなたも私のことを好きでいてくれたって知って、すごく嬉しい。だけどそれでも、やっぱりこのまま付き合っていくことはできません……」
「お互いに、想っていても?」
「……でもあなたは、私がどれだけ好意を伝えても信じないで、カミラさんの話をずっと鵜呑みにしていたんですよね。『あえてそっけなくする』とは別の次元で、あなたの中で私の言葉は幼馴染のものよりも圧倒的に軽く扱われていた」
それに、とオリビアは続けた。
「ロバートさんに会わないこの一ヶ月は寂しかったけど、すごく心穏やかに過ごせたんです。約束をなかったことにされたり、カミラさんとの仲の良さを見せつけられたりがなくなったことの方が、自分の中で大きかった。会える嬉しさよりもストレスの方が勝ってしまっている時点で、もうダメなんじゃないでしょうか」
「そんな……これまで散々君を傷つけて、嫌な思いをさせたこと、本当に悪かったと思ってる。君が別れたいというのも無理ないと思った。でも、このまま終わりたくないんだ。これからは君のことを大事にするし、蔑ろにされてるなんて絶対思わせないから、だから……」
必死で言い募る恋人を前に、オリビアは無言で俯いた。
ロバートがそこまで言ってくれるなんて、そこまで自分のことを思ってくれるなんて思わなかった。それは本当に、すごく嬉しい。主人公の思いは一方通行じゃなかった、彼の気持ちは自分にあったのだと思うと、いっそ胸が苦しくなるほどの喜びが込み上げてくる。
──それでもオリビアは彼を、多分信用できない。
ごめんなさい。そう謝りながら、さらにオリビアは激しく泣き出し、しゃくり上げた。
止めようと思ってもどうしても涙は止まらず、泣き続けるオリビアをロバートは心配そうな、焦ったような表情で、しかし何も言えずに見つめていた。
ようやく落ち着いてくると、オリビアは目元を拭った。
「あなたのこと、信じられないんです。これまで散々約束を破られて、この前の誕生日のデートだって、私すごく楽しみにしていて……でも来なかったじゃないですか。無理なんです、もう……」
気持ちが昂って、恨み言を吐いてしまった。やっと涙が止まったはずだったのに、再び目がうるんでくる。ロバートに鬱陶しいと思われたくなかったから、これまで彼のどんな振る舞いにも文句を言わないようにしていたし、泣きもしなかったのに。今まで積み重ねてきた我慢がどんどん崩れてくるようだった。
そんなオリビアの様子を沈痛な面持ちで見つめていたロバートは、やがてゆっくりと口を開いた。
「……君が俺を信用できないのはわかったよ。その気持ちはもっともだと思う。でも……それでもやっぱり、これで関係が切れてしまうなんて嫌なんだ」
オリビアの涙に濡れた瞳がロバートの静かな眼差しをとらえ、視線がかち合った。
「チャンスが欲しい。このまま恋人でいたいなんて都合のいいことは言わないから、俺が君の信用を得るため勝手に努力することは許してくれないか。……そして君には、できればその姿を見ていてほしい」
ロバートの決意、もしくは必死の懇願を聞かされたオリビアはちょっと困って眉を下げ、視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。
自分が勝手に努力することを認めてくれ、なんて、そんなふうに言われては断れないだろう。それも、別れを切り出したとはいえまだ気持ちを十分に残している自分の恋人に。多分それをわかってそんな風に言ってくる彼は少し卑怯だなと思う。
「……わかりました。それなら、いいです。でも私があなたをまた信じられる時が来るとは、正直なところ思えません。もし来たとして、それがいつになるかもわからないんですよ?」
「いいよ、チャンスがもらえただけで十分だ。ありがとう」
そう言って、彼は嬉しそうに、少し歯を見せて笑った。オリビアが恋をしたあの日の笑みを思い出させる、けれど格段に甘い表情。ああ、彼のこの笑顔は今、オリビアだけのものなのだ。そう感じた。
残念ながらそれを素直に喜べる状況には、今はないのだけれど。
1,358
あなたにおすすめの小説
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?
白雲八鈴
恋愛
我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。
離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?
あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。
私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
天然と言えば何でも許されると思っていませんか
今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。
アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。
ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。
あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。
そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる