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第20話 ②
しおりを挟むそれから、ヴェルナーさんがフィーネちゃんを連れて帰り、難なく仕事を終えることが出来たけれど、正直これまでのことはあんまり覚えていない。
だけどお客さんに何も言われなかったから、いつも通り振る舞うことができたのだと思う。
(うーん、まさかこんなに衝撃を受けるなんて……どうしてだろう……)
私はこんなにショックを受けている原因が何なのか考える。
ジルさんの爵位を聞いて、あまりの身分差に驚いて──……ああ、そうか。あの人は私には手が届かない人なんだと、知ってしまったからショックを受けたんだ。
──私はようやく、自分がジルさんに恋をしているのだと自覚した。
ジルさんもヘルムフリートさんもすごく気さくだったから、これからもずっとこんな関係が続いていくものだと思いこんでいた。
だけどジルさんは公爵で、騎士団長で英雄で……私が気軽に会える人じゃなかったのだと、もっと早く気付くべきだったのだ。
(だけどクラテールの鉢植えを作る約束してるし……。今から距離を置くのも違う……よね)
ジルさんと親しくなれた今のこの状況はきっと、人生に一回だけ訪れるボーナスタイムなのだ。
もうすぐこのボーナスタイムも終わるだろうから、それまではこの状況を楽しませて貰おう……と思うと、少し気が楽になってきた。
(……だから、これ以上深入りしちゃ駄目だ。あの美貌に惑わされたらいけない!)
恋心を自覚した瞬間失恋するなんて、どれだけ私は運が悪いのだろう。
(初恋は敵わないって、ホントその通りだよね。先人ってすごいなぁ……)
何となくジルさんと会うのが気まずいけれど、ジルさんには何の罪もない。罪があるとすれば、花が咲き乱れる幻影を見せるあの微笑みだ。
あんな笑顔を見せられたら、誰だってジルさんを好きになってしまうだろう。
──ジルさんの笑顔が、私だけに向けられたら良いのに……。
ジルさんへの想いに気付いたからか、今更願っても仕方がないことを考えてしまう。
(自分に優しく気遣ってくれる、格好良い人を好きにならない訳がないよね! 大丈夫大丈夫! あれこれ悩んだって仕方がない!)
私は明日に備えてさっさと寝ることにした。そうして恋心なんか忘れて、明日目を覚ませば、私の心も元通り平穏を取り戻すに違いない──!
──と、思っていた時期が私にもありました。
「おはよう、アン。楽しみすぎて早く来てしまったが、大丈夫だろうか」
朝起きてすぐ、お店にジルさんがやって来た。
「えっ! あ、はいっ! だだ、大丈夫ですけど……っ!」
昨日の決心はどこへやら、予想外に早く来たジルさんに、心の準備が出来ていなかった私は挙動不審になってしまう。
「……む。やはり迷惑だっただろうか」
「いえいえ! ホントに! 大丈夫ですから! どうぞ中に入ってください!」
よく考えたら時間を決めていなかったのだから、ジルさんが悪い訳ではない。ただ私のメンタルがヤバいだけなのだ。
(うわー! そう言えばジルさんの私服姿初めて見た……!)
いつもお店に来る時は仕事帰りだからか騎士服姿だったけれど、今日はお休みだから当然ジルさんは私服なわけで。
シンプルな白いシャツとグレーのジレに、ダークトーンのトラウザーズ。そして手には同じくダークトーンのロングコートを持っている。
(これは……! もう遺伝子からして別の生き物でしょ!)
私服姿のジルさんは人外的に格好良かった。10人いたら100人振返るレベルだ。
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