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第7話 ②

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「だが、アンの店の植物はいつも元気がいいから、今度こそ俺でも育てられるんじゃないかと期待したんだが……」

 あまり手をかけずに植物を生き生きと育てる「緑の手を持つ人」とは違い、何をしても植物を枯らしてしまう人のことを「茶色の手を持つ人」もしくは「火の手」と呼ぶ。

「えっと、私も詳しくはわからないのですが、目の前の植物をよく見ているかいないか、の違いじゃないかと……」

 私は仕事だから、というのもあるけれど、植物のチェックは欠かさず行っている。

「それに植物にも個性がありますから、よく観察している内に水やりとか肥料をあげるタイミングがわかるようになりますよ」

「そうか、観察か……」

「はい。私たち人間と違って植物は自分で暑さをしのいだり暖をとったりできませんから。だから植物の好む環境やそれぞれの植物に必要な環境を作ってあげるんです」

「……む。なるほど」

 ジルさんは私から受け取った鉢をじっと眺め、何かを考え込んでいる。

「植物に愛情があったとしても、押し付けては駄目なんです。時には引いたり、じっと待っていたりする時間も大切なんですよ」

 人間だってずっと構われていると疲れてしまう。それは植物だって一緒なのだ。

「有難うアン。大事にするあまり手を掛けすぎたようだ」

 ジルさんがフッと柔らかく微笑んだ。それは花が咲き乱れる幻影ではなく、蕾がふんわりと咲くような幻影だった。

「あ、いえ、偉そうなことを言ってしまいましたが、参考になったなら嬉しいです」

 ジルさんが悲しそうだったので、思わず長々と語ってしまったけれど、段々恥ずかしくなって来た私は話題を変えて誤魔化すことにする。

「あの、それで、今日の花束はどうされますか?」

「ああ、そうだった。今日もおまかせで頼む。アンのセンスは信用できるからな」

「……っ、有難うございます……!」

 ジルさんはとても褒め上手だ。こうして褒められるともっと頑張ろう、という気になってくるから、きっと私はチョロいんだろうな、と思う。

「じゃあ、今から作りますから少々お待ちくださいね」

「よろしく頼む」

 今回の花束はお客さんに甘い甘いと言われているように、ピンクと白を基調に仕上げようと考えている。

 ピンクの大きめのローゼをメインに、濃いピンクのフィングストローゼシャクヤクをアクセントにして、薄いピンク色のレースラインミニバラや淡いパステルカラーのヴィッケスイートピー、グリーンのブプレリウムと白い小花が可愛いアドーニスレースヒェンレースフラワーをバランス良く組み上げていく。
 完成した花束はやっぱり甘々になったけれど、後悔はしない。

 私が花束を作っている間、ジルさんは飾っていたマイグレックヒェンすずらんをずっと眺めていた。そんな様子に、余程気に入ったのだろうな、と思う。

(マイグレックヒェンに毒がなければなぁ。花束にしたらすっごく可愛いのに)

 私はマイグレックヒェンを使った花束を想像する。
 パステルカラーでまとめた花束は可憐だし、マイグレックヒェンを葉ごと束ねても清楚でとっても可愛いと思う。

 私はマイグレックヒェンが使えないことを少し残念に思いながら、ジルさんに花束の完成を告げる。

「ほう……これは。いつも可愛らしいが、今日はとびきり愛らしいな」

 ジルさんから見ても今日の花束は甘いらしい。

「いつも素晴らしい花束を有難う。今は無理だが、彼女もアンにお礼を言いたいと言っていた。ああ、それとこれはアルペンファイルヒェンが世話になった礼だ。受け取って欲しい」

 ジルさんはポケットからリボンがついた袋を取り出し、私に渡してくれた。

「そんな! お礼だなんて! ……でもすごく嬉しいです! 有難うございます!」

 受け取った瞬間、甘い香りがふわっと広がって、それがお菓子なのだと気付く。

(あれ? このマークはもしかしてかの有名なスイーツのお店「ズースィックカイテン」のお品では?!)

 貴族街にある「ズースィックカイテン」は老舗で王家御用達のお店だ。
 いつも行列ができる有名店だと聞いた事がある。

「じゃあ、俺はこれで。また来る」

 甘そうな色の花が咲くお店で、甘そうな色の花束を持ったジルさんは、甘い香りのお菓子を私に渡し、甘い笑顔を浮かべて去っていった。

 私は甘い雰囲気が残る店内で、しばらく紅茶に砂糖はいらないな、とぼんやり思った。
 


* * * * * *



❀花と食材の名前解説❀
コゥル→キャベツ
シュペック→ベーコン
ディ・コンゾミー→コンソメ
フィングストローゼ→芍薬
レースライン→ミニバラ(っぽいの)
(店名だけど)ズースィックカイテン→お菓子
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