17 / 83
第8話 ①
しおりを挟む
アレリード王国の王都バルリングの中心にある、絢爛豪華な王宮の廊下を颯爽と歩く人物がいた。
その人物は王国を守護する騎士団を統括する騎士団長で、その強さは周辺国にまで知れ渡っている。
若くして騎士団長に叙任された彼はその美貌も相まって、貴族令嬢達の憧れの的になっていた。
しかし彼に女っ気は全く無く、恋愛にも興味がないのか、いくら令嬢達から秋波を送られても一貫して無視している。
だがそれが誠実で素敵だと、更に彼の好感度をあげる要素の一つとなってしまっているのは、本人にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。
そんな彼は暇を持て余す貴族達から常に注目され、貴族達はどの令嬢が彼の心を掴むのかと、密かに賭けを行っているという。
余りにも女性の影がないので、「もしかして彼は極度の女性嫌いではないか?」と貴族達が勘ぐり始めた頃、ある噂が社交界を駆け巡った。
──それは、彼が頻繁に花束を持ってフロレンティーナ王女殿下の部屋へ通っている、と言う噂だった。
その噂を肯定するように、騎士団長の彼──ジギスヴァルトの腕には、随分と可愛らしい花束が抱えられていた。
「おや、ジギスヴァルト殿。『ブルーメ』の帰りですか」
「はい」
「相変わらずアンネリーエさんの花束は見事ですね。フロレンティーナ王女殿下もさぞお喜びでしょう」
ジギスヴァルトに話しかけた人物はこの国で大臣を務めている人物だ。
「フィリベルト殿もアンの腕を評価されているのですね」
「ええ、知り合いに紹介されましてね。妻の誕生日に花束を依頼したのですが、それが素晴らしくてね。妻も随分喜んでいましたよ」
ジギスヴァルトと会話する人物。それは以前アンネリーエの店に来た、常連ロルフの知り合い──フィリベルトであった。
「確かに、アンの花束の出来には、俺も毎回驚かされています」
「ジギスヴァルト殿もすっかり常連ですね。私も近々花を買いに行くつもりです。……ああ、引き止めて申し訳ない。フロレンティーナ王女殿下が首を長くしてお待ちでしょう」
「はい、では俺はこれで」
フィリベルトと別れたジギスヴァルトが王女の部屋へ向かうと、扉の前を二人の衛兵が警護していた。
衛兵達はジギスヴァルトに気付くと礼を取り、中で控える侍女へ来客を告げる。
「ジギスヴァルト様、どうぞこちらへ」
侍女に案内され室内に足を踏み入れたジギスヴァルトは、応接室を埋め尽くすほど贈られたお見舞いの品々を一瞥する。その中には豪華な花束も幾つか含まれていた。
応接室の奥には更に扉があり、王女の寝室となっている。
未婚の王族の寝室に入ることが出来るのはごく一部の人間だけで、その限られた人間の中でも異性だと王族ぐらいしかいない。
しかしジギスヴァルトは騎士団長という役職を持っているため、許可さえあれば王宮のどの部屋でもフリーパスで入ることが出来る。
「……待っていたわ、ジギスヴァルト。いつもご苦労さま」
寝室に入ってきたジギスヴァルトに声を掛けたのは、この部屋の主であるフロレンティーナ王女だ。
彼女は病床に伏していると言う噂通り、ベッドから降りること無くジギスヴァルトを迎え入れた。
「まあ……! そちらが新しい花束ね! とっても素敵……! なんて可愛らしいのかしら!」
ジギスヴァルトが持つ花束を見た王女が喜びの声を上げる。ジギスヴァルトは花束を侍女に渡し、侍女から花束を受け取った王女は、その白い頬を紅潮させた。
「綺麗ね……。色が鮮やかで素晴らしいわ。ねぇ、この花束を飾ってくれるかしら? 場所は……そうねぇ。サイドボードの上にお願いするわ」
「畏まりました」
侍女が恭しく王女から花束を受け取ると、用意していた花瓶に花を生ける。
この寝室には同じように生けられた花が幾つか飾られているのだが、それは全てアンが作った花束だった。
初めて作った花束は流石に枯れてしまったのか、もう飾られていないようだが、前回作った花束はまだ元気に咲いていて、王女の目を楽しませている。
お見舞いとして貴族達から幾つも花束を贈られているが、王女はあまり気に入っておらず、寝室に飾るのはアンが作った花束だけになっていた。
「アンにお礼を伝えてくれるかしら? いつもアンの花束に励まされているって」
「承知しました。必ず伝えます」
ジギスヴァルトが王女に一礼し、部屋を退出しようとした時、慌てた様子で部屋に入ってきた人物がいた。
その人物は王国を守護する騎士団を統括する騎士団長で、その強さは周辺国にまで知れ渡っている。
若くして騎士団長に叙任された彼はその美貌も相まって、貴族令嬢達の憧れの的になっていた。
しかし彼に女っ気は全く無く、恋愛にも興味がないのか、いくら令嬢達から秋波を送られても一貫して無視している。
だがそれが誠実で素敵だと、更に彼の好感度をあげる要素の一つとなってしまっているのは、本人にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。
そんな彼は暇を持て余す貴族達から常に注目され、貴族達はどの令嬢が彼の心を掴むのかと、密かに賭けを行っているという。
余りにも女性の影がないので、「もしかして彼は極度の女性嫌いではないか?」と貴族達が勘ぐり始めた頃、ある噂が社交界を駆け巡った。
──それは、彼が頻繁に花束を持ってフロレンティーナ王女殿下の部屋へ通っている、と言う噂だった。
その噂を肯定するように、騎士団長の彼──ジギスヴァルトの腕には、随分と可愛らしい花束が抱えられていた。
「おや、ジギスヴァルト殿。『ブルーメ』の帰りですか」
「はい」
「相変わらずアンネリーエさんの花束は見事ですね。フロレンティーナ王女殿下もさぞお喜びでしょう」
ジギスヴァルトに話しかけた人物はこの国で大臣を務めている人物だ。
「フィリベルト殿もアンの腕を評価されているのですね」
「ええ、知り合いに紹介されましてね。妻の誕生日に花束を依頼したのですが、それが素晴らしくてね。妻も随分喜んでいましたよ」
ジギスヴァルトと会話する人物。それは以前アンネリーエの店に来た、常連ロルフの知り合い──フィリベルトであった。
「確かに、アンの花束の出来には、俺も毎回驚かされています」
「ジギスヴァルト殿もすっかり常連ですね。私も近々花を買いに行くつもりです。……ああ、引き止めて申し訳ない。フロレンティーナ王女殿下が首を長くしてお待ちでしょう」
「はい、では俺はこれで」
フィリベルトと別れたジギスヴァルトが王女の部屋へ向かうと、扉の前を二人の衛兵が警護していた。
衛兵達はジギスヴァルトに気付くと礼を取り、中で控える侍女へ来客を告げる。
「ジギスヴァルト様、どうぞこちらへ」
侍女に案内され室内に足を踏み入れたジギスヴァルトは、応接室を埋め尽くすほど贈られたお見舞いの品々を一瞥する。その中には豪華な花束も幾つか含まれていた。
応接室の奥には更に扉があり、王女の寝室となっている。
未婚の王族の寝室に入ることが出来るのはごく一部の人間だけで、その限られた人間の中でも異性だと王族ぐらいしかいない。
しかしジギスヴァルトは騎士団長という役職を持っているため、許可さえあれば王宮のどの部屋でもフリーパスで入ることが出来る。
「……待っていたわ、ジギスヴァルト。いつもご苦労さま」
寝室に入ってきたジギスヴァルトに声を掛けたのは、この部屋の主であるフロレンティーナ王女だ。
彼女は病床に伏していると言う噂通り、ベッドから降りること無くジギスヴァルトを迎え入れた。
「まあ……! そちらが新しい花束ね! とっても素敵……! なんて可愛らしいのかしら!」
ジギスヴァルトが持つ花束を見た王女が喜びの声を上げる。ジギスヴァルトは花束を侍女に渡し、侍女から花束を受け取った王女は、その白い頬を紅潮させた。
「綺麗ね……。色が鮮やかで素晴らしいわ。ねぇ、この花束を飾ってくれるかしら? 場所は……そうねぇ。サイドボードの上にお願いするわ」
「畏まりました」
侍女が恭しく王女から花束を受け取ると、用意していた花瓶に花を生ける。
この寝室には同じように生けられた花が幾つか飾られているのだが、それは全てアンが作った花束だった。
初めて作った花束は流石に枯れてしまったのか、もう飾られていないようだが、前回作った花束はまだ元気に咲いていて、王女の目を楽しませている。
お見舞いとして貴族達から幾つも花束を贈られているが、王女はあまり気に入っておらず、寝室に飾るのはアンが作った花束だけになっていた。
「アンにお礼を伝えてくれるかしら? いつもアンの花束に励まされているって」
「承知しました。必ず伝えます」
ジギスヴァルトが王女に一礼し、部屋を退出しようとした時、慌てた様子で部屋に入ってきた人物がいた。
4
お気に入りに追加
1,876
あなたにおすすめの小説

おちこぼれ魔女です。初恋の人が「この子に魔法を教えて欲しい」と子供を連れてきました。
黒猫とと
恋愛
元宮廷魔導士、現在はしがない魔女業を細々と営む魔女イブの元に、予想外の来客が訪れる。
客の名は現役宮廷騎士、ロベルト・ヴァレンティ。
イブの初恋の人であり、忘れようとしている人だった。
わざわざイブの元を訪れたロベルトの依頼は娘のルフィナに魔法を教えてほしいという内容だった。
ロベルトが結婚している事も、子供がいる事も全く知らなかったイブは、再会と同時に失恋した。
元々叶うなんて思っていなかった恋心だ。それにロベルトの事情を聞くと依頼を断れそうにもない。
今は1人気ままに生きているイブだが、人の情には厚い。以前、ロベルトにお世話になった恩義もある。
「私が教えられる事で良ければ…」
自分に自信がないイブと言葉足らずなロベルト、自由奔放なルフィナ。3人が幸せを掴むのは一筋縄ではいかないようです。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】SS級の冒険者の私は身分を隠してのんびり過ごします
稲垣桜
恋愛
エリザベス・ファロンは黎明の羅針盤(アウローラコンパス)と呼ばれる伝説のパーティの一員だった。
メンバーはすべてS級以上の実力者で、もちろんエリザベスもSS級。災害級の事案に対応できる数少ないパーティだったが、結成してわずか2年足らずでその活動は休眠となり「解散したのでは?」と人は色々な噂をしたが、今では国内散り散りでそれぞれ自由に行動しているらしい。
エリザベスは名前をリサ・ファローと名乗り、姿も変え一般冒険者として田舎の町ガレーヌで暮らしている。
その町のギルマスのグレンはリサの正体を知る数少ない人物で、その彼からラリー・ブレイクと名乗る人物からの依頼を受けるように告げられる。
それは彼女の人生を大きく変えるものだとは知らずに。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義なところもあります。
※えっ?というところは軽くスルーしていただけると嬉しいです。

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~
Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。
その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。
そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた──
──はずだった。
目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた!
しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。
そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。
もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは?
その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー……
4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。
そして時戻りに隠された秘密とは……

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる