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 次の日の放課後、私はアンナの馬車に乗って彼女の寮に行った。
 馬車の中では当たり障りのない話をしていた。
本当は雑談じゃなくてもっと踏み込んだ話がしたかったのだけれど。同乗するカリンに聞かれたくなかった。
 アンナも私だけに話したいことがあるのか、どことなくそわそわしていて落ち着きがなかった。

 寮に着くと、この間と同じ部屋に通された。アンナの使用人のフレデリーカはお茶の準備を整えるとすぐさま部屋を出ていった。カリンは部屋の外、とはいっても扉の前で警備をするように言いつけられた。
 部屋に二人だけになると、アンナは真剣な眼差しで私を見た。

「マナーに反しますが、いきなり本題に入らせてもらいます。警備の都合上、カリン様が席を外せる時間は少ししかありませんから」
 アンナの言葉に私は頷いた。
「エマさん。あの日、・・・・・・試験の日にあなたを襲ったという魔物は、どんなものでしたか」
「私は直接見ていないのですが」
 ヴェルナーや理事の前でした説明と同じことを話した。

「そうですか」
 アンナは神妙な面持ちでそう言うと、考え込んでいるのか眉間にしわを寄せた。
 そして、少しの沈黙の後、アンナは私の顔を見据えた。

「いつの日にか話した、夢の話を覚えていますか?」
 前に話していた、アンナが夢で『ルクツェン物語3』の内容を見ていたという。そのことだろう。
「覚えていますよ」
「私は夢の中であの魔物に会っているんです」

 『3』のアンナは、瞳の魔物を使ってエマを殺そうとしていた。卒業式の日に瞳の魔物を使ってエマを殺そうとするけど、攻略対象のおかげでエマは生き延びることができる。
 ハインリヒのトゥルーエンドルートでは、暴走した瞳の魔物が卒業式のパーティに現れる。攻略対象たち全員の力で魔物が追い払われると、アンナは罰として闇の女王の名前を与えられるのだった。

「念のために言っておきますけど、夢は夢で、現実の私は今から言うことを思ったり行動したりしていませんからね?」
「分かっていますよ。だから、何も心配せずにおっしゃってください。アンナ様の夢の話を」
 アンナはこくりと頷くと夢の内容を語り出した。

「夢の中の私は、ある日の放課後、ハインツ様が中庭でエマさんとキスをしているのを見てしまいました」
 ハインリヒとのキスイベントのことだろう。エマは中庭でハインリヒとキスをしているところをアンナに目撃される。その時のアンナはいつものように怒るのではなく、何も言わずに立ち去った。エマは弁明しようと彼女を追いかけるのだけれど、アンナを見失ってしまい、結局その日は寮に帰るほかなかった。

「私はショックでその場から走って逃げたんです。学園内を宛もなく走っていると、一匹の黒い蝶に出会いました。それは私を慰めるようとしているように感じて・・・・・・。だから私は導かれるがまま、その蝶についていきました」
 黒い蝶なんて、『ルクツェン物語』の中に出てきた記憶はない。

「蝶に誘われて辿り着いた先は、寂れた庭園でした。後に知ることになるのですが、そこは禁断の園と呼ばれる場所です」
 禁断の園に、アンナも行っていたというの?
「私はそこで一つ目の黒い瞳の魔物に出会いました。あの子は優しく私を労るように優しい目で見つめて来たんです」
 ヴェルナーが言っていた黒い瞳の魔物は初代闇の女王の魔法だというのはどうやら本当のことらしい。

「学園に来てからというもの、私をそういう優しい目で見てくれるのは、フレデリーカとシュヴァルツだけでした。優しくされることに慣れていなかった私は、あの子のことをすぐに好きになり、信頼するようになりました」
「信頼?」
 アンナは頷いた。
「魔物に対して信頼なんておかしいですよね。でも、夢の中の私はそのことを疑問になんて思ってもいませんでした。私の中であの子は友達になっていたんです。本当に、さみしい人ですよね」
 アンナは他人事のように言って自嘲した。
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