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あの日の記憶

第29話 ひろし、アカネに驚く

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 おじいさんが現実世界に帰ってくると、おばあさんはテーブルで熱心に本を読んでいた。

「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

「何か勉強しているのかい?」

「ええ。今日お友達になった方がゲームの中のどこらへんに住んでらっしゃるのかと思って」

「あぁ、なるほどなぁ。お友達がゲームで住んでいる場所って分かるんだなぁ」

「あら、アプリでプロフィールを見ると拠点にしている町の名前が書いてありますよ」

 おばあさんは、老眼鏡をかけて地図を覗き込んだ。

「あ、これだわ、シャーム。あら、ピンデチからそんなに遠くないわね。でもこの海どうやって渡るのかしら」

 それを聞いたおじいさんがおばあさんに言った。

「どうやらメインクエストを進めないと、他の町に行けないんだそうだよ」

「あら、そうなんですね。頑張ってメインクエストを進めないとですね」

「そうだなぁ。わたしも頑張らないと」

「そうそう、今日はお友達と新しいお店の物件を見に行ったんですよ」

「あぁ、それはすごいなぁ」

 2人は、今日も夜遅くまで楽しくお喋りをした。


 ー 翌日 ー

 今日も2人は朝から家の仕事を終わらせ、一緒に昼食をとり始めた。

 すると、おじいさんはスマホのランプが点滅している事に気がついた。

「おや? メッセージかな」

 おじいさんはアプリを開いてみると、イリューシュからメッセージが届いていた。

 ーーーーーーーーーーーー

 イリューシュ:今日のオーディションは観覧ができるので、よろしければご友人もお誘いくださいね。会場までは無料の無人タクシーもありますので。ではのちほど。

 ーーーーーーーーーーーー

 おじいさんはメッセージを読み終わると、少し照れくさそうにおばあさんに言った。

「おばあさん、今日は夕方5時からバンドのオーディションがあるんだ。良かったら見に来てくれるかい」

「あら、見られるのね。場所はどこかしら」

「ピンデチからコーシャタの街へ行く途中にステージがあるんだ。無料の無人タクシーもあるそうだよ」

「まぁ。じゃあ、お友達と行ってみようかしら。楽しみですね、うふふ」

「あぁ、ははは。がんばらないとなぁ」

 二人は食事を終えてテーブルを片付けると、いつものようにVRグラスをかけてゲームの世界へ入った。


 ー 東京 株式会社イグラア社内 ー

「お電話ありがとうございます。株式会社イグラア、ザ・フラウ運営本部、山本でございます」

『お世話になってます。ギーカブルの大埼です』

「あ、真理さん。お疲れ様です」

『お疲れ山本ちゃん。この間のサーバー負荷の原因が分かったんで報告したいんだけど部長いる?』

「あ、居ますよ、変わりますね」

 ♪♪♪~♪♪~♪♪♪~

「はい、お電話かわりました」

『お疲れ様です、ギーカブルの大埼です』

「あ~、真理ちゃん。おつかれ~。ちょうど外部セキュリティ会社からの報告を待ってたとこだよ~」

『この間のサーバー負荷、ログを調べたら、どうやら誰かがハッキングを試みたみたいで』

「そうなのぉ? まだ、たまにサーバーに負荷がかかるんだよね」

『ええ? それは危ないですね。一度ウチからサーバー監視しましょうか?』

「ほんと? お願いできる?」

『もちろんですよ~。何時くらいまでメインサーバーに接続できますか?』

「21時までは僕がいるから、それまでは大丈夫よ」

『21時までですね。では夕方頃からアクセスさせていただきますね」

「助かるよ~。レベル2のアクセス許可出しとくね」

『はい、では監視しておきますね』

「はーい、お願いしまーす」

 真理は電話を切ると静かに微笑んだ。


 その頃、おじいさんはG区画の家に到着し、玄関を開けて中に入った。

「おや? 誰もいない…… 。ああそうか、今日は夕方集合の約束だったな」

 しかしその時、かすかに2階から声が聞こえてきた。

「オナシャス……、やぁっ……、あぁい」

 バン

「もう一本オナシャス……、やあぁっ」

 おじいさんは不思議に思って2階へ上がり、開け放たれた居間のドアから中を覗くと、アカネが柔道着を着た黒ちゃんと稽古をしていた。

 バンバンバン!

「アカネ、まいった!」

「うし! あれ、じいちゃん早いね」

 アカネがおじいさんに気付くと、黒ちゃんは絞め技を決められたまま頭を下げて挨拶した。

「こんにちは、ひろしさん。お邪魔しています」

 2階の居間は畳が敷き詰められていて道場のようになっていた。

 アカネは黒ちゃんを離すと、嬉しそうにおじいさんに話した。

「黒ちゃん、昔柔道やってたんだって。投げ技と寝技の練習させてもらてるんだ。へへへ」

 アカネは道着を直しながら話を続けた。

「昨日イリューシュさんに2階を柔道の練習で借りたいって送ったら、朝来たら道場になっててさ。イリューシュさん最高!」

 アカネはそう言うと畳に戻って姿勢を正し、黒ちゃんに礼をした。

「オナシャス! やぁああ!」

 アカネは黒ちゃんに勢いよく飛び込んで組み付くと、黒ちゃんは組み付いたまま横へ移動した。

「やぁぁああ!」

 アカネは移動する黒ちゃんの一瞬の隙をついて足技をかけると、黒ちゃんのバランスを崩して転がるように投げ飛ばした。

 バン!

 それを見ていたおじいさんは驚いて声をあげた。

「アカネさん、素晴らしいですね!」

「ほんと? じいちゃん照れるよ。へへへ」

 アカネは元の位置に戻って黒ちゃんに礼をすると、再び稽古をはじめた。

 おじいさんは稽古の邪魔をしないように静かに部屋を離れると、階段を降りて和室へ向かった。

 するとその時、イリューシュとめぐが玄関を開けて家に入ってきた。

「戻りましたー」
「ただいまー。あ、おじいちゃん」

「あ、イリューシュさん、めぐちゃん、おかえりなさい。今日はどちらへ?」

 すると、めぐが嬉しそうに答えた。

「今日、オーディション会場まで無料の無人タクシーが出てるっていうから、ステージの様子を見てきたの!」

「あぁ、そうだったのですね」

「うん、この間見た時よりも大きいステージになってて、照明も凄そうだった!」

「あの時よりもステージが大きくなったのですか?」

「そう! TOKIOドームのステージくらいあったよ!」

「ええ? TOKIOドームのステージですか? いやぁ、まさかそんなに大きなステージだなんて……」

 おじいさんは予想以上の規模のオーディションに少し緊張し始めた。 


 その頃、おばあさんたちは案内ロボットと一緒に、新しいお店の物件を見に来ていた。

「洋子ちゃん、やっぱりこのお店いいよね!」

 マユが嬉しそうに言うと、メイも賛成した。

「ここなら村の大通りだし、お客さんも増えるかも」

 ナミとアルマジロも一緒にうなずいた。

 すると、ナミが店に置いてある大きな棚を見つけて小さな声で言った。

「これ、アルマジロたちのぉうちにできそぅ」

 その棚は窓から日差しが入り日向ぼっこもできそうな棚だった。

 おばあさんはみんなの声を聞くと、一度頷いちど、うなずいて提案した。

「じゃあ、みなさん。ここにしませんか?」

「「うん」」

 全員一致で物件を決めると、マユが案内ロボットのタッチパネルを操作して「契約(移転)」ボタンを押した。

 すると、前の店にあった棚や商品、そして店の中で寝ていた残りのアルマジロたちも転送されてきた。

「ふぅぅ~」

 マユは深呼吸をすると、大きな声でみんなに言った。

「よし! みんな、これからも頑張ろうね!」

「「うん」」

 みんなは手分けして回復薬や防御強化薬、全回復薬を並べると、ナミはアルマジロたちを棚に乗せて看板のデザインを始めた。

 ナミは手を前に出してしばらく何かを描くように動かすと、小さい声で呟いた。

「ぅん。できた」

 ナミは何かを押すようなジェスチャーをすると、店の上の看板がナミがデザインしたものになった。

 看板には4人のデフォルメされた似顔絵と、回復薬の絵が描かれていた。

 こうして、おばあさんたちは新しいお店を出したのであった。

 そして、だんだんと外は暗くなり、おじいさんたちのオーディションの時間が近づいてきた。


  ー その頃 イグラァの外部セキュリティ会社、ギーカブル社内 ー

 真理は会社のパソコンを使ってザ・フラウのメインサーバーにアクセスすると、近くにいたエンジニアに声をかけた。

「ヤマちゃん、準備できたわ。ハッキングを開始してちょうだい」

 すると、ヤマちゃんと呼ばれたエンジニアはニヤリと笑って答えた。

「まかせて、マリさん。今日はパーティだね」

 ギーガブルの大埼真里は黒のリーダー、マリだった。

 真理はゆっくりと足を組むと、満足そうに微笑んだ。
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