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10話 魔法の杖

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 「な、なんで……?」
 
 「こんな事態は僕も初めてだよ……」
 

 目の前の惨事に、私は軽いショックを受け、ジェイルは戸惑っている。

 
 「――まさか、材料が逃げていくなんて」

 
 店内に散らばった木の枝と宝石を見ながら、ジェイルが呟いた。

 
 
 
 
 
 
 四方八方に飛んで行った杖を拾おうとした時にも、それは起こった。

 
 『す、すみません、拾います!』

 
 ジェイルに謝って、私は慌てて床に落ちた木の枝に手を伸ばした。
 しかし、それを拾う事は出来なかった。

 ――パンッ。

 それはまた音を立てて飛んで行った。まるで、私から距離を置くように。
 追いかけて拾おうとして飛んでいく、追いかけて拾おうとして飛んでいく。何回もそれを繰り返していた。
 
 
 『……あー、リリア?木の枝は僕が拾っておくから、先に宝石の方を選ぼうか』

 
 ハッと気を取り直したジェイルの声で、私は木の枝を拾う事を諦め、宝石に手を伸ばした。
 
 ……後はどうなるか、もうお分かりだろう。
 もちろん宝石もはじけ飛んだし、私は野太い悲鳴をあげた。そして現在に至る。




 

 
 「いやぁ、生まれて初めての経験だよ。どうした事か……」
 
 「本当に申し訳ないと思っています……」
 
 「あぁ、リリアを責めている訳じゃないんだよ!こんな事もあるって!僕は初めての体験だけど!」

 
 うなだれる私にジェイルが慌てて励まし始めた。……優しさが、逆に痛い。
 
 
 「なぁ、ジェイル。材料はこれだけか?」
 
 「え?あ、いえ。まだありますよ。……あぁ、そうか。リリア、ちょっと待ってね」

 
 アロウに問われたジェイルは何かに納得し、奥へと引っ込んでいった。
 なんなんだろうか。そう首を傾げていると、彼はすぐに戻ってきた。

 
 「お待たせ。もしかしたら、コイツ等ならいけるかも」
 
 「コイツ等……?」

 
 私はジェイルの持っているトレイを覗き込んだ。
 そのトレイには灰色がかった木の枝と、黒い木の枝。そして赤い宝石が乗っていた。

 
 「コイツ等、持ち主を選ぶみたいで。杖の材料になる事は滅多にないんだ。黒い木の枝とこの宝石に関しては、最近使ったけど」
 
 「また逃げないですかね……?」
 
 「その時は材料になる奴等を探してくるさ。ちょーっと、時間はかかるかもだけど。……取り合えず、選んでご覧」
 
 
 トレイが目の前に差し出された。私はごくりと喉を鳴らして、それらに手を伸ばした。
 ――お願いだから、逃げないで。そう願いながら。
 
 パンッ。

 音を鳴らして、黒い木の枝が飛んだ。……トレイには、灰色がかった木の枝と、赤い宝石が残ったままだ。

 
 「に、逃げなかった……!一本、逃げたけど……!」
 
 「おめでとう、これでやっとリリアの杖が作れるよ」
 
 「お時間かけてしまって申し訳ないです……後、材料飛ばしまくってしまったのも……」
 
 「アハハッ。気にしない、気にしない!材料に関しては傷もついていないし、なにより、ちゃんと選べたんだから」

 
 ――選んだというより、やっと選んでもらったというか。
 そう思いながら乾いた笑いを浮かべている私を他所に、ジェイルは手袋をはめて枝と宝石を手に取った。

 
 「いやぁ、この組み合わせは初めてだな。というか、この枝を使うのは初めてだ」
 
 「そうなんですか?」
 
 「僕が杖職人になってからは一度もないなぁ」
 

 説明をしながら、ジェイルはカウンターの上に長方形の箱を置いた。その箱には細長い窪みが合った。
 ジェイルはその窪みに木の枝を置き、枝に宝石を立てかける。
 

 「今から杖作りを始めるよ。見ててご覧」
 

 ジェイルが箱の上に手を翳した。……異変はすぐに起こった。

 
 「え……?」

 
 枝が溶け、宝石が砕けた。
 窪みに合わせて木の枝が広がり、宝石の欠片が一人でにそれに混ざっていく。
 
 そうして眺めていると動きは止まった。
 ジェイルは手を翳すのを止め、窪みからそれを取り出した。

 
 「できたよ。これが君の、君だけの魔法の杖だ」
 

 まるで壊れ物を扱うかのように優しく手渡されたそれを、私は両手で受け取った。
 ――灰色の等身に赤い宝石が散りばめられた、美しい杖だ。

 
 「綺麗……!ありがとうございます、ジェイルさん!」
 
 「どういたしまして。こちらこそ、貴重な体験をありがとう、リリア」
 
 「ハハ……」
 

 ウィンクしながら冗談っぽく言われて、私は苦笑しながら杖を見た。
 
 本当に綺麗だ。
 見ていると、材料に逃げられたのも「苦労したかいあった」と良い経験のように思えてくるから不思議だ。……苦労したのは、私ではなくジェイルだが。
 
 感無量で杖を眺める私を、ジェイルが嬉しそうに見つめているのに気付いて、少しむず痒くなった。
 彼からしたら、子供が自分の杖に喜んでいる様に見えるのだから、さぞ可愛らしい光景に映っているんだろう。
 
 
 「そんなに喜んでもらえたなら、僕も作ったかいがあったよ。この杖が、君を明るい未来へ導いてくれるよう、僕も祈っているよ」
 
 「ありがとうございます……!」
 

 ジェイルに見守られながら、私達は店を後にした。
 

 「良い杖を作ってもらえてよかったな。……さ、せっかくここへ来たんだ。色々買って帰るか」
 
 「はい、先生!」
 

 その後、私達は魔法に関する店で買い物をし、カフェによって休憩してから帰宅した。



 *



 「はい、ユーリさん。マギーア・ポーリのお土産です」
 
 「おお……!ありがとう、リリア!開けても良いかな?」
 
 「もちろんです」
 
 
 次の日、体術の修行を終えた私は、約束通りユーリへとお土産を渡した。
 本当に楽しみにしてくれていたのだろう、いつもの彼からは考えられないほど雑な手つきで箱の包装を解いている。

 現れた中身を見て、ユーリは目を見開いた。

 
 「おお、これは……!」
 
 「甘いもの好きって言ってたので、これにしたんですけど……どうですかね?」
 
 「覚えてくれていたんだね!いやぁ、綺麗だな……!」
 

 そう言って頬を緩ませながら見つめる先には、美しいチョコレート菓子。
 この世界にもチョコレートは流通しているが、少し高級であるためかメジャーではない。

 しかし、魔法使いと言うのは高給取りらしい。
 マギーア・ポーリにはチョコレート専門店があり、白いローブを着た女性がちらほら見受けられた。

 
 「チョコレートか、懐かしいなぁ。子供の頃、よく食べてたんだよ」
 
 「へぇ、チョコレートって高価なのに。ユーリさんってもしや、良いとこの出身ですか?」
 
 「うんまぁ、そんなとこだね。……ん、美味しいなぁ」
 

 チョコレートを口に含んだ彼は、幸せそうに微笑んだ。
 この笑顔でどれだけの女性を落としてきたか、ぜひ聞いてみたいものだ。
 
 
 「……あ。ユーリさんって、オーリムさんの酒場に泊まってますよね?」
 
 「二階の宿にね。それがどうかした?」
 
 「実は、シルワ達にもチョコレート買ってきてるんで、よければ渡してくれませんか?」

 「もちろん!二人共、喜ぶよ」
 

 ユーリに渡した箱よりも大きめの箱を渡せば、彼は自分の事の様に笑った。
 彼は本当に〝良い人〟だ。
 

 「そういえば、リリアは魔法の杖を作りに行ったんだよね?」
 
 「はい、そうですよ」
 
 「魔法の杖って、魔法使いによって違うんだろ?リリアの杖はどんな感じに仕上がったのかな?」

 
 好奇心丸出しで聞くユーリに「ちょっと待ってくださいね」と前置きして、私は杖を取りに自室へ戻った。
 机の上に置いたそれを取ると、駆け足でユーリの元へと戻る。

 
 「お待たせしました。これです」
 
 「へぇ、これが……!綺麗な杖だね」
 
 「あはは、ありがとうございます」
 
 「ね、リリア。使ってるところ見せてよ」
 
 「もちろん、良いですよ」
 

 ユーリの期待に応えるため、私は杖を構えた。
 実はまだ一度も杖を使って魔法を使用していないため、私も少しワクワクしてしまっている。

 そうして、私は魔法のイメージをしながら杖を振った。
 ……後に、それを後悔するとは知らずに。

 ――バシュッ……メキメキ……ドゴォォ。
 そんな音に、私の思考は止まった。

 
 「…………へ?」
 

 目の前の木々がスパッと真っ二つにキレ、派手な音を立てて倒れたのだ。
 木々の倒れる轟音が響いた後、私達に静寂が訪れた。

 
 「……み、見せてくれて、ありがとう」
 
 「あ、いえ……どう、いたしまして」

 
 ――杖、封印した方が良いかも。
 そう思った私は間違っていないだろう。
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