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11話 特待生試験 

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 ――私が入学する予定のフォルトゥム国立魔法学校には、特待生制度があるらしい。
 それを知ったのは、入学する一カ月前になってからだった。

 
 『試験があるが、受けるか?特待生になれば、施設を許可なく利用できたり、無料で食堂を利用できる。寮は一人部屋になるぞ』
 
 『受けます』

 
 即答で返事をした私に、アロウが笑ったのは昨日の事だった。
 
 そして、今日。
 
 私達はフォルトゥム国立魔法学校に来ている。
 受付を終えた私達は、大広間で待機するよう言われた。そこにはたくさんの人がいる。
 
 
 「人、結構いますね」
 
 「今日は特待生試験を受けられる最終日だからな」
 
 「へー……」
 
 
 その言葉に、私はその場を見渡した。
 どの子供も上質な服を着ていて、良い所の出身なのが分かる。もしかしたら貴族かもしれない。

 
 「なんか、みんなお金持ちっぽいですね」
 
 「魔法使いになる奴の七割は貴族だからな」
 
 「えっ、そうなんですか?」
 
 
 衝撃の新事実だ。
 思わずアロウを見上げれば、彼女も目の前にいる子供達を眺めている。

 
 「まず、魔力を持っているかどうかの検査をするのに金がかかる。平民からしたら、何年かは働かずに食っていけるような額だ。それを〝魔法使いになりたいから〟って理由で簡単に出せる平民なんて、いるわけがないからな」
 
 「な、なるほど……」
 

 ――そんなにお金がかかるなんて、知らなかった。
 彼女に魔力があると見抜いてもらった私は、かなり幸運だったのだ。
 
 アロウの言葉に、私も目の前の子供達へ視線を戻した。

 
 「……あれ、あの子。貴族っぽくないですね」
 
 「ん?……ああ、確かに。あれは平民がよく着ている服だな」
 
 
 私の視線の先を見て、アロウは頷いた。
 
 そこには簡素な服を着た、茶髪でそばかす顔のかわいらしい女の子がいた。
 
 周りの貴族らしい子供達から、遠巻きにひそひそと話をされて居心地悪そうにしている。
 ……実際、黒髪と赤い目の私もひそひそとされているが。

 
 「あの子と一緒に特待生になれるといいんですけど」
 
 「あの子が気に入ったか?」
 
 「そりゃあ、他の子達よりは親近感がありますからね」
 

 笑って言えば、「確かにな」とアロウも笑った。

 
 「というか、さっきから思ってたんですけど」
 
 「なんだ?」
 
 「私もですけど、先生、めっちゃ見られてません?」
 

 そう言って、私は周囲の人達のざわめきへ耳をすました。
 ざわざわとした中から聞こえるのは、私達……いや、アロウへの言葉だ。
 
 
 「見ろ、赤髪に赤い目だぞ」
 
 「本当だ、まるであの伝説の魔法使いみたいだ」
 
 「本物かしら?」
 
 「まさか。憧れてるだけでしょ」
 
 
 ……いや、耳をすまさなくても聞こえてくる。
 私も結構、目立つ容姿をしているというのに、アロウの方が注目を浴びている。
 
 その様子に、私は思わず彼女に聞いた。

 
 「先生って、もしかしなくても有名人ですか?」
 
 「さぁ、どうだろうな?」
 

 私の問いに、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。
 どうやら、答える気が無いらしい。

 疑問は残るが〝まぁいいか〟と思いながら私が笑みを浮かべると同時に、その場に白いローブを着た大人達が現れた。
 その内の一人、老婦人が一歩前に出る。白い髪に、金色の瞳のその女性は、年の割にしゃんと背が伸びた人だ。
 
 
 「皆様ようこそ、フォルトゥム国立魔法学校の特待生試験へ。私は校長のフィデス・シンプシー。さぁ、早速、今から一次試験を始めましょう。名前を呼ばれた者はこちらへ来てください。……レオ・レベリオ!」
 

 最初の一人が呼ばれた。
 彼女の呼びかけに動いたのは、金髪に青い瞳の美しい少年だ。
 
 まるでお伽噺に出てくる王子様のような容姿だからだろうか、周りからひそひそとした声が上がる。
 

 「レベリオって、レベリオ辺境伯の?」
 
 「あそこは確か騎士を輩出する家系だったのでは……」
 
 「まさか、魔法の才のある子がいるなんて」
 
 「これは益々、国王様のお気に入りになりそうだ」
 
 「王子様みたいで素敵……」

 
 ……周りのざわめきから察するに、彼の家は貴族の中でも良い所の家系らしい。
 容姿も相まってか、少女達は皆、目をハートにして彼を見つめている。……彼には完全にスルーされているけど。

 しかしそれよりも気になるのは試験の内容だ。
 一次試験という事は、二次試験もあるという事。……それぞれ何をやるのか、私は知らないのだ。
 
 
 「試験って何をやるんですかね?」
 
 「今に分かるさ。すぐに順番は回ってくるからな」
 
 「え?」
 

 我が師匠の意味深な発言に、私は目を瞬かせた。
 ――なんか、すごい嫌な予感がする。

 そんな私を他所に、試験は無情にも始まった。
 魔法学校の校長――フィデスは、少年に向かって微笑んだ。
 
 
 「それでは、あの的に向かって水の魔法――ウォーターボールを使って見なさい」
 
 「はい。……ウォーターボール!」
 

 少年――レオが、奥にある的に向かって杖を構えて呪文を唱えた。
 すると、杖から野球ボールくらいの大きさの水の塊が出て、ぴゅーんと奥の的へと向かって当たった。

 それを見て、周りからはわっと歓声が上がった。
 

 「まぁ、ウォーターボールをもうあんなに使いこなせているなんて!」
 
 「レベリオ家は本当に天才の集まりだな」
 
 「確かアドウェルサスの騎士になった子もいたわね」
 
 「ウォーターボールなんて使えないよぉ」


 

 「……先生。一つ、気になった事があるんですけど」
 
 「なんだ?」
 
 「……魔法って普通、呪文がいるんですか?」
 
 「そうだな」
 

 ――そうだな、じゃねぇ!
 私は心の中で叫びながら、レオの次に名前を呼ばれた子が魔法に失敗するのを眺める。
 
 ……今まで私は、アロウ以外の魔法使いが魔法を使っているのを見た事がなかった。
 あるとしても、ジェイルが杖を作っている時くらいだ。
 彼は何の呪文も唱えていなかったから、それが普通だと思い込んでしまっていたが……まさか、それが普通じゃなかったなんて。

 
 「どうしよう、呪文を唱えて魔法なんて使った事ないんだけど……」
 
 「イメージができていれば大丈夫だろ」
 
 「詠唱なんて集中力の妨げでしかないですよ!」
 
 
 イメージしてるときに口を動かさなければいけないなんて、と私は溜息を吐いた。
 〝ウォーターボール〟という短い単語でも、詠唱しながら魔法を使うなんて経験のない私からしたら、「失敗するのではないか」という恐怖を覚えてしまう。
 
 ふと前を見ると、名前を呼ばれた子供達が魔法を使えず次々に失格になる光景が目に映った。
 ……なんて恐ろしい光景だろうか。
 

 「――次、リリア!」
 
 「は、はい!」
 

 突然呼ばれた自身の名前に、私は震える声で返事をして前に出た。
 様々な視線が突き刺さる中フィデスの隣に立てば、彼女は口を開いた。

 
 「さぁ、リリア。ウォーターボールを」
 
 
 優しい微笑みで促す彼女に、私は頷いた。
 ――ええい、女は度胸!
 投げやりな気持ちのまま私は的に向かって手を差し出し、その呪文を口にした。

 
 「ウォーターボール!」
 

 ――ビュッ……バンッッ!

 私の手からは水の塊が出て、勢いよく的に向かっていった。
 剛速球で放たれたそれは、無事に的へと当たった。それを見て、私は安堵の溜息を吐く。

 
 「良かったぁ。これで一次試験合格ですか?」


 緩み切った気持ちでフィデスの方へ振り向いた私は「あれ?」と思ってしまった。
 なぜか、驚いたような顔をされていたのだ。
 
 
 「……リリアさん」
 
 「? はい?」
 
 「……貴女、いつも杖なしで魔法を?」
 
 「……え?」

 
 その問いに、私はフィデスの顔を見て――悟ってしまった。
 彼女は〝あり得ない〟とでも言いたげな、驚きに満ちた顔をしていた。

 
 「……え?今、杖なしで魔法を使った?」
 
 「まさか、あり得ない!」
 
 「杖なしで魔法を使うだなんて聞いた事ないわよ!」
 
 「伝説の魔法使い、アロウでしか成しえない事じゃないか?」
 
 「ってか、なにあのウォーターボール……なんか大きくなかった?」

 
 周りがこちらを見ながら口々に声を上げている。
 ――これは、まさか。
 嫌な予感が頭をよぎり、私はまるで錆びついたブリキの様な動きでフィデスを見上げた。
 
 
 「……リリアさん」
 
 「……はい」
 
 「……合格です、保護者の元へとお戻りなさい」
 
 「……はい……」
 

 フィデスの静かな声に、私はアロウの元へと向かう。
 モーゼの如く割れた人波の間を通りながら、私は泣きそうになっていた。

 そうして、アロウの元へたどり着いた。……彼女は笑っていた。とても面白そうに。
 その顔を見て、もうすでに分かり切っている事を、私は彼女へと問いかけた。

 
 「……先生。もしかして、なんですけど」
 
 「なんだ?」
 
 「……魔法って普通、杖がいるんですか?」
 
 「そうだな」
 

 ――そうだな、じゃねぇ!



 *


 
 「さて、一次試験はこれにて終了です。十分後、二次試験を行いますので各自、休憩をとっておいてください」
 

 フィデスの言葉に、私はふぅと溜息を吐いた。
 
 一次試験が終わった今、この会場に残っている子供の数は少ない。
 レオと呼ばれた少年、平民っぽい可愛らしい女の子、貴族らしい美少女、灰色がかった長い茶髪で顔が隠れている地味な少年……そして私だ。

 親が着いてきているのは、貴族の美少女のみらしい。
 他の子達には保護者らしい大人は見当たらない。

 
 「……あの、間違ってたらごめんなさい。貴女も平民?」
 
 「え?」
 

 掛けられた声に、私はそこへ顔を向けた。
 目の前には、いつの間にか〝仲良くなれたらいいな〟と思っていた少女がいた。

 
 「あ、うん。平民だよ。貴女も?」
 
 「そうだよ!貴女も名字がないから、もしかしたら私と同じ平民かもって思ったの。……ここに来たら、綺麗なお洋服着てる子達ばかりだったから、平民は私だけなんじゃないかって不安になってたから、同じ平民の子とお話しできて嬉しい!」
 
 「あー、分かるー。みんなお金持ちって感じだもんね」
 

 笑いながら同意すると、彼女は「そうだよね!」と笑顔を見せた。
 どうやら、思った通り彼女も平民らしい。

 
 「私、リリア。貴女の名前は?」
 
 「私、フォルティア!よろしくね、リリアちゃん!」

 
 手を差し出して自己紹介をすれば、彼女――フォルティアは、花が咲くような笑顔を浮かべて、小さな手で握り返してくれた。

 ――かわいいー。癒されるぅー。
 シルワ以来の笑顔の可愛い女の子に、一次試験で荒んだ心が癒されていくのが分かる。


 「フォルティア、ありがとうね……」
 
 「? なにが?」
 

 

 「――皆さん、お待たせしました!これより、二次試験を開始します!」

 
 私とフォルティアの会話は、その台詞によって切り上げられた。
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