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9話 魔法都市マギーア・ポーリ
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修行相手にサクラが加わった事で、私の生活は忙しくも充実したものとなった。
サクラは風魔法を使うのが得意らしく、その威力は、魔法の当たった木がスパッと両断される程だった。
――サクラは怒らせないようにしよう。「褒めて」とでも言いたげに甘えてくるサクラを横にそう思ったのは、今では懐かしい記憶だ。
そして、アロウからはその他の魔法、攻撃したり日常で使える魔法の使い方や工夫の仕方を習った。
前世の記憶を持つ私は、この世界で生きてきた人とは感覚が違うのだろう。
たまに私から「こう使ったらどうか」という提案して「リリア、お前天才か?」と早速採用される事もあった。
ユーリとの修行も続いている。
彼は私に「呑み込みが早いから、すぐに教える事がなくなりそうだ」と言うが、きっとそれはない。
そう思ってしまうほど、ユーリという男は強いのだ。
体術だけではなく、剣術や槍術も手練れのこの美青年は、一体何者なんだろうか。
修行の合間には、冒険者ギルドの依頼をこなしたり、酒場オーリムに行ったりもしている。
依頼の内容は様々で、大体が野生の動物の討伐だ。
たまにサクラと同じように野生の魔使いの討伐依頼もあった。
しかし彼等はサクラと違い、敵意丸出しでこちらへ襲い掛かってきた。
最初、私はそれに戸惑っていたが、回数を重ねるごとに躊躇せずに討伐することができるようになっていた。
そんな依頼をこなした日は、必ずと言っていい程、酒場オーリムへ顔を出した。
冒険者ギルドでの稼ぎは中々に良い。その金を、オーリムに落としているのだ。
『リリアがたくさん来てくれて、すごく嬉しい!』
顔を出すたび、そう言ってシルワが喜ぶものだから、私もついつい嬉しくなってしまう。
シルワの嬉しそうな顔が嬉しいのだろう、私達が来るとオーリムはシルワに「一緒にご飯食べておいで」と言ってくれる。
そうやって忙しい日々を過ごし、いくつかの季節が過ぎた。
今年で私は十歳――魔法学校へと入学する年になった。
「リリア。今日、学校で使う物を買いにマギーア・ポーリに行くぞ」
「マギーア・ポーリ?」
アロウから告げられた言葉に、私は朝食のパンを口に放り込むのを止めた。
……マギーア・ポーリ。聞いた事のない名前だ。行く、という事は場所なのだろうが。
「なんですか?それ」
「魔法学校の敷地内をマギーア・ポーリと言うんだ。敷地内、と言っても小さな村程の広さはあるからな。魔法都市、という意味のマギーア・ポーリという名前が付いている」
「そんなに広いんだ……!なんか、楽しそうですね!」
「普通の街では見られない物や店が多くあるし、楽しいと思うぞ。学校で使う教材や魔法も、マギーア・ポーリ内にある店で買う事ができる。魔法都市と呼ばれるだけあって、魔法使い御用達の場所だぞ?」
「へぇ……!」
アロウの説明に、私の口角が上がっていく。――なんて、なんて夢のある話だ!と。
いや、これぞ転生物の醍醐味だ。
これまで修行続きの生活だったので、こんなに夢のある話は久々で興奮してしまう。
それが伝わったのだろう、アロウは私を見て笑っていた。
「朝食を食べて体術の修行を終えたら向かおうか」
「はいっ!」
――魔法都市、マギーア・ポーリ。そこは一体、どんな所なんだろう。
膨らむ期待を胸に、私は朝食を食べる手をドンドン進めていく。
そんな私を、頬杖をついたアロウが優しく見守っていたのは、その時の私は知らなかった。
*
「ここが、魔法都市・マギーア・ポーリ……!」
「どうだ?言った通り、広いだろう?」
横で得意げに言うアロウに、私は頷きながら目の前の光景を眺める。
レンガ造りの建物が立ち並び、歩道には街頭が設置され、花が飾られている。
都市と呼ばれるだけ広い、というのは嘘ではないらしい。車道では馬車が走っている。
アロウに「行こうか」と促され、私達は歩き出す。
『マギーア・ポーリか……僕も行きたかったなぁ』
体術を終わらせた後、マギーア・ポーリへ行くと告げた時のユーリの羨む顔を思い出した。
お土産を買うと約束してその場をやり過ごしたが……これは実際に来た方が楽しいだろう。
――ユーリさん。マギーア・ポーリ、来るだけで楽しいです!
そう思いながら、辺りを見渡しながら歩みを進めると、前を歩くアロウが足を止めた。
「着いた。ここだよ、リリア」
「……魔法書店、リーリエ?」
店の看板を読み上げると、アロウは店の扉に手をかけて躊躇なく店内へ入っていく。
私もそれに続き、店内へと足を踏み入れた。
「わ、素敵!」
その空間は、温かい色の光で照らされていた。
まるで古本屋のように年季が入った店だが、埃などは一つもない。しっかり清掃されているのだろう。
どんな本があるのか気になるが、歩みを止めないアロウに着いて行くのに必死でそれどころではない。
突き当りのカウンターでやっと足を止めたアロウは、そこにいる人物へ声を掛けた。
「久しぶりだな、リーリエ」
「……あら、アロウ様じゃないですか!」
眼鏡をかけた穏やかそうな女性は、話しかけてきたアロウを見て吃驚したような反応を見せた。
「本当にお久しぶりですね。……あら、そこの子、もしかしてお弟子さんですか?」
「ああ。この子はリリア。数年前に採った弟子だ」
「リリアです、よろしくお願いします」
「あらあら、しっかりしているのね。私はリーリエ、この魔法書店の店長よ。よろしくね、リリアさん」
魔法書店の店長――リーリエは、カウンターから身を乗り出し、柔らかく微笑んだ。
眼鏡をして柔らかい雰囲気を纏っているリーリエは、文系美女という感じだ。その微笑みも穏やかで、とても良い人そうな印象を受けた。そんな彼女にはもちろん、私も笑顔を返した。
「今年、リリアを魔法学校へ入れようと思っていてね。教材を一式、揃えて欲しい」
「まぁ、そうなんですか?それはおめでとうございます。用意しますので、少しお待ちいただけますか?」
そう返して、リーリエはカウンターの奥へと引っ込んだ。
奥からは「一年生の教材は……あ、いや、これは三年生用だわ……」という呟きが聞こえる。
少し待っていると「お、お待たせしました!」という明るい声と共にリーリエは戻ってきた。……何冊もの本を重そうに抱えて。
「これが一年生用の教材です!……ふぅ、重かった」
「お疲れ。リーリエは相変わらず力がないな」
「運動なんて滅多にしませんから……。きっと魔法使いの中でも、私が一番力がないんでしょうね。他に必要な物はございますか?」
「そうだな……。白紙のノートと、インクが出てくる方のペンも貰おう」
「それでしたらこちらですね、お好きな物を選んでください」
そう言ってリーリエが差した方を見れば、数種類のノートとペンが置いてあった。
アロウに「好きな物を選べ」と促され、私は青い表紙のノートと、ガラスで作られた美しいペンを選んでカウンターへ置いた。
「これください」
「はい、ありがとうございます。……このペン、綺麗よね。書き心地もいいし、私も愛用してるのよ」
「そうなんですか?使うのが楽しみです」
「滑らかな書き心地だから、きっと吃驚するわよ。……あ、お会計でよろしかったですか?」
朗らかな会話をしながら、リーリエはアロウへと問いかけた。
「ああ」と返事をして財布からお金を取り出し、トレイへと置く。
「……はい、丁度いただきました。お買い上げ、ありがとうございます」
「次は魔法の杖だな。じゃあまたな、リーリエ」
「リーリエさん、ありがとうございました!」
「うふふ、こちらこそ。素敵な杖を作れると良いわね。またね」
笑顔のリーリエに見送られ、私達は魔法書店を後にした。
私はリーリエの言葉を思い出し、アロウを見上げて問いかけた。
「先生。さっき、リーリエさんが〝素敵な杖を作れるといいわね〟って言ってたんですけど、杖って作ってもらうんですか?」
「ああ、そうだ。魔法の杖と言うのは、魔法使いにとって大切な物。それこそ、人生の相棒と言っても過言ではないほどにな。……そんな大切な存在だからこそ、魔法の杖と言うのはその魔法使いに合わせてオーダーメイドで作られる。凄腕の職人の手によってな」
「へぇ……!楽しそう!」
明るく呟いた後、私は「ん?」と首を傾げた。……アロウが杖を使っているのを、見たことがないのだ。
気になってしまったその疑問を、私は素直に口にした。
「先生。先生は、魔法の杖、持ってるんですか?」
「もちろん、持っている」
「杖は使わないんですか?」
「……色々あってな。杖はなるべく使わないようにしている」
「? そう、なんですか?」
「ま、お前が気にするほどの事じゃない」
――濁された。それを感じて、私は「そうですか」とだけ返した。
知られたくない事の一つや二つ、誰にでもある。
そうしていると、アロウは歩みを止めて振り返った。
「さ、着いたぞ。ここだ」
「……魔法杖専門店、ジェイル……!」
看板の名前を、期待を込めて読み上げれば「嬉しそうだな」と笑われた。
しかし私がこうなるのも仕方のない事だろう。
魔法の杖なんて、ファンタジー好きの人だったら誰だって欲しい代物だ。
アロウが店の扉を開けると、カランカランと来店のベルが鳴った。
横に広い店内だ。店内を歩けば、すぐにカウンターへと着いた。
「ジェイル、いるかー?」
「はーい!……アロウ様じゃないですか!やっと来てくれたんですね!」
アロウの呼びかけに、奥から男性が出てきた。
丸眼鏡をして甘い顔をした男性――ジェイルは、リーリエと同様、柔らかい印象を与える雰囲気を持っていた。
――魔法使いは穏やかな人が多いのだろうか?
考えながら見上げていれば、二人は親し気に会話を進めていた。
「お前も分かってるだろ。私は杖を使わないから、この店に来る必要性がないんだよ」
「そんな事言わないでくださいよー。僕、アロウ様の大ファンなんですよ?」
「ハハッ、それは悪かったな。……今日はこの子の杖を作りに来た。頼めるか?」
「この子?……ああ、もしかして、アロウ様のお弟子さんかな?」
カウンターから身を乗り出して私の存在を認知した彼は、にっこりと微笑みを浮かべて私を見た。
「僕はジェイル。この魔法杖専門店の主人をしているんだ、よろしくね」
「リリアと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
「リリアか。良い名前だね、よろしく。リリアは小さいのにしっかりしているね、僕が子供の頃と大違いだ」
あははっと笑いながら、ジェイルはこちらに手を伸ばし私の頭を撫でた。
……なんというか、彼からは天然たらしの雰囲気がする。もし精神年齢まで子供だったら恋してしまっているかもしれない。
「今日はリリアの杖を作るんだったね。それじゃあ早速、材料を選んでもらおうかな」
そう言って彼は、カウンター内の引き出しから材料を取り出して、カウンターの上に並べ始める。
それは様々な木の枝と、それと同様、様々な宝石達だった。
「さぁ、リリア。好きな枝と宝石、好きな物を一つずつ選んで。こういうのは直感が大切だ。良いな、と思った物を選べばいい」
「好きな物……」
ジェイルの説明に、私は材料となる木の枝と宝石に目を向ける。
……どれがいいのだろうか。正直、見ただけでは決められない。
「あの、ジェイルさん。触ってみてから決めても良いですか?」
「もちろん。手に取ってみてごらん」
にこやかに返したジェイルに微笑んで、まず私は木の枝に手を伸ばした。その時だった。
――パンッ。
「うぉお!?」
突然の破裂音と少しの痛みに、私は野太い悲鳴をあげた。見守っていたジェイルも「え?」と驚いている。
――私が手を伸ばした木の枝達が、四方八方に飛んで行ったのである。
サクラは風魔法を使うのが得意らしく、その威力は、魔法の当たった木がスパッと両断される程だった。
――サクラは怒らせないようにしよう。「褒めて」とでも言いたげに甘えてくるサクラを横にそう思ったのは、今では懐かしい記憶だ。
そして、アロウからはその他の魔法、攻撃したり日常で使える魔法の使い方や工夫の仕方を習った。
前世の記憶を持つ私は、この世界で生きてきた人とは感覚が違うのだろう。
たまに私から「こう使ったらどうか」という提案して「リリア、お前天才か?」と早速採用される事もあった。
ユーリとの修行も続いている。
彼は私に「呑み込みが早いから、すぐに教える事がなくなりそうだ」と言うが、きっとそれはない。
そう思ってしまうほど、ユーリという男は強いのだ。
体術だけではなく、剣術や槍術も手練れのこの美青年は、一体何者なんだろうか。
修行の合間には、冒険者ギルドの依頼をこなしたり、酒場オーリムに行ったりもしている。
依頼の内容は様々で、大体が野生の動物の討伐だ。
たまにサクラと同じように野生の魔使いの討伐依頼もあった。
しかし彼等はサクラと違い、敵意丸出しでこちらへ襲い掛かってきた。
最初、私はそれに戸惑っていたが、回数を重ねるごとに躊躇せずに討伐することができるようになっていた。
そんな依頼をこなした日は、必ずと言っていい程、酒場オーリムへ顔を出した。
冒険者ギルドでの稼ぎは中々に良い。その金を、オーリムに落としているのだ。
『リリアがたくさん来てくれて、すごく嬉しい!』
顔を出すたび、そう言ってシルワが喜ぶものだから、私もついつい嬉しくなってしまう。
シルワの嬉しそうな顔が嬉しいのだろう、私達が来るとオーリムはシルワに「一緒にご飯食べておいで」と言ってくれる。
そうやって忙しい日々を過ごし、いくつかの季節が過ぎた。
今年で私は十歳――魔法学校へと入学する年になった。
「リリア。今日、学校で使う物を買いにマギーア・ポーリに行くぞ」
「マギーア・ポーリ?」
アロウから告げられた言葉に、私は朝食のパンを口に放り込むのを止めた。
……マギーア・ポーリ。聞いた事のない名前だ。行く、という事は場所なのだろうが。
「なんですか?それ」
「魔法学校の敷地内をマギーア・ポーリと言うんだ。敷地内、と言っても小さな村程の広さはあるからな。魔法都市、という意味のマギーア・ポーリという名前が付いている」
「そんなに広いんだ……!なんか、楽しそうですね!」
「普通の街では見られない物や店が多くあるし、楽しいと思うぞ。学校で使う教材や魔法も、マギーア・ポーリ内にある店で買う事ができる。魔法都市と呼ばれるだけあって、魔法使い御用達の場所だぞ?」
「へぇ……!」
アロウの説明に、私の口角が上がっていく。――なんて、なんて夢のある話だ!と。
いや、これぞ転生物の醍醐味だ。
これまで修行続きの生活だったので、こんなに夢のある話は久々で興奮してしまう。
それが伝わったのだろう、アロウは私を見て笑っていた。
「朝食を食べて体術の修行を終えたら向かおうか」
「はいっ!」
――魔法都市、マギーア・ポーリ。そこは一体、どんな所なんだろう。
膨らむ期待を胸に、私は朝食を食べる手をドンドン進めていく。
そんな私を、頬杖をついたアロウが優しく見守っていたのは、その時の私は知らなかった。
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「ここが、魔法都市・マギーア・ポーリ……!」
「どうだ?言った通り、広いだろう?」
横で得意げに言うアロウに、私は頷きながら目の前の光景を眺める。
レンガ造りの建物が立ち並び、歩道には街頭が設置され、花が飾られている。
都市と呼ばれるだけ広い、というのは嘘ではないらしい。車道では馬車が走っている。
アロウに「行こうか」と促され、私達は歩き出す。
『マギーア・ポーリか……僕も行きたかったなぁ』
体術を終わらせた後、マギーア・ポーリへ行くと告げた時のユーリの羨む顔を思い出した。
お土産を買うと約束してその場をやり過ごしたが……これは実際に来た方が楽しいだろう。
――ユーリさん。マギーア・ポーリ、来るだけで楽しいです!
そう思いながら、辺りを見渡しながら歩みを進めると、前を歩くアロウが足を止めた。
「着いた。ここだよ、リリア」
「……魔法書店、リーリエ?」
店の看板を読み上げると、アロウは店の扉に手をかけて躊躇なく店内へ入っていく。
私もそれに続き、店内へと足を踏み入れた。
「わ、素敵!」
その空間は、温かい色の光で照らされていた。
まるで古本屋のように年季が入った店だが、埃などは一つもない。しっかり清掃されているのだろう。
どんな本があるのか気になるが、歩みを止めないアロウに着いて行くのに必死でそれどころではない。
突き当りのカウンターでやっと足を止めたアロウは、そこにいる人物へ声を掛けた。
「久しぶりだな、リーリエ」
「……あら、アロウ様じゃないですか!」
眼鏡をかけた穏やかそうな女性は、話しかけてきたアロウを見て吃驚したような反応を見せた。
「本当にお久しぶりですね。……あら、そこの子、もしかしてお弟子さんですか?」
「ああ。この子はリリア。数年前に採った弟子だ」
「リリアです、よろしくお願いします」
「あらあら、しっかりしているのね。私はリーリエ、この魔法書店の店長よ。よろしくね、リリアさん」
魔法書店の店長――リーリエは、カウンターから身を乗り出し、柔らかく微笑んだ。
眼鏡をして柔らかい雰囲気を纏っているリーリエは、文系美女という感じだ。その微笑みも穏やかで、とても良い人そうな印象を受けた。そんな彼女にはもちろん、私も笑顔を返した。
「今年、リリアを魔法学校へ入れようと思っていてね。教材を一式、揃えて欲しい」
「まぁ、そうなんですか?それはおめでとうございます。用意しますので、少しお待ちいただけますか?」
そう返して、リーリエはカウンターの奥へと引っ込んだ。
奥からは「一年生の教材は……あ、いや、これは三年生用だわ……」という呟きが聞こえる。
少し待っていると「お、お待たせしました!」という明るい声と共にリーリエは戻ってきた。……何冊もの本を重そうに抱えて。
「これが一年生用の教材です!……ふぅ、重かった」
「お疲れ。リーリエは相変わらず力がないな」
「運動なんて滅多にしませんから……。きっと魔法使いの中でも、私が一番力がないんでしょうね。他に必要な物はございますか?」
「そうだな……。白紙のノートと、インクが出てくる方のペンも貰おう」
「それでしたらこちらですね、お好きな物を選んでください」
そう言ってリーリエが差した方を見れば、数種類のノートとペンが置いてあった。
アロウに「好きな物を選べ」と促され、私は青い表紙のノートと、ガラスで作られた美しいペンを選んでカウンターへ置いた。
「これください」
「はい、ありがとうございます。……このペン、綺麗よね。書き心地もいいし、私も愛用してるのよ」
「そうなんですか?使うのが楽しみです」
「滑らかな書き心地だから、きっと吃驚するわよ。……あ、お会計でよろしかったですか?」
朗らかな会話をしながら、リーリエはアロウへと問いかけた。
「ああ」と返事をして財布からお金を取り出し、トレイへと置く。
「……はい、丁度いただきました。お買い上げ、ありがとうございます」
「次は魔法の杖だな。じゃあまたな、リーリエ」
「リーリエさん、ありがとうございました!」
「うふふ、こちらこそ。素敵な杖を作れると良いわね。またね」
笑顔のリーリエに見送られ、私達は魔法書店を後にした。
私はリーリエの言葉を思い出し、アロウを見上げて問いかけた。
「先生。さっき、リーリエさんが〝素敵な杖を作れるといいわね〟って言ってたんですけど、杖って作ってもらうんですか?」
「ああ、そうだ。魔法の杖と言うのは、魔法使いにとって大切な物。それこそ、人生の相棒と言っても過言ではないほどにな。……そんな大切な存在だからこそ、魔法の杖と言うのはその魔法使いに合わせてオーダーメイドで作られる。凄腕の職人の手によってな」
「へぇ……!楽しそう!」
明るく呟いた後、私は「ん?」と首を傾げた。……アロウが杖を使っているのを、見たことがないのだ。
気になってしまったその疑問を、私は素直に口にした。
「先生。先生は、魔法の杖、持ってるんですか?」
「もちろん、持っている」
「杖は使わないんですか?」
「……色々あってな。杖はなるべく使わないようにしている」
「? そう、なんですか?」
「ま、お前が気にするほどの事じゃない」
――濁された。それを感じて、私は「そうですか」とだけ返した。
知られたくない事の一つや二つ、誰にでもある。
そうしていると、アロウは歩みを止めて振り返った。
「さ、着いたぞ。ここだ」
「……魔法杖専門店、ジェイル……!」
看板の名前を、期待を込めて読み上げれば「嬉しそうだな」と笑われた。
しかし私がこうなるのも仕方のない事だろう。
魔法の杖なんて、ファンタジー好きの人だったら誰だって欲しい代物だ。
アロウが店の扉を開けると、カランカランと来店のベルが鳴った。
横に広い店内だ。店内を歩けば、すぐにカウンターへと着いた。
「ジェイル、いるかー?」
「はーい!……アロウ様じゃないですか!やっと来てくれたんですね!」
アロウの呼びかけに、奥から男性が出てきた。
丸眼鏡をして甘い顔をした男性――ジェイルは、リーリエと同様、柔らかい印象を与える雰囲気を持っていた。
――魔法使いは穏やかな人が多いのだろうか?
考えながら見上げていれば、二人は親し気に会話を進めていた。
「お前も分かってるだろ。私は杖を使わないから、この店に来る必要性がないんだよ」
「そんな事言わないでくださいよー。僕、アロウ様の大ファンなんですよ?」
「ハハッ、それは悪かったな。……今日はこの子の杖を作りに来た。頼めるか?」
「この子?……ああ、もしかして、アロウ様のお弟子さんかな?」
カウンターから身を乗り出して私の存在を認知した彼は、にっこりと微笑みを浮かべて私を見た。
「僕はジェイル。この魔法杖専門店の主人をしているんだ、よろしくね」
「リリアと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
「リリアか。良い名前だね、よろしく。リリアは小さいのにしっかりしているね、僕が子供の頃と大違いだ」
あははっと笑いながら、ジェイルはこちらに手を伸ばし私の頭を撫でた。
……なんというか、彼からは天然たらしの雰囲気がする。もし精神年齢まで子供だったら恋してしまっているかもしれない。
「今日はリリアの杖を作るんだったね。それじゃあ早速、材料を選んでもらおうかな」
そう言って彼は、カウンター内の引き出しから材料を取り出して、カウンターの上に並べ始める。
それは様々な木の枝と、それと同様、様々な宝石達だった。
「さぁ、リリア。好きな枝と宝石、好きな物を一つずつ選んで。こういうのは直感が大切だ。良いな、と思った物を選べばいい」
「好きな物……」
ジェイルの説明に、私は材料となる木の枝と宝石に目を向ける。
……どれがいいのだろうか。正直、見ただけでは決められない。
「あの、ジェイルさん。触ってみてから決めても良いですか?」
「もちろん。手に取ってみてごらん」
にこやかに返したジェイルに微笑んで、まず私は木の枝に手を伸ばした。その時だった。
――パンッ。
「うぉお!?」
突然の破裂音と少しの痛みに、私は野太い悲鳴をあげた。見守っていたジェイルも「え?」と驚いている。
――私が手を伸ばした木の枝達が、四方八方に飛んで行ったのである。
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