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エターナル・マザー編

黒衣の男

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イース・ガルダン


ガイは3人と別れ、東地区の中央にある闘技場を目指していた。
町は相変わらずの人の多さ。
その中をガイは不貞腐ふてくされながらも進んだ。

正直、"美食家"というものが理解できなかった。
そもそも、お姫様との婚約というのも興味はない。
旅の始まりから感じていたことだが、なぜクロードが"ナイト"という称号にこだわるのかガイはわからなかった。

「何か裏でもあるのか……」

ここまでの旅は全てクロードが先導してきたものだ。
そこに何か意味があったのか……ガイはそんなことを考えながらも町を歩いていた。


ある程度進んだあたりで、ある出店が目に入る。
それは武器を多く並べた武具屋だった。
ガイは足を止めて色んな武器が置かれた台をじっと見つめる。

気になったのか、店の店主と思われる初老の男が話しかけてきた。

「何か、お探しで?」

「あ、ああ……"カタナ"って武器あるかな?」

「カタナ?刀は無いな……あんなもの作れるのは東方の職人だけさ。普通の"ソード"とは違うからな」

「そうか……」

ガイはカトリーヌが使っていた武器である"カタナ"が気になっていた。
あそこまで優れた切れ味の武器は見たことがない。
ここに来てガイは様々な武器に興味を持ち始めていたのだ。

「君、ダガーを使うのかい?」

「え?ああ。最初に使った武器がこれだったから」

「なるほど。ダガーは小回りが効く、いい武器だと思う。だがリーチが短いから普通のソードなんかより相手に近づかないとダメだからね。デメリットもある」

「そうなんだよな……それで毎回やられてた気がしたから、少しリーチが欲しいと思って」

「それでカタナか……残念だがウチにはないからな。ダガーなら何本かあるが買ってくかい?」

「いや、今は大丈夫なんだ。すまない」

「そうか。また気が向いたら寄ってくれ」

店主はにこやかに言った。
悩みは尽きない。
なぜダガーを選んだのかと言えば低波動だと小さい武具でなければ扱えないと言われたからだった。
だが、実際に波動を使ってみたらその逆だった。

無理をしてダガーを使い続ける必要はない。
もっと自分に合った武器があるんじゃないか……そう考え始めていたのだ。

「だけど、波動を使う度に壊れるんじゃな……」

悩みは多い。
ため息混じりに俯くガイ。
店の前から移動しようとした時、"ドン"と前方から歩いて来た誰かにぶつかった。
衝撃でガイは後ろに尻餅をつく。

少し傷みを感じるが、大したことはない。
ガイはぶつかった相手を見上げるようにして見た。

「あ……」

ガイは相手の目を見た瞬間、固まった。
一切、動くことはできなかった。

真っ赤なアップバングの髪で後ろに細く結った髪を肩に流した若い男。
羽織った漆黒のロングコートには血管のような模様が這うように無数に入っている。
それは背中の一箇所に集まるように描かれていた。
コートの両ポケットに手を入れ、見開かれた鋭い眼光でガイを睨む。

その瞳はまるで獣だった。
今までにも色んな強者の瞳を見てきた。
"ゼニア・スペルシオ"
"レベル10の魔物・バフォメット"
"S級冒険者のカトリーヌ"

だが、そんなものは比較にならないほどの凄まじい圧をこの男から感じた。

恐らく今まで見てきた強者より何倍も強い……そうガイは一瞬にして感じた。

ガイが固まっていると、その男の後ろから、さらに若い男が姿をあらわした。
年齢はガイと同じくらいだろう。

短い青髪にローブを着た男だ。
ニコニコにながらガイに近づいてきた。

「あらら、すまないね」

そう言うとガイに手を差し伸べて起き上がらせる。

「うちのボスが申し訳ない」

「あ、いや、俺の方こそ前見てなくて」

「ねぇ、ボスも謝ったら?」

「……」

"ボス"と呼ばれた男はガイを一瞥いちべつすると、そのまま通り過ぎるように去った。
青髪のローブの男は呆れ顔で、ガイに再度謝ると、赤髪の男を追うようにして人混みに消えていった。

「な、なんだ……あの男は……」

ガイが唖然としていると、目の前の店の店主が声を上げた。

「すごいな……あの黒衣」

「え?」

「いや、あれは"ブラック・ラビット"っていう珍しい動物の皮で作ったコートだ」

「ブラック・ラビット?」

「そう。あの動物は小さくて、あんなに多くの皮を編み合わせて作った服なんて見たことないよ。しかも、もう絶滅しているはずだから、かなりレア物だね」

「そうなのか。まぁ暖かそうではあるけど……」

「暖かいってもんじゃないさ。あれは炎の波動使いなら誰でも欲しがる一品だろう」

「どういうことだ?」

「着ているだけで炎の波動数値を何十倍にも高めるって噂さ。まぁ実際のところは所持してる人間なんて初めて見たから、わからないけどね」

「へー」

ガイは2人が歩き去った方向を見たが、もうその姿は無かった。
それなのにじっと人混みを見つめる。
何故だかはわからないが、ガイは赤髪の男に惹かれていたのだ。

____________

男2人は路地を入ってすぐに、ある女性と合流した。
暗がりで全く人通りは無い。

女性は腰までありそうな黒のロングヘアに紫色のドレスを着ていた。
ドレスは胸元を強調した作りで、首から下げた波動石が谷間に落ちて色が見えない。
スカートは膝下まであり、両腰まで切れるようにしてスリットが入っていた。
肩までむき出しの両腕は火傷の跡でただれていた。

「セリーナ……遅かったじゃないか」

赤髪の男が言った。

「色々あったのよ」

「色々って、その腕か?」

「ええ。ワイルド・ナインの少年にやられちゃった」

「なんだと?」

赤髪の男は眉を顰める。
逆にセリーナはニヤリと笑った。

「なかなか面白い少年よ。若いけど、あの強さ……私たちの脅威になるわね」

「ふん。ガキなんだろ?」

「そうね。でも問題はそれだけじゃない。彼のパーティメンバーよ」

「パーティメンバー?」

「"クロード"だそうよ」

「……」

赤髪の男は目を見開く。
自然と熱が男の体から発せられるのがわかった。
そして、髪の色が真っ赤に発光し始める。

「あのクソ野郎だと?……だがヤツは昔、俺らが殺したはずだぞ」

「多分、あなたが言うクロードではない……印象が全然違うから」

「なに?どんなやつだったんだ?」

「長い黒髪を後ろに結った優男ってところかしら?」

「まさか……あいつか……」

「あいつ?」

「"死神"だ」

セリーナと青髪の男が顔を見合わせた。
赤髪の男は目を細めて少し考えると、黒いコートの胸ポケットに手を入れて何かを取り出す。
黒いレンズの入った逆三角形を模った眼鏡だった。
それを掛けると大きなため息をつく。

「ここに来てないことを祈るしかない。だが警戒はしておくべきだな」

「それが、そのサングラスってこと?」

「目を見られるわけにはいかない。ゼクスから聞いた話だ」

「なるほど」

「闘技大会はどうするの?」

「出るさ。"優勝賞品"は必ず手に入れなければならん」

「そう。じゃあ先に私はここを離れるわ。"月の剣"はアジトに運んでおくから」

「ああ。後で合流だな」

「死なないでね」

「誰にモノを言ってる?」

赤い髪の男の言葉に笑みをこぼすセリーナ。

「そうね。"六大英雄のゾルア・ガウス"を倒せる者なんていない……そう信じてるわ」

それだけ言うとセリーナは手を振って、その場を去った。

「行くぞ、レイ」

「ええ。仰せの通りに」

レイと呼ばれた青髪の男は、赤髪のゾルの背中を追い、2人で闘技場へと向かうのだった。
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