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英雄達の肖像編

惨殺追走

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クロードとメイアはコリンの自宅を出て、宿へ向かった。
宿に辿り着く頃には、もう日は落ち、辺りは暗くなっていた。

宿の前に座り込む人影がある。
その異様な姿に、前を通り過ぎる人々は横目で人影を見ていた。

「ガイか?」

壁に背をつけ項垂れた格好だ。
そんな姿のガイに2人は駆け寄る。

「ガイ、一体どうした。ローラと一緒じゃないのか?」

「お前らどこ行ってたんだよ」

俯きながらも、声を発するガイだが、その声は明らかに怒りが混ざる。

「ギルドで依頼を受けてこなしていた。何かあったのか」

「ローラの姉ちゃんが……死んだ」

「なんだと?次女のほうか?」

「いや、長女だと思うけど……」

クロードとメイアは顔を見合わせた。
ローラの姉と言えば2人いる。
長女は第一王宮騎士団の副団長で王都にいるはず。
クロードは眉を顰めつつ質問を続けた。

「なぜ長女がここにいる」

「なんでも、次の絵画コンクールのモデルだって言って……。他の騎士の連中は画家の仕業だと思ってるみたいだけど、リリアンが腑に落ちないって」

「どうしてだ?」

「俺にわかるわけないだろ。だからリリアンはクロードを連れて来いって」

「なるほどな。ローラは無事なんだな」

「ああ。今はスペルシオ家にいる」

その言葉にクロードとメイアは安堵した。

「ガイ、立てるか?」

「あ、ああ……」

ゆっくりと立ち上がるガイだが、その体は脱力し、いやに重かった。
メイアが手伝うために駆け寄って手を貸す。

「スペルシオ家に急ごう。詳しい話は歩きながら聞く」

クロードの言葉に頷くガイ。
表情は暗く、やりきないといった様子だった。
そんなガイと共にクロードとメイアはスペルシオ家に向かうため、貴族街を目指した。


____________



スペルシオ家に到着したガイ、メイア、クロードの3人は執事長の案内され、ゼニアの部屋に通された。

部屋は多くの灯りで照らされていた。
広い部屋の奥には天蓋ベッドがあり、中央には1人用のテーブルと椅子と至ってシンプルだった。

部屋の奥、ベッドの右横にリリアンが立つ。
入ってきた3人の姿を見ると笑みをこぼした。

「随分、遅かったね」

「すまない。こちらも仕事があってね」

「いや、突然の呼び出しだったから仕方ないさ。それよりも彼女を見てほしい」

そう言ってリリアンはベッドのほうを見た。
クロードが1人、ベッドへと近づき、リリアンの向かい側、左横に立つ。
部屋の入り口に残されたガイとメイア、執事長は3人とも息を呑みながら見守る。

「綺麗な女性だ」

「それを聞けば、彼女は喜んだろう」

横たわっているのは青髪の女性。
肌は青白く、寝ているかのようだが、もう息はしていない。
白いシルクのブランケットが首元まで覆うように、かけられていた。

「彼女の体を見てほしい」

「体?」

「ええ」

クロードは少しベッドに近づき、体にかけられたブランケットを捲る。
ゼニアは服もなにも着用していなかった。

「首にアザがあるな」

「頭にだけ布袋を被せられてた。その時に強く首を締められたようね」

「なるほど」

その言葉に動揺することなく、クロードはゼニアの体を見る。

「ん?」

「やっぱり、気づいたわね」

クロードは少しだけゼニアの肩を触ると、上にあげる。
覗き込むようにして見たのはゼニアの"背中"だった。

「私が気になっていたのは、この損傷で……」

そう言いかけた時、クロードは突然手をかざす。
リリアンは言いかけた言葉を止めた。
そして、すぐにクロードは口を開く。

「メイア、ローラの様子を見てきてくれ。彼女には誰かの支えが必要だ」

「え?……はい」

いきなりのクロードの言葉にメイアは困惑するが、執事長に促され、2人で部屋を出て行った。
2人が出ていく姿を目で追って首を傾げるガイ。

「突然どうしたんだよ」

「これは、メイアには刺激が強すぎる」

「どういう意味だよ」

ガイはゼニアが横たわるベッドの方へ向かう。
クロードの隣に立つと、ゼニアの遺体を目の当たりして心が揺れる。

「彼女の背中だ」

「背中?」

クロードが再度、背中が見えるように肩を持ち上げ、ガイが屈んで確認する。
そのゼニアの背中を見たガイは驚愕した。

「"背中の皮"が腰のあたりまで綺麗に剥がされる」

「そ、そんな……なんで、こんなことができるんだよ」

白いシーツが赤黒く染まっているのを見て、ガイは吐き気を感じる。
クロードはゆっくりと遺体を戻し、ブランケットをかける。

リリアンは大きくため息をつきつつ、重い口を開いた。

「君たちは、この町で起こってる事件のことは知ってるか?」

「惨殺事件だったか。それで、この町を封鎖しているんだろ?」

「ええ。この遺体は、その惨殺事件での被害者たちの特徴と一致する」

「なるほどな。ただの殺人なら町を封鎖するなんて仰々しいマネはしない。裏があると思ってはいたが、そういうことか」

そのクロードの言葉に眉を顰めるガイ。

「どういうことだ?」

「この事件の被害者は全員、若い女性なのよ。みな平民街で殺されて、背中の皮を剥がされていた。あまりにも異常な事件だったから、町を閉鎖したの」

「犯人は"氷の波動"の使い手か?」

リリアンは驚く。
その情報は誰にも伝えていないものだったからだ。

「なぜそれを?」

「冒険者ギルドで"ルガーラ"という男を捕まえただろ。その時に騎士団たちが彼に確認していた」

「そうか……氷の波動で一気に体温を下げて心臓を止める。そんな殺め方よ」

「なるほどな。皮を剥がすために極力、相手に傷を負わせないように……といったところか。彼はまだ拘束されてるのか?」

「ルガーラかい?確かまだ牢にいたはずよ」

「この事件が模倣犯でない限り、ルガーラは無実だろう」

「そうなるわね」

「公表は?」

「遺体の状態とかの事件の詳細な内容まではされていないわ。まぁ、目撃者や遺族が周りに話して広まってる可能性はあるけど」

「だとしても、この事件を模倣するのは難しいだろう。条件が厳しすぎる」

「そうね……こんなむごい殺し方は見たことが無いわ。ローラには辛い事実よ。知ってほしくはない」

「だが、いつかはローラの耳には入る」

「ええ……でも、その頃には、彼女がこの事実を受け止められるだけの強い心を持っていることを願うわ」

リリアンの言葉にガイの表情は暗くなる。
クロードもため息をつくが、構わず続けた。

「それより、君が腑に落ちないと言っていた件が気になるね」

「……あなたならもうわかってるのでは?」

そう言うリリアンの視線は真剣だった。
クロードはそんな彼女の鋭い視線に笑みを浮かべる。

「"犯人が画家であるはずがない"ということだろ?」

「ええ、そうよ」

これは先ほど昼頃にリリアンから言われたことと同じ内容だった。
"あるはずがない"とは、これ以上ないほどの断定だ。
だが、ガイにはどういう意味なのかわからなかった。

「彼女は水の波動の使い手で歴代最強と言われている女性と聞いた。そんな人間が、たかが画家に負けるはずは無い」

「それもあるわね」

「と言うと?」

「彼に会ってみたらわかるわ」

リリアンはそう言って、部屋の入り口へ移動する。
2人は促されるまま、この屋敷の地下にある牢へ、リリアンと共に移動した。
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