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紫電のリリアン

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湿地帯の温度は上昇していた。

荷馬車を背負うような形で立つセリーナ。
左腕を焼かれた痛みで意識が飛びそうになるが、それでも唇を噛んで耐えた。

数十メートル先、炎を飛ばした主であるガイを睨んだ。

瞬間、セリーナは息を呑む。
遠くにいたはずのガイは一瞬で目の前に到達していたのだ。
大きく飛び跳ね、振り上げられた炎を纏ったレイピア。
セリーナはすぐさま次の行動を思考する。

「これで終わりだ!!」

ガイの声が響き渡るが、セリーナは冷静に対処した。

セリーナの長い髪の毛は一本、一本を静電気で動かしている。
それをつなぎ合わせて長い糸のように操っているが、今回もそれを高速でおこなった。

「"雷髪らいはつ金鉄糸きんてっし"」

左手の人差し指を地面に向ける。
すると雷撃を纏った髪はすぐに地面をつたってガイの後方へ。
さらにガイの腕へ向かって突き上がり、一瞬で両手首に巻きついた。

「なに!?」

ガイはそのまま後方へ引っ張られる。
セリーナはニヤリと笑うと、右手のひらをガイの胸へ当てた。

「"雷髪らいはつ掌雷しょうらい"」

「がはぁ!!」

雷が落ちたような轟音が周囲に響き渡る。
ガイは吹き飛ぶが、その際、持っていた剣を離してしまった。
すぐにセリーナは剣に黒い糸を巻きつけ奪う。

ガイは地面を数百メートルほど転がり、ようやく止まった。

「まさか、少年君がワイルド・ナインとはね。でも、まだ戦闘は素人みたいで助かったわ」

「クソ……」

「私の"掌雷"を受けて意識があるなんて。どんな体してるのかしら?」

ガイはそれだけでなく、体を震わせながらも立ち上がりそうな勢いだった。
セリーナはその姿に笑みを溢す。

「あなたのことは気に入ってるし、殺したくはないけど、さすがに"ワイルド・ナイン"は脅威だわ。ここでトドメを刺しておきましょうか。でも、その前に……」

セリーナは奪ったレイピアを持ち、逆手持ちで振り上げる。
地面に突き刺そうとしているが、そこには気を失っているローラがいた。

「どんなふうに鳴くのかしら?考えただけで興奮するわね」

そう言って不気味な笑みを浮かべるセリーナ。
だが、その表情はすぐに変わった。

倒れているガイから二つの炎を纏った"円盤"が飛ぶ。
それは何かが高速回転しているようだ。

「なに!?」

二つの円盤はセリーナへ向う。
空を切るほど、凄まじいスピードだった。

間一髪、しゃがんで回避するが、セリーナの背後にあった荷馬車の荷台に直撃し炎上する。

「これは、まずい……」

そう呟くセリーナは燃える荷台を見つめた。
馬は暴れ、接続された紐が解けると、その場から駆けて逃げていった。

炎上した荷台がガタガタと揺れる。
さらに紫色の雷撃が走ると荷台に稲妻が落ち、その衝撃で炎は吹き飛んで荷台も粉々に砕け散った。

「やってくれたわね。初任務だったのに、始末書ものだわ」

「リリアン・ラズゥ……」

白い煙が上がり、その中でバチバチと雷撃が走っているが、すぐに強い風が吹いて声の主が姿を現した。

そこには紫色のロングヘアの女性がいた。
幼さはあるがキリッとした顔立ちは、それ以上に大人を感じさせる。
服はボロボロの大きい布の服で、明らかに体に対して合っていなかった。

「私の服、返してもらうわよ」

「今さら無理ね。この服を返しちゃったら帰るのに困ってしまうから」

この状況のマズさが、セリーナの額に汗をかかせた。
"リリアン"と呼ばれた女性の強さはセリーナが一番よくわかっていたからだ。

「私は撤退させてもらうわ。欲しいものは手に入れたし」

「逃すわけないでしょ。あなたを逃したら私の立場が無い」

「今回の失敗は、また別の機会で挽回しなさい。私はこれで失礼させてもらう」

「それは、この私、第九王宮騎士団、団長リリアン・ラズゥが許さない!!」

そう言って鋭い眼光をセリーナへ向ける。
お互いの距離は数メートルほどしかなかった。

リリアンの周囲にバチバチと"紫色の雷撃"が走り始め、髪の毛も少し逆立ってくる。

そして左手を前に出すと、親指で人差し指を弾く。

「"紫電の強弓"」

紫色の細く綺麗な直線がセリーナへ向かう。
到達は一瞬だった。
セリーナは反応し、雷撃を目の前に発生させてガードするが、衝撃で後方へと吹き飛ばされる。

「くっ!!」

痺れと痛みで表情を歪めるセリーナ。
地面を転がるが、すぐさま受け身を取って膝つく。
凄まじい衝撃だったが、それでも手に持った"月の剣"は離さなかった。

「"波動数値"の勝負なら負けない。これでも女学校時代は学年一位だったのよ」

「威力でわかる……4、50万はあるわね」

「二度はあっても三度目はない。あなたはここで捕縛する」

「できるのかしら?」

「ええ。私は一人じゃないみたいだから。後ろ、なにか来てるわよ」

「え?」

リリアンの不意の言葉に振り向くセリーナ。
至近距離、渦を巻く炎を纏った右ストレートを溜めた少年。

「ワイルド・ナイン!!」

「これでも食らえぇぇぇ!!」

ガイの打った右ストレートをセリーナはクロスガードした。
ズドン!という轟音と共に熱波が円形上に広がる。
火炎はセリーナの腕をさらに焼き、それは肩、喉、頬まで上る。

ガイが拳を振り抜くと、セリーナはリリアンの方へと戻るように吹き飛ばされた。

「"紫電の強弓"!」

空中にいるセリーナに、さらに雷の矢が飛ぶ。
回避不可能の状況だが、セリーナは横方向に手を伸ばすと、雷撃が近くの"木"に走り、黒い糸が巻き付いた。

一気にセリーナは空中から、黒い糸を巻きつけた木の方向へと高速移動し、リリアンの紫電を回避する。

着地したセリーナの息は荒かった。

「流石に二対一は厳しいわ。それに私の波動量はそう多くはないし」

そう言ってセリーナは地面に手を当てた。
バチバチと体から雷撃が発生している。

「逃がさないわ!!」

リリアンが叫ぶが、セリーナの波動は瞬時に発動する。
すでに濡れた地面には四方八方に細く黒い糸が張り巡らされていた。

「戦いは終わりのことまで考えて行動すること……私からの助言よ」

瞬間、黒い糸に雷撃が走る。
すると地面が浮き上がるほどの振動が広がると、水分が巻き上がり、一瞬で蒸発した。

白い霧が周囲を包み込み、視界が遮られてしまった。

「じゃあね少年君。君とはまた会えそうな気がするわ」

「待て!!」

リリアンは叫ぶが、それに対しての返答はなかった。
霧が晴れると、そこにはセリーナの姿は無く、ガイとリリアン、気を失い倒れるローラだけが取り残されていたのだった。
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