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13:約束の期日(1)
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あの食べ歩きデート以来、ジェレミーは毎日のように公爵邸を訪れるようになった。
新しくできたカフェに行こう。
異国の劇団がきているらしいから見に行こう。
街の酒場に行こう。
毎日訪れてはリリアンを屋敷から連れ出すジェレミー。彼女はそれを、『婚約を解消した自分が暇をしていると気を使ってくれているのだ』と捉えていた。
「おかしい」
ロイヤルガーデンの薔薇を摘みながら、ジェレミーは眉間に皺を寄せた。
何度も好きだと伝えた。
特別な女性にしか贈らないような贈り物もした。
彼女はそれを恥ずかしそうにしながらも、笑顔で受けとった。
そして、昨日は腕を組んで歩いた。
それなのに、あの鈍感娘はジェレミーの想いに気付く気配がない。
「何がいけないんだと思う?」
「僕に聞かれても困ります」
15で騎士団に入隊し、そこからなんやかんやあり、気づいたら第二皇子の騎士……、ではなく補佐官になっていた仕事一筋の男に女の落とし方など聞くものではない。
キースは自分でそう答えつつ、そんな返答しか言えない自分が悲しくなった。
「あの、殿下。今日が最後ですけど……」
「わかっている」
「今日中にどうにかしないと。せっかく無理を言って礼拝の日をずらしてもらったのに無駄になりますよ」
「わかっているって。しかし、今日で最後だからこそだからこそ慎重にいくべきだろう」
正直、普通の女ならもうすでに落ちているはずだ。だが、リリアンにその気配はない。
もう少し時間をかければ彼女の気持ちがこちらに傾いてくれそうな気もするが、期限は待ってくれない。
ジェレミーは手折った薔薇をキースに託すと、公爵邸に行く準備をしろと命じた。
するとキースは少し悩んだ後、遠慮がちに口を挟んだ。
「殿下。今日は夜に公爵家を訪れてみてはどうでしょう」
「夜?」
「今まで昼間に会っていたじゃないですか。その時のお二人は確かに仲が良かったですが、どこか今までの幼なじみの雰囲気のままだったというか、色気がないというか……」
楽しい時間を過ごしているが、リリアンの行きたいところに合わせているせいか、大人のデートというには些か子供っぽい時間の過ごし方だった。
リリアンも今年で20歳。もういい歳だ。
最後の日くらい、夜に大人なデートをしてみるのも良いのではないかとキースは言う。
「夜に会えば、また違った雰囲気のデートができるのではないかと」
「なるほどな」
「よければ、最近話題のレストランのディナーを手配しましょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」
キースはペコリと頭を下げると、すぐにディナーの手配をしに走った。
ジェレミーは一人温室に残り、青い薔薇を1本手折った。
「リリアン……」
この色はリリアンを彷彿とさせる色。ジェレミーはこの薔薇を見るたびに彼女のとこを思い浮かべていた。
今日が最後。今夜、きちんと自分の気持ちを伝えて、リリアンとの関係を一旦リセットせねばならない。
彼女の答えがイエスだろうとノーだろうと、二人の関係は確実に変わる。
「ま、受け入れてもらえるなんて思ってないけど」
たった1日、ディナーをともにしただけで、リリアンの自分に対する認識が変わるなんて本気で思っているわけではない。
それでも気持ちを伝えないという選択肢はもうない。
「せっかくもらえたチャンスなんだ。頑張ろう」
今までは気持ちを伝えるチャンスすらも与えられなかった。
なぜなら、ジェレミーの彼女に対する感情は、持つこと自体が許されないものだから。
いつからか、その感情を持ってしまったと自覚してからは、自分の思いが外に漏れ出ないよう必死になって隠してきた。
率直に言えば、それは苦しくて辛い日々だった。
兄の隣で笑うリリアンを見て、その隣で笑うことも、手を引いて連れ去ることもできない。
公式の場で、兄にエスコートされるリリアンの後ろ姿をただ眺めることしかできない。
なんの苦行がと思ったこともあった。全てを投げ打って、奪ってしまおうかと思ったこともある。
それでも、彼女の近くに居続けることができるのであれば、ずっと我慢できると思っていた。
でもあの日。自分が他の女と結婚するという未来が現実のものになるかもしれないと知ったあの日。
ジェレミーは直感的に『無理だ』と思った。
こんなにリリアンを想っているのに、他の女に気持ちを割く余裕など、彼にはないのだ。
きっと、どんなに美しい姫君がジェレミーの前に現れたとしても、『チャンスすら与えられなかった』という思いが邪魔をして、彼はリリアンを忘れることができない。
皇族として、結婚せねばならないことはわかっている。けれどこのままではダメだ。
不本意な結婚を受け入れるためにも、一度ちゃんと、気持ちを清算する必要がある。
「……好きだよ。リリー」
ジェレミーは青い薔薇の花びらにそっと口付けると、温室を後にした。
新しくできたカフェに行こう。
異国の劇団がきているらしいから見に行こう。
街の酒場に行こう。
毎日訪れてはリリアンを屋敷から連れ出すジェレミー。彼女はそれを、『婚約を解消した自分が暇をしていると気を使ってくれているのだ』と捉えていた。
「おかしい」
ロイヤルガーデンの薔薇を摘みながら、ジェレミーは眉間に皺を寄せた。
何度も好きだと伝えた。
特別な女性にしか贈らないような贈り物もした。
彼女はそれを恥ずかしそうにしながらも、笑顔で受けとった。
そして、昨日は腕を組んで歩いた。
それなのに、あの鈍感娘はジェレミーの想いに気付く気配がない。
「何がいけないんだと思う?」
「僕に聞かれても困ります」
15で騎士団に入隊し、そこからなんやかんやあり、気づいたら第二皇子の騎士……、ではなく補佐官になっていた仕事一筋の男に女の落とし方など聞くものではない。
キースは自分でそう答えつつ、そんな返答しか言えない自分が悲しくなった。
「あの、殿下。今日が最後ですけど……」
「わかっている」
「今日中にどうにかしないと。せっかく無理を言って礼拝の日をずらしてもらったのに無駄になりますよ」
「わかっているって。しかし、今日で最後だからこそだからこそ慎重にいくべきだろう」
正直、普通の女ならもうすでに落ちているはずだ。だが、リリアンにその気配はない。
もう少し時間をかければ彼女の気持ちがこちらに傾いてくれそうな気もするが、期限は待ってくれない。
ジェレミーは手折った薔薇をキースに託すと、公爵邸に行く準備をしろと命じた。
するとキースは少し悩んだ後、遠慮がちに口を挟んだ。
「殿下。今日は夜に公爵家を訪れてみてはどうでしょう」
「夜?」
「今まで昼間に会っていたじゃないですか。その時のお二人は確かに仲が良かったですが、どこか今までの幼なじみの雰囲気のままだったというか、色気がないというか……」
楽しい時間を過ごしているが、リリアンの行きたいところに合わせているせいか、大人のデートというには些か子供っぽい時間の過ごし方だった。
リリアンも今年で20歳。もういい歳だ。
最後の日くらい、夜に大人なデートをしてみるのも良いのではないかとキースは言う。
「夜に会えば、また違った雰囲気のデートができるのではないかと」
「なるほどな」
「よければ、最近話題のレストランのディナーを手配しましょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」
キースはペコリと頭を下げると、すぐにディナーの手配をしに走った。
ジェレミーは一人温室に残り、青い薔薇を1本手折った。
「リリアン……」
この色はリリアンを彷彿とさせる色。ジェレミーはこの薔薇を見るたびに彼女のとこを思い浮かべていた。
今日が最後。今夜、きちんと自分の気持ちを伝えて、リリアンとの関係を一旦リセットせねばならない。
彼女の答えがイエスだろうとノーだろうと、二人の関係は確実に変わる。
「ま、受け入れてもらえるなんて思ってないけど」
たった1日、ディナーをともにしただけで、リリアンの自分に対する認識が変わるなんて本気で思っているわけではない。
それでも気持ちを伝えないという選択肢はもうない。
「せっかくもらえたチャンスなんだ。頑張ろう」
今までは気持ちを伝えるチャンスすらも与えられなかった。
なぜなら、ジェレミーの彼女に対する感情は、持つこと自体が許されないものだから。
いつからか、その感情を持ってしまったと自覚してからは、自分の思いが外に漏れ出ないよう必死になって隠してきた。
率直に言えば、それは苦しくて辛い日々だった。
兄の隣で笑うリリアンを見て、その隣で笑うことも、手を引いて連れ去ることもできない。
公式の場で、兄にエスコートされるリリアンの後ろ姿をただ眺めることしかできない。
なんの苦行がと思ったこともあった。全てを投げ打って、奪ってしまおうかと思ったこともある。
それでも、彼女の近くに居続けることができるのであれば、ずっと我慢できると思っていた。
でもあの日。自分が他の女と結婚するという未来が現実のものになるかもしれないと知ったあの日。
ジェレミーは直感的に『無理だ』と思った。
こんなにリリアンを想っているのに、他の女に気持ちを割く余裕など、彼にはないのだ。
きっと、どんなに美しい姫君がジェレミーの前に現れたとしても、『チャンスすら与えられなかった』という思いが邪魔をして、彼はリリアンを忘れることができない。
皇族として、結婚せねばならないことはわかっている。けれどこのままではダメだ。
不本意な結婚を受け入れるためにも、一度ちゃんと、気持ちを清算する必要がある。
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