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14:約束の期日(2)
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「おかしい」
リリアンは侍女のケイトが入れる紅茶の香りを嗅ぐと、険しい顔でカップに口をつけた。
ケイトは味がおかしかったのかと心配するが、彼女は首を横に振る。
「違うのよ、ケイト。お茶はいつも通り美味しいわ」
「では、一体何がおかしいのでしょうか」
「ジェレミーよ」
「ジェレミー殿下ですか?」
「ええ。あなたも知っているでしょう? 婚約が解消されて、公爵邸に戻ってきてから毎日のように顔を出してくれるの」
「そうですね」
「多分、私が婚約の解消を聞いて落ち込んでると思っているのよ。詳しくは言えないけれど、この婚約の解消はあの子にも原因があるから」
「……そうですか」
「責任感じているのかなぁ。気にしなくていいのに……」
最近のジェレミーはいつもよりずっと優しくて、いつもより良く笑うけど、時折寂しそうな顔をする。
それが何故なのか、リリアンは考えてもわからなかった。
「どうしたんだろ……?」
何か悩みがあるのなら相談して欲しい。
そう言ってため息をこぼすリリアンに、ケイトは生暖かい視線を送った。
「お嬢様は時々ポンコツでいらっしゃいますよね」
「え、何よ急に。ひどい」
唐突の暴言にリリアンは頬を膨らませた。
ケイトは彼女に近づくとその風船のように膨らんだ頬を押して、グッと顔を近づけた。
「ひどいのはお嬢様かと」
「な、何よ。何がひどいのよ」
「お嬢様が鈍いせいで、使用人たちがジェレミー殿下の屋敷への出入りをあからさまに嫌がっております」
「どうして?」
「皆、殿下がお嬢様につきまとっていると思っているのでしょう。このままでは6年前のようになりそうです」
「……し、執事長はなんと?」
「使用人の再教育に力を入れるとのことです」
ジッと非難するような目で見てくるケイトに、リリアンは気まずそうに目を逸らせた。
実は6年前。リリアンがヨハネスと婚約した頃、ヨハネスはよく公爵家を訪れていた。
その時にジェレミーも兄と共に公爵家を訪れていたのだが、当時は今よりも『下の皇子は皇后の不義の子』という噂が広まっていたため、噂を聞いた一部の使用人たちが暴走して陰でジェレミーに嫌がらせをしていたのだ。
それを知ったハイネ公爵は激怒し、その使用人たちを即時解雇した。これは不敬罪で首を切られてしまうかもしれない使用人たちへの配慮でもあったのだが、公爵から謝罪を受けたジェレミーは、使用人たちを解雇してくれたため、この事は大ごとにならずに済んだ。
しかし、一歩間違えは公爵家と皇家の関係性を崩しかねない大問題に発展するところだったわけで、ケイトはもうそんな風にヒヤヒヤしたくないとため息をこぼした。
「お嬢様がはっきりとジェレミー殿下との関係性を明言しないから、使用人が暴走しそうになっているのです」
「関係性って……、ただの幼なじみよ。弟みたいなものだわ」
「それ、本気でおっしゃってます?」
「……どういう意味よ」
「私もつい4、5日ほど前まで気がつきませんでしたが、ジェレミー殿下は明らかにお嬢様を好いていらっしゃいます」
「そりゃあそうでしょう! 私たちは仲良しですもの。私だってジェレミーが大好きよ?」
「いや、そういうことではなくて……」
『好き』に込められた意味が違う。
ジェレミーの好きは明らかに『恋愛』の意味での好きだ。リリアンのような『親愛』の情ではない。
(使用人たちすらも気付いているのに。なぜうちのお嬢様は気づかないのか……)
ケイトは自分のお嬢様が思っていたよりも鈍いことに額を抑えた。頭痛がする。
(使用人たちは、ジェレミー殿下がずっとお嬢様に恋情を抱いていたにも関わらず、それを隠してお嬢様のそばにいたことに嫌悪感を抱いているわ)
兄の婚約者に横恋慕していたという事実と、それを隠してずっとそばにいたという事実。
それは好意的に捉えてれば一途な片思いにも見えるが、否定的に捉えればリリアンやヨハネスに対する裏切りとも言える。
そして使用人の解釈はまさしく後者だった。
「まあいいです。ジェレミー殿下も今日で決着をつけるおつもりでしょうから、いやでも自覚なさるでしょう」
ケイトは呆れたようにそう言うと皇城の伝令が持ってきた手紙をリリアン渡した。
その手紙の内容は、今夜一緒にディナーでもどうだというものだった。
「あら、珍しい。ディナーですって」
最近、平民に扮して街を散策してばかりだったリリアンは小首を傾げる。
「なかなか予約の取れないレストランです。そこの個室なんて、きっと皇家の権力を使ったのでしょうね」
「それこそ珍しいわね。ジェレミーは皇家の立場を利用するのを嫌がるのに」
「それだけ本気ってことです」
「何が本気なの?」
「……とりあえず、今夜に向けて準備しましょう。最近町娘スタイルが板についてきてしまって、本来のお嬢様の輝きが失われつつありますので、このケイト、腕によりをかけて磨かせていただきます」
「だから本気って何?」
ケイトはキョトンとするリリアンに一瞥をくれると、パンパンと手を叩き、メイドたちを呼んだ。
それからみっちり2時間。
リリアンはツルツルスベスベに磨かれたらしい。
リリアンは侍女のケイトが入れる紅茶の香りを嗅ぐと、険しい顔でカップに口をつけた。
ケイトは味がおかしかったのかと心配するが、彼女は首を横に振る。
「違うのよ、ケイト。お茶はいつも通り美味しいわ」
「では、一体何がおかしいのでしょうか」
「ジェレミーよ」
「ジェレミー殿下ですか?」
「ええ。あなたも知っているでしょう? 婚約が解消されて、公爵邸に戻ってきてから毎日のように顔を出してくれるの」
「そうですね」
「多分、私が婚約の解消を聞いて落ち込んでると思っているのよ。詳しくは言えないけれど、この婚約の解消はあの子にも原因があるから」
「……そうですか」
「責任感じているのかなぁ。気にしなくていいのに……」
最近のジェレミーはいつもよりずっと優しくて、いつもより良く笑うけど、時折寂しそうな顔をする。
それが何故なのか、リリアンは考えてもわからなかった。
「どうしたんだろ……?」
何か悩みがあるのなら相談して欲しい。
そう言ってため息をこぼすリリアンに、ケイトは生暖かい視線を送った。
「お嬢様は時々ポンコツでいらっしゃいますよね」
「え、何よ急に。ひどい」
唐突の暴言にリリアンは頬を膨らませた。
ケイトは彼女に近づくとその風船のように膨らんだ頬を押して、グッと顔を近づけた。
「ひどいのはお嬢様かと」
「な、何よ。何がひどいのよ」
「お嬢様が鈍いせいで、使用人たちがジェレミー殿下の屋敷への出入りをあからさまに嫌がっております」
「どうして?」
「皆、殿下がお嬢様につきまとっていると思っているのでしょう。このままでは6年前のようになりそうです」
「……し、執事長はなんと?」
「使用人の再教育に力を入れるとのことです」
ジッと非難するような目で見てくるケイトに、リリアンは気まずそうに目を逸らせた。
実は6年前。リリアンがヨハネスと婚約した頃、ヨハネスはよく公爵家を訪れていた。
その時にジェレミーも兄と共に公爵家を訪れていたのだが、当時は今よりも『下の皇子は皇后の不義の子』という噂が広まっていたため、噂を聞いた一部の使用人たちが暴走して陰でジェレミーに嫌がらせをしていたのだ。
それを知ったハイネ公爵は激怒し、その使用人たちを即時解雇した。これは不敬罪で首を切られてしまうかもしれない使用人たちへの配慮でもあったのだが、公爵から謝罪を受けたジェレミーは、使用人たちを解雇してくれたため、この事は大ごとにならずに済んだ。
しかし、一歩間違えは公爵家と皇家の関係性を崩しかねない大問題に発展するところだったわけで、ケイトはもうそんな風にヒヤヒヤしたくないとため息をこぼした。
「お嬢様がはっきりとジェレミー殿下との関係性を明言しないから、使用人が暴走しそうになっているのです」
「関係性って……、ただの幼なじみよ。弟みたいなものだわ」
「それ、本気でおっしゃってます?」
「……どういう意味よ」
「私もつい4、5日ほど前まで気がつきませんでしたが、ジェレミー殿下は明らかにお嬢様を好いていらっしゃいます」
「そりゃあそうでしょう! 私たちは仲良しですもの。私だってジェレミーが大好きよ?」
「いや、そういうことではなくて……」
『好き』に込められた意味が違う。
ジェレミーの好きは明らかに『恋愛』の意味での好きだ。リリアンのような『親愛』の情ではない。
(使用人たちすらも気付いているのに。なぜうちのお嬢様は気づかないのか……)
ケイトは自分のお嬢様が思っていたよりも鈍いことに額を抑えた。頭痛がする。
(使用人たちは、ジェレミー殿下がずっとお嬢様に恋情を抱いていたにも関わらず、それを隠してお嬢様のそばにいたことに嫌悪感を抱いているわ)
兄の婚約者に横恋慕していたという事実と、それを隠してずっとそばにいたという事実。
それは好意的に捉えてれば一途な片思いにも見えるが、否定的に捉えればリリアンやヨハネスに対する裏切りとも言える。
そして使用人の解釈はまさしく後者だった。
「まあいいです。ジェレミー殿下も今日で決着をつけるおつもりでしょうから、いやでも自覚なさるでしょう」
ケイトは呆れたようにそう言うと皇城の伝令が持ってきた手紙をリリアン渡した。
その手紙の内容は、今夜一緒にディナーでもどうだというものだった。
「あら、珍しい。ディナーですって」
最近、平民に扮して街を散策してばかりだったリリアンは小首を傾げる。
「なかなか予約の取れないレストランです。そこの個室なんて、きっと皇家の権力を使ったのでしょうね」
「それこそ珍しいわね。ジェレミーは皇家の立場を利用するのを嫌がるのに」
「それだけ本気ってことです」
「何が本気なの?」
「……とりあえず、今夜に向けて準備しましょう。最近町娘スタイルが板についてきてしまって、本来のお嬢様の輝きが失われつつありますので、このケイト、腕によりをかけて磨かせていただきます」
「だから本気って何?」
ケイトはキョトンとするリリアンに一瞥をくれると、パンパンと手を叩き、メイドたちを呼んだ。
それからみっちり2時間。
リリアンはツルツルスベスベに磨かれたらしい。
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