【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

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12:デート(3)

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 あれは6年前のこと。帝国の北の森、隣国との国境近くで魔獣のスタンピードが起きたため、浄化の魔法師としてリリアンが魔物討伐に同行した時の話。
 その森で帝国の討伐軍は、当時関係が最悪だった隣国の討伐軍と出会したのだ。
 気性の荒い自国の魔法師と気性の荒い敵国の魔法師。
 そこでチンピラ同士の喧嘩が起こるのは最早必然だった。
 そんな両者が睨みを効かせる中、このままでは危うく戦争になりそうというところを、リリアンはたった1人で仲裁に入ったらしい。
 なかなか、森の浄化が進まずにイライラしていたのだろう。
 彼女は父親であるハイネ公爵もびっくりなほどの剣幕で両軍の魔法師を睨みつけ、ドスの効いた低い声で

『てめーらのすべき事は何だ? ここには戦争に来たのか? あ?』
『違うと言うのなら集中しろ。仕事しろ。人間じゃなく魔獣を始末しろ』
『口答えすんな。殺すぞ。給料泥棒が。死ね』
『上官命令を無視する軍人に生きてる価値なんてねぇんだよ、害虫が。駆除すんぞ、コラ』

 と言い放った。
    知りうる限りの罵詈雑言を浴びせるリリアン。
    さっきまでニコニコと柔らかい雰囲気を纏っていた無邪気で愛らしいご令嬢の豹変ぶりに恐れをなしたのか、チンピラ軍人は当時わずか14才の、それこそ剣も持たないリリアンにひれ伏すと、その後鬼神の如き働きを見せたとか。
 『怖かった』なんて言っているが、怖かったのは向こうの討伐軍だったはずだ。

「フッ。二重人格……」

   今でも当時のことを鮮明に覚えているジェレミーは、ついに堪えきれずに吹き出した。
 今でこそ皇子の婚約者として落ち着いた貴族令嬢の皮をかぶっているが、本当の彼女はそれとは真逆の性格をしている。
 そもそも普通の貴族令嬢は、たとえ浄化の才能があったとしても魔獣の討伐になどいかない。
 それなのに嬉々として討伐に向かう上に、その危険な討伐でのご飯について懐かしそうに語っているのだから、リリアンは普通ではない。
 『さすが、ハイネ家の娘だ』と笑いがとまらないジェレミーに、リリアンは頬を膨らませてポカポカと彼の背中を叩いた。

「あの時は仕方がなかったのよ! 喧嘩どころではなかったし、ね? わかるでしょう!?」
「そうだな、仕方がなかったな。ククッ」
「もう! 笑わないでよ!」
「笑ってない」
「笑ってる!」
「笑ってないってば」
「嘘じゃん! 絶対笑ってるもん!」

    焼き鳥片手に『笑ってる』『笑っていない』の言い合いをしながら戯れ合う二人。その姿は側からみれば、ただの仲の良い恋人同士に見えた。
 おそらく行き交う人々の目にも、屋台のおやじの目にもそう映っただろう。
 ジェレミー自身もリリアンとのこの雰囲気は悪くないと感じていた。

(口調も態度も、兄上といる時より砕けているし、距離感も近い……)

    ジェレミーが年下だからだろうか。それともジェレミーには心を許しているからだろうか。リリアンはいつも、彼の前でだけ、他の人には見せない姿を見せる。
 彼女自身が自覚していなくとも、深層心理の部分で自分が一番彼女に近い存在となっていれば良いのに。そう強く思う。 

 ジェレミーは不意にリリアンの髪に触れると、結っていたおさげを片方だけ解いた。
 彼女の艶やかな銀髪がふわりと風に揺れる。

「何するのよ、せっかく変装したのに」
「おさげより、髪を解いている方が好きだ」
「あらそう? じゃあ解こうかしら」
「あと、眼鏡も。ない方が好き」
「そう?」
「うん。好き」

    リリアンはジェレミーが言うならと、もう片方のおさげを解き、眼鏡を外してローブのフードを被った。
 
「好きだよ、リリー」
「ん? ありがとう?」
「うん、可愛い。好き」
「どうも? そんなに褒めても何もでないわよ?」

   その『好き』に込められた思いが何であるかわからないリリアンはキョトンと首を傾げた。
 
(まだ、そのタイミングじゃないんだろうか)

   ジェレミーはグッと拳を握ると、自分の気持ちを誤魔化すように笑みを貼り付け、リリアンの手を塞ぐ串を取る。
 そして、空いている自分の手を差し出した。

「他には何が見たい?」
「あっちのぬいぐるみが見たい! あと、古書店に行きたいわ!」
「了解」

 もうすっかり、自分の手を覆えるくらいに大きくなったジェレミーの手を掴むと、リリアンはまた、ふにゃっと笑った。

「今日はそう簡単には帰さないからっ」
「望むところだ」

    二人は手を繋ぎ、商店街のさらに奥へと進んだ。
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