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十五 虚しさばかり
しおりを挟む夜のドライブから戻り、正面玄関の扉を開く。玄関のドアを潜り抜けた岩崎は、玄関ホールに鮎川の姿を見つけて足を止めた。心臓がドクンと大きく脈打つ。
(っ……)
鮎川はこちらには気づいておらず、なにやら蛍光灯を手に脚立を上がろうとしているところだった。その傍らに、寮長の藤宮が居る。どうやら、蛍光灯の交換を手伝っているらしかった。
声を掛けようかと迷っているうちに、藤宮が岩崎に気が付いた。
「ん、今帰りか? 岩崎」
「っす……」
チラリと視線をやると、鮎川も気が付いて岩崎を見た。鮎川は少しだけ気まずそうな顔をしたが、一瞬のことで、すぐにいつも通りの表情を取り繕う。
「門限ギリギリだぞ。気をつけろよ」
「解ってますよ」
藤宮の言葉に、そう返す。門限があるのは理解していたが、実感としては存在していなかった。岩崎は寮則の書かれた冊子を持ってはいるが、捲ったことはない。その間に鮎川は蛍光灯の交換を済ませたようだ。脚立から降りる鮎川の、すぐ傍に立ってみる。
「こういうのって、管理人がやるんじゃねえの」
岩崎の問いに、鮎川は一瞬、間をおいて口を開く。何も言うつもりがないらしい鮎川の意図は解っていたが、一方で岩崎の方は言わせたかった。互いが、どう出るのかを探っているように見えた。
「……管理人さんは高齢だから。手伝いだよ」
そのやり取りを見ていた藤宮が、鮎川から脚立を受け取りながら興味深そうな顔をする。
「なんだ、岩崎は寛と仲良くなったのか」
「そういうのじゃないよ」
「あ?」
即座に否定する鮎川に、思わず顔を顰める。寛、と呼んだ藤宮にも、モヤモヤした感情が湧きあがった。
(同期、とは聞いてたけど……)
モヤモヤを吐き出したくて、鮎川と仲が良いと示したくて、口にする。
「……鮎川あんた、ひとのケツ――」
「っ、岩崎っ!」
ひとのケツに突っ込んでおいて。そう言おうとした口を、両手で塞がれる。鮎川の様子に、藤宮がキョトンとした顔をした。
「ん?」
「こっちの話だから、気にしないで。進、悪いけど、脚立は返しておいて」
「あ、ああ。それは良いが……」
鮎川はそう言いながら、岩崎の口を押さえたまま、ずるずると逃げるように岩崎を引っ張っていく。岩崎はと言えば、(なんで慌ててんだ?)とは思ったが、これ以上藤宮に用もないのでそのまま黙って連れられる。
人気のない廊下の端の方まで引っ張ってこられ、ようやく手を離された。
「ぷはっ、何だよ」
「何だよは、こっちだよ! 何言おうとしてんの!」
「あ? テメェがケツに突っ込んだこと?」
「っ! おいっ!」
再び口を押さえつけられる。鮎川は慌てた様子で、キョロキョロと辺りを見回した。動揺して焦った様子の鮎川に、岩崎はつい面白くなってしまう。この男が慌てているのも、赤い顔をしているのも、楽しくて仕方がない。
あたりに人が居ないのを確認し、鮎川がホゥと息を吐き出した。それから、じろっと岩崎を睨む。
「大声で、喋るな」
そう言って、そっと手を放す。鮎川の手が離れていくのが、なんとなく残念だった。
「大声じゃねえだろ、別に」
「むしろ普通に喋るなよ。そんなの、言いふらすことじゃないだろ」
「隠すことでもねえだろ」
「……」
肩を竦めて見せる岩崎に、鮎川はハァと溜め息を吐いた。
岩崎に言わせれば、先日のことは、岩崎がちょっと地雷を踏んで、鮎川を怒らせただけの話だ。そしてその結果、お仕置きされることになったというだけの話である。
「もしかして、貞操観念すこし、緩い?」
「どういう意味だよ」
「……まあ、煽られて疑似フェラするくらいだもんね」
そう言って、鮎川の親指が岩崎の唇に触れる。ぞく、と背筋が粟立った。無意識に、舌をのばし指を軽く吸う。
「っ――……」
驚いて身を引こうとする鮎川の襟首をつかみ、引き寄せる。鮎川は目を見開いた。
唇に噛みつくように、自分の唇を重ねる。
「岩っ……」
仲良くなんかないと、否定されたのが気に入らなかった。藤宮と、親し気な様子に苛立った。自分とはセックスまでしたくせに、無関係を装う態度が、気に入らなかった。
「んっ……、っ」
舌を絡め、唇を吸う。鮎川は最初こそ驚いたようだったが、岩崎の舌を拒みはしなかった。襟首をつかんでた手を放し、首の後ろに手を回す。鮎川の手が、岩崎の身体を押し、壁に押し付ける。キスを仕掛けたのは岩崎の方だったのに、いつの間にか形勢逆転していた。
「っ、ん……ふ……っ」
身体が熱い。キスだけなのに、興奮して、もっと熱が欲しくなる。
潤んだ瞳で鮎川を見上げると同時に、唇が離れた。唾液が唇からこぼれ、銀の糸を引く。
「鮎、川……」
切なげに名前を呼ぶ岩崎に、鮎川は一瞬だけ熱っぽい顔をした。だが、それは一瞬だけで、すぐに平静を取り戻すと、澄ました顔で岩崎の鼻をぎゅっと摘まむ。
「っ、なにす」
「余計なお喋りするなよ。俺はまだ寮を追い出されたくないんだ」
「……」
鮎川の言葉に、岩崎は唇を曲げた。鮎川はそう言うと、岩崎のピンク色の髪をポンポンと叩いた。もっと触れていて欲しかったが、鮎川はすぐに手を離すと「じゃあ」と言って背を向ける。
その背は、かつて見せつけられた背中と同じで、岩崎が手を伸ばしても届くような気がしなかった。
「……何だよ、それ」
鮎川の消えた廊下を見つめながら、ポツリ呟く。キスに、応えたくせに。岩崎が欲情したのを、知っていた癖に。
置き去りにされ、虚しさばかりが、こみ上げた。
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