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5章 決意
23話
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話せばわかる、なんてウソなのはわかりきっている。母がこれで「わかった、ごめんね」というわけがない。
真理子はそれだけで話を切り上げて、リビングを出ようとする。
「待ちなさい!!」
真理子は一瞬無重力を感じた。
自分の意志に反して体が浮く感覚。
でも、それはホント短い時間のこと。次の瞬間には体は地面に叩きつけられていた。
母が思いっきり腕を引っ張って、真理子を引き倒したのだった。
「あうっ!?」
フローリングに大きな音が響き、体に激しい痛みが走る。
「どこへ行く気!? あの志田って子のところ!? だから関わるなと言ったでしょ! だまされてるのよ! ホント男はろくでもないんだから!」
父は真理子たちの様子をうかがっていたが、そのセリフを聞いてまたテレビに視線を戻した。
「ホント何もわかってないのね。やっぱあんたはお母さんのそばにいないとダメなのよ!!」
真理子は這いつくばって一歩でも逃げようとするが、足を引っ張られてまた転倒してしまう。
(ああ、来なければよかった……)
正直、後悔している。
もしかしたら1%くらいの確率で、母が改心してくれ、優しい言葉で引き留めてくれるかと期待していた。
実の娘だからそれを信じたかった。だからわざわざリスクを負ってまで母に一言告げようと思ったのだ。
でも大きな間違いだった。
「どこにも行かさないわ! あんたはお母さんの子なんだから!」
足を引っ張られたときに頭を打ってしまい、ぐわんぐわんと視界がゆがむ。
しばらくのたうち回っていると、母がその手に包丁を持っていたのに気づく。
わざわざキッチンから持ってきたようだった。
出て行こうとする娘を強制的に従わせようと、刃物で脅している。
(ああ……)
真理子はすべてがどうでもよくなってしまった。
生きるのを諦めた、というわけじゃない。
もう母に気を遣う必要はなくなった、という意味。
これまで15年以上一緒にいたから、それなりに思い、名残はあった。でも、もうそんなのどうでもいい。家族の縁はここでぷつりと切れた。
そうとなれば遠慮はいらない。
「もう親だとは思わないから」
真理子はゆっくり立ち上がって言う。
そして背を向けて歩き出す。
「止まりなさい! 止まれ! 止まらないと刺すよ!」
警察でも言わないようなセリフを吐く。
もう付き合い切れない。親が言うセリフじゃ絶対にない。
刺したいなら刺せばいい。それをやったときこそ、完全に親子じゃなくなる。
真理子はバッグを拾い上げて、そのままリビングを出て行く。
「止まれって言ってるでしょ!!」
だけど母は追ってもこなかったし、刺してもこなかった。
結局、父はそれらを見て一言も発しなかった。
「ただいま」
「おかえり」
おかえりなんて言葉、ものすごく久しぶりに聞いた気がした。
真理子が家のインターホンを押すと、志田が笑顔で迎えてくれた。
「よく頑張ったな」
そう言うと志田は玄関に降りてきて、真理子を強く抱きしめた。
真理子の家で何があったかなんて聞かない。それが志田のやさしさ。
その温かさに涙が出てくる。
でも悪い感じはしない。うれしくて泣けるのがこんなにもいいとは思わなかった。
「ありがと、大好き……」
真理子はそれだけで話を切り上げて、リビングを出ようとする。
「待ちなさい!!」
真理子は一瞬無重力を感じた。
自分の意志に反して体が浮く感覚。
でも、それはホント短い時間のこと。次の瞬間には体は地面に叩きつけられていた。
母が思いっきり腕を引っ張って、真理子を引き倒したのだった。
「あうっ!?」
フローリングに大きな音が響き、体に激しい痛みが走る。
「どこへ行く気!? あの志田って子のところ!? だから関わるなと言ったでしょ! だまされてるのよ! ホント男はろくでもないんだから!」
父は真理子たちの様子をうかがっていたが、そのセリフを聞いてまたテレビに視線を戻した。
「ホント何もわかってないのね。やっぱあんたはお母さんのそばにいないとダメなのよ!!」
真理子は這いつくばって一歩でも逃げようとするが、足を引っ張られてまた転倒してしまう。
(ああ、来なければよかった……)
正直、後悔している。
もしかしたら1%くらいの確率で、母が改心してくれ、優しい言葉で引き留めてくれるかと期待していた。
実の娘だからそれを信じたかった。だからわざわざリスクを負ってまで母に一言告げようと思ったのだ。
でも大きな間違いだった。
「どこにも行かさないわ! あんたはお母さんの子なんだから!」
足を引っ張られたときに頭を打ってしまい、ぐわんぐわんと視界がゆがむ。
しばらくのたうち回っていると、母がその手に包丁を持っていたのに気づく。
わざわざキッチンから持ってきたようだった。
出て行こうとする娘を強制的に従わせようと、刃物で脅している。
(ああ……)
真理子はすべてがどうでもよくなってしまった。
生きるのを諦めた、というわけじゃない。
もう母に気を遣う必要はなくなった、という意味。
これまで15年以上一緒にいたから、それなりに思い、名残はあった。でも、もうそんなのどうでもいい。家族の縁はここでぷつりと切れた。
そうとなれば遠慮はいらない。
「もう親だとは思わないから」
真理子はゆっくり立ち上がって言う。
そして背を向けて歩き出す。
「止まりなさい! 止まれ! 止まらないと刺すよ!」
警察でも言わないようなセリフを吐く。
もう付き合い切れない。親が言うセリフじゃ絶対にない。
刺したいなら刺せばいい。それをやったときこそ、完全に親子じゃなくなる。
真理子はバッグを拾い上げて、そのままリビングを出て行く。
「止まれって言ってるでしょ!!」
だけど母は追ってもこなかったし、刺してもこなかった。
結局、父はそれらを見て一言も発しなかった。
「ただいま」
「おかえり」
おかえりなんて言葉、ものすごく久しぶりに聞いた気がした。
真理子が家のインターホンを押すと、志田が笑顔で迎えてくれた。
「よく頑張ったな」
そう言うと志田は玄関に降りてきて、真理子を強く抱きしめた。
真理子の家で何があったかなんて聞かない。それが志田のやさしさ。
その温かさに涙が出てくる。
でも悪い感じはしない。うれしくて泣けるのがこんなにもいいとは思わなかった。
「ありがと、大好き……」
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