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1章 真理子
5話
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「アユザワは料理すんの?」
「私は全然。キッチン入れさせてもらえなくて」
「ふーん。得意そうに見えるけどな」
そう言われるのはうれしいし、そうありたいが、料理はまったくできない。
やらなくていいと、母から料理を禁止されてしまっているからだ。
(私は見せかけだけなんだよ……)
何でもできそうで、実際に何でもできるし、いつでも頼れる。クラスのみんなはそう思っている。
でも、真理子が自らそう見えるよう努力しているだけだった。
美紀によく頼まれるから、宿題は必ずやるし、完璧な状態で臨んでいる。
バスケも、もともとあまりスポーツは得意じゃないのに、陰で必死に練習したことで、なんとか試合に出られるレベルに到達している。
(やっぱり偽物なんだよ……)
自分では頑張ろうと思っても、自分以外のところで制限がかかってしまう。これが自分に課された宿命で宿業。
料理はできればマスターしたかった。
女子としてできれば尊敬されるし、当たり前と厳しく見られることもあるから。
実際、男子である志田が見事やってのけたので、自分がすごくみすぼらしく思えてくる。
しょせん、付け焼き刃。ファンデーションの厚塗り。はがれたらおしまい。
(ああ、ダメだダメだ!)
目が熱くなり、涙がたまってきているのに気付いた。
なんとか堪えようとしたとき、
「別にいいんじゃね? 俺も、人に自慢できるようにやってるだけだしな」
志田が思わぬカミングアウトをしてくる。
わざわざ自分のネガティブなことを明かさなくてもいいのに。
でもおかげで、びっくりして涙が引っ込んだ。
「え? かっこつけてるだけってこと?」
「そうだけど、ストレートに言われると傷つくな……」
「ごめん……」
「ははっ。今時、料理なんて自分で作らなくても、どうにかなるだろ? それでもあえて作るのは、自己顕示欲を満たすためだ。『俺は男で高校生なのに、ちゃんと料理が作れるんだ』ってな」
「そうなんだ……?」
「まあ……。かっこつけて言うことじゃないな……」
志田は顔を赤くて、恥ずかしそうに少し顔を背ける。
(気をつかってくれたんだ……)
別にそんなことを人に言わなくてもよかったはず。それを打ち明けてくれたのは、真理子に配慮したからだ。わざわざ自分を下げてくれた。
「料理は作りたい奴が作ればいいんだよ」
そういえば、志田は真理子が一人で公園にいた理由、泣いていた理由を聞かなかった。
今も泣きそうなくらい落ち込んだのもスルーしようとしてくれた。
「理由は聞かないの?」
「理由? ああ……。話したくないんだろ?」
当然話せない。
話したら、真理子が積み上げてきた虚像をすべて壊すことになってしまうから。
「なら聞かない。さ、食おうぜ」
志田は真理子の沈黙を肯定と捉えて、カツシチューを食べ始める。
続いて真理子もカツシチューを口に入れる。
無愛想なのはきっと不器用なだけ。本当は優しい性格で、いろんな気遣いができるけど、そのやり方が間接的過ぎて、他の人の理解を得られない。
(こわいって言ってごめん……。すごく優しいんだね……)
志田の料理は身も心も温かくしてくれた。
「私は全然。キッチン入れさせてもらえなくて」
「ふーん。得意そうに見えるけどな」
そう言われるのはうれしいし、そうありたいが、料理はまったくできない。
やらなくていいと、母から料理を禁止されてしまっているからだ。
(私は見せかけだけなんだよ……)
何でもできそうで、実際に何でもできるし、いつでも頼れる。クラスのみんなはそう思っている。
でも、真理子が自らそう見えるよう努力しているだけだった。
美紀によく頼まれるから、宿題は必ずやるし、完璧な状態で臨んでいる。
バスケも、もともとあまりスポーツは得意じゃないのに、陰で必死に練習したことで、なんとか試合に出られるレベルに到達している。
(やっぱり偽物なんだよ……)
自分では頑張ろうと思っても、自分以外のところで制限がかかってしまう。これが自分に課された宿命で宿業。
料理はできればマスターしたかった。
女子としてできれば尊敬されるし、当たり前と厳しく見られることもあるから。
実際、男子である志田が見事やってのけたので、自分がすごくみすぼらしく思えてくる。
しょせん、付け焼き刃。ファンデーションの厚塗り。はがれたらおしまい。
(ああ、ダメだダメだ!)
目が熱くなり、涙がたまってきているのに気付いた。
なんとか堪えようとしたとき、
「別にいいんじゃね? 俺も、人に自慢できるようにやってるだけだしな」
志田が思わぬカミングアウトをしてくる。
わざわざ自分のネガティブなことを明かさなくてもいいのに。
でもおかげで、びっくりして涙が引っ込んだ。
「え? かっこつけてるだけってこと?」
「そうだけど、ストレートに言われると傷つくな……」
「ごめん……」
「ははっ。今時、料理なんて自分で作らなくても、どうにかなるだろ? それでもあえて作るのは、自己顕示欲を満たすためだ。『俺は男で高校生なのに、ちゃんと料理が作れるんだ』ってな」
「そうなんだ……?」
「まあ……。かっこつけて言うことじゃないな……」
志田は顔を赤くて、恥ずかしそうに少し顔を背ける。
(気をつかってくれたんだ……)
別にそんなことを人に言わなくてもよかったはず。それを打ち明けてくれたのは、真理子に配慮したからだ。わざわざ自分を下げてくれた。
「料理は作りたい奴が作ればいいんだよ」
そういえば、志田は真理子が一人で公園にいた理由、泣いていた理由を聞かなかった。
今も泣きそうなくらい落ち込んだのもスルーしようとしてくれた。
「理由は聞かないの?」
「理由? ああ……。話したくないんだろ?」
当然話せない。
話したら、真理子が積み上げてきた虚像をすべて壊すことになってしまうから。
「なら聞かない。さ、食おうぜ」
志田は真理子の沈黙を肯定と捉えて、カツシチューを食べ始める。
続いて真理子もカツシチューを口に入れる。
無愛想なのはきっと不器用なだけ。本当は優しい性格で、いろんな気遣いができるけど、そのやり方が間接的過ぎて、他の人の理解を得られない。
(こわいって言ってごめん……。すごく優しいんだね……)
志田の料理は身も心も温かくしてくれた。
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