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1章 真理子
6話
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気付けば、もう真っ暗になっていた。
家に帰りたくないが、いつかは帰らないといけない。子供が親のいる家に帰るのはごく普通で、当たり前のことだから。
今日志田と会ったことで幸せな気持ちに浸れたが、時間が経つたびに気分が沈んでいくのがわかった。
「そろそろ帰るか?」
志田が言う。
その言葉が死刑宣告にも聞こえる。
志田が殺す気でそんなことを言ったわけではないのはわかっている。ただ遅い時間に、夜道を歩かせるのは危険だから早く帰ったほうがいい、という理由だ。
「うん……」
他に選択肢なんてあるわけがない。
みんなが学校が終われば家に帰るよう、真理子も帰るだけ。
しかし、部活の試合が終わったあとすぐに帰らず、帰宅が遅れたことで、状況が格段に悪くなっている。間違いなく、予定よりも遅くなったことに触れられ、母に怒られる。
そもそも寄り道をした時点で自分が悪い。それがわかっていても、あのときは帰りたくなかった。
もちろん今もより帰りたくない。
「スマホ貸して」
「え?」
「事情説明する」
「そんなのいいよ」
「誘ったのは俺だからな」
そんなこと志田にさせられないと思いつつも、志田が強引だからという理由で、ラインで母の画面を出して、志田にスマホを渡した。
自分はほんと弱い。その行為で少し助かったと思ってしまっている。
『今、何時だと思っているの!!』
母の第一声はそれだった。
スピーカーに切り替えなくても、その声はスマホから遠い真理子にも聞こえた。
これには志田も面食らったが、すぐに応答する。
「あの、クラスメイトの志田の父ですが」
いつもより低い声で志田は言った。
どうやら父親のふりをしているらしい。
『はい?』
当然通話相手は真理子だと思っていた、真理子の母も動揺している。
「息子がお世話になったようで、その代わりにと食事にお誘いしたため、娘さんの遅くなってしまいました。申し訳ありません」
とても丁重な言葉使い。志田の言葉とは全然違うし、保護者同士での会話とも思えない。
志田はそこで真理子に背を向けた。
おそらく会話の内容を聞かれないようにするため。
真理子はとんでもないことが起きるのではないかと、気が気でなかったが、志田がうまく話を収めてくれるよう祈ることしかできなかった。
何より、申し訳なさすぎて息が詰まる。
やがて志田が「ええ、ええ」と何度か相づちを打って、通話を切った。
「はあーーーー」
志田は深い深いため息を吐いてから、真理子にスマホを返した。
「ごめん……。変なこと言われたよね……」
絶対にクラスメイトにさせることじゃない。
あの母が人様に対して、通常では考えられないほど恐ろしいことを言うのは、娘の真理子が一番よくわかっている。
「いや? 何もなかったけど」
志田はとぼけてみせるが、そんなわけがない。
「ちゃんと説明したから大丈夫だ。駅まで送っていく」
志田とともに外に出る。
帰り道、志田には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。母の説得は娘でもしたくない。それなのに志田が代わりに引き受けてくれた。
本当は感謝しないといけないのだけど、これから家に帰り、母と会ったときのことを思うと、言葉が何もでなかった。
そして、二人とも無言のまま駅についた。
「アユザワ」
「うん?」
「俺が言うことじゃないが……いや、なんでもない」
「うん……」
志田の言いたいことは言わなくてもわかった。きっと暴言を吐く母のことだ。
「気をつけて帰れよ」
「うん、ありがと」
覚悟を決めて真理子は改札をくぐった。
振り返ると、志田はまだこっちを見ていて、手を挙げてくれた。
真理子は深々とお辞儀をした。
そこからのことはあまり覚えていない。心を無にして、目の前のことに当たった。
「ただいま」
か細い声で家に入ったのは想像がつく。
母に会いたくなかったが、すぐに母が出てきて何か言ってきたはず。何かあってもなくもガミガミ言ってくるから。
真理子の心がえぐれていない状況を考えると、思ったよりもひどいことは言われなかったと思われる。
それから宿題を済ませてベッドに入った。
布団の中で志田に感謝にしたことは覚えている。冷たく痛い家の中で唯一温かさを感じられた。
家に帰りたくないが、いつかは帰らないといけない。子供が親のいる家に帰るのはごく普通で、当たり前のことだから。
今日志田と会ったことで幸せな気持ちに浸れたが、時間が経つたびに気分が沈んでいくのがわかった。
「そろそろ帰るか?」
志田が言う。
その言葉が死刑宣告にも聞こえる。
志田が殺す気でそんなことを言ったわけではないのはわかっている。ただ遅い時間に、夜道を歩かせるのは危険だから早く帰ったほうがいい、という理由だ。
「うん……」
他に選択肢なんてあるわけがない。
みんなが学校が終われば家に帰るよう、真理子も帰るだけ。
しかし、部活の試合が終わったあとすぐに帰らず、帰宅が遅れたことで、状況が格段に悪くなっている。間違いなく、予定よりも遅くなったことに触れられ、母に怒られる。
そもそも寄り道をした時点で自分が悪い。それがわかっていても、あのときは帰りたくなかった。
もちろん今もより帰りたくない。
「スマホ貸して」
「え?」
「事情説明する」
「そんなのいいよ」
「誘ったのは俺だからな」
そんなこと志田にさせられないと思いつつも、志田が強引だからという理由で、ラインで母の画面を出して、志田にスマホを渡した。
自分はほんと弱い。その行為で少し助かったと思ってしまっている。
『今、何時だと思っているの!!』
母の第一声はそれだった。
スピーカーに切り替えなくても、その声はスマホから遠い真理子にも聞こえた。
これには志田も面食らったが、すぐに応答する。
「あの、クラスメイトの志田の父ですが」
いつもより低い声で志田は言った。
どうやら父親のふりをしているらしい。
『はい?』
当然通話相手は真理子だと思っていた、真理子の母も動揺している。
「息子がお世話になったようで、その代わりにと食事にお誘いしたため、娘さんの遅くなってしまいました。申し訳ありません」
とても丁重な言葉使い。志田の言葉とは全然違うし、保護者同士での会話とも思えない。
志田はそこで真理子に背を向けた。
おそらく会話の内容を聞かれないようにするため。
真理子はとんでもないことが起きるのではないかと、気が気でなかったが、志田がうまく話を収めてくれるよう祈ることしかできなかった。
何より、申し訳なさすぎて息が詰まる。
やがて志田が「ええ、ええ」と何度か相づちを打って、通話を切った。
「はあーーーー」
志田は深い深いため息を吐いてから、真理子にスマホを返した。
「ごめん……。変なこと言われたよね……」
絶対にクラスメイトにさせることじゃない。
あの母が人様に対して、通常では考えられないほど恐ろしいことを言うのは、娘の真理子が一番よくわかっている。
「いや? 何もなかったけど」
志田はとぼけてみせるが、そんなわけがない。
「ちゃんと説明したから大丈夫だ。駅まで送っていく」
志田とともに外に出る。
帰り道、志田には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。母の説得は娘でもしたくない。それなのに志田が代わりに引き受けてくれた。
本当は感謝しないといけないのだけど、これから家に帰り、母と会ったときのことを思うと、言葉が何もでなかった。
そして、二人とも無言のまま駅についた。
「アユザワ」
「うん?」
「俺が言うことじゃないが……いや、なんでもない」
「うん……」
志田の言いたいことは言わなくてもわかった。きっと暴言を吐く母のことだ。
「気をつけて帰れよ」
「うん、ありがと」
覚悟を決めて真理子は改札をくぐった。
振り返ると、志田はまだこっちを見ていて、手を挙げてくれた。
真理子は深々とお辞儀をした。
そこからのことはあまり覚えていない。心を無にして、目の前のことに当たった。
「ただいま」
か細い声で家に入ったのは想像がつく。
母に会いたくなかったが、すぐに母が出てきて何か言ってきたはず。何かあってもなくもガミガミ言ってくるから。
真理子の心がえぐれていない状況を考えると、思ったよりもひどいことは言われなかったと思われる。
それから宿題を済ませてベッドに入った。
布団の中で志田に感謝にしたことは覚えている。冷たく痛い家の中で唯一温かさを感じられた。
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