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王族の発言は命令に等しい
しおりを挟む「お、お前!そんなに美しいのなら何故それを」
「隠せ、と命じたのは貴方でしてよ、殿下?」
「だ、だからと言って………!」
「この10年間、ただの一度も『もっと着飾れ、婚約者として相応しく振る舞え』などと仰ったこともありませんのに、わたくしが勝手に以前の命令を破れるわけがないでしょう?」
「そ、そんなのは」
詭弁だ、と言いたかった王子の言葉は、だが紡がれずに飲み込まれる。子供であっても王族の言葉は命令に等しい。臣下たる貴族の子女が、それも王子の婚約者という立場で、従う以外に選択肢などないと、王子自身が理解してしまったのだ。
そう、王族の命令は絶対だ。だからこそ、自分でも今までそれを駆使してきたのだから。
「ですから、先ほどはわざわざ確認したのです。『それは命令ですか?』と」
そう。「何でも言ってみろ」と命じられたからこそ、彼女はようやく包み隠さず明け透けに本音を言えるようになったのだ。そして自分を抑えつけていた呪縛から解き放たれ、開放された歓びを知ってしまった彼女は、もはや止まるつもりもない。
「だいたい、殿下がわたくしや他のご令嬢がたを見る際の目。嫌らしい欲望を隠そうともしないで舐め回すように纏わりついてくるあの視線が、わたくし本当に不快で不快で」
「なっ」
「隙あらば触れようとしてくるお手がどうしようもなく気持ち悪くって。でもそれと悟らせぬよう躱すのも一苦労なのですよ?」
「にっ」
「学院の成績もどうせ裏から手を回して首席をお取りになるのだろうと思って、常に二番手を心掛けておりましたのに、そちらの不正は学院長や講師陣に斥けられたのでしょうか」
「を…えっ、何でお前その事を!?」
「あら。やっぱりそうでしたのね」
彼女の予想通り、王子は自分を首席にせよと学院長に強要し、学院長から父王に密告されてこっぴどく叱られたことがある。
おかげで彼の成績は常に下の上である。実力通りなのだが、成績のことをわずかでも言われるとキレ散らかすので誰もそのことに触れない。
だが王子が狼狽えてしまったがために、結果として彼女の言葉を肯定したも同然の状況になってしまった。「あ、いや、何でもない。そんな事はしていないぞ」と慌てて否定したものの、それでは逆に認めたも同然である。
「そう言えば愛人の皆様の中にも、地位を笠に着て無理矢理手に入れた方がおられますわね?」
「いいいいるわけないだろう!?」
王子は気に入った令嬢がいれば、相手に婚約者がいようとお構いなしであった。何しろ王族の発言は命令に等しいのだ。そのせいで何組も引き裂かれたカップルがあるのだが、醜聞になるのを嫌って全て王子が揉み消させていた。
そしてここでも王子はあからさまに狼狽した。それにより、周囲で状況を見守る人々もだんだんと彼女が真実を語っていると気付いていく。
ちなみに王子が気に入るのは常に容姿である。そして飽きたら捨てていた。女性関係に関しては、紛うことなきクズである。
狼狽えるばかりの王子は気付かない。自分に寄り添っていたはずの愛人がその身をそっと離して、そろりそろりと距離を取り始めていることに。
偽証に名乗り出た令嬢たちなど、とっくに姿を消している。
「ところで、おねしょの癖はもう治りましたの?」
「あっバカ、お前それは誰にも言うなと………!」
「だって『何でも言っていい』と仰ったではありませんか」
古い命令よりも新しい命令の方が優先度は高くなる。当然の論理である。
ちなみに王子は10歳頃までおねしょ癖が治らなかった。国王夫妻や専属侍女、それに婚約者であるイザベラなどごく一部のみが知る王子の恥ずかしい過去だ。
「年末に隣国の王女殿下にこっぴどく振られて、1ヶ月近く寝込んだこともありましたわねえ」
「だから言うなって!」
婚約者がいるにも関わらず、外交使節としてやって来た美貌の隣国王女に一目惚れして一夜の誘いを持ちかけ、口を極めて罵られたのは去年暮れのことだ。拒絶されてショックのあまり、年末年始の公務は全部すっぽかして婚約者に丸投げした。公的には病気療養ということになっている。
そしてここでようやく王子は気が付いた。
彼女にはあまりにも多くの黒歴史を知られ過ぎているということに。
「あ、あのな、その、婚約の破棄だが」
「ええ早速、破棄証紙に署名して破棄の手続きを終わらせませんと!」
「いや、だからな?その件は」
「王族がひとたび口にしたことですもの。速やかに粛々と進めませんとね!」
「……………。」
王族の発言は重い。それは命令と同義であり、ひとたび口に出してしまえば、軽々しく無かったことになどできない。
だからこそ『されると思え』という表現で濁したはずだったのに。彼女が縋ってこず、挙げ句に了承したりなどするものだから、なし崩しに既成事実化してしまっている。
そのことにようやく気付いた王子である。だが重ねて言うがもう遅い。
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