不自由と快楽の狭間で

Anthony-Blue

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94.『あいつ』

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「お腹減ってたんだね」

 カップ焼きそばをあっという間に平らげた萌は、ソース味のノドにコーラを流し込んだ。

「えっ、お腹の肉、減った気がする?」

「いや、そう意味じゃなく」

「わかってるって。ただ、冗談ではなくて少し痩せたんだよね。ねえ、おっぱい小さくなってない?」

 萌は、両手で自分の乳房を持ち上げて、ボクに見せつけた。

「やめて。そんなのわかんないさ」

「あっそうかぁ、見ただけじゃわからないもんね。ほら、触ってみてよ。前と比べて、ちょっと小さくなってない。どう思う?」

 立ち上がって、ボクの前に乳房を投げ出すように見せに来た。形の良い揉み心地の良さそうな乳房は、相変わらずだと思う。魅力的なカラダは変わっていないと思うけれど、どこか疲れているようには見えていた。そんな思いを打ち消すかのように、大きめの声で言い返す。

「だから、やめてって言ってるじゃん」

「そんなに、いやがらなくてもいいじゃん。散々、このおっぱいに吸いついてたくせして」

「間違ってはないけど、言い方を考えろよ」

「はいはい」

 萌は、諦めたかのようにテーブルに戻った。いくら慣れているとは言え、裸の女の子が目の前をうろうろすると、やはりボクとしては反応している。前はツルツルだった股間も、今はうっすらと茂みになっている。それが、妙に生々しくて、ボクは影がつきまとっているかのような股間を目で追ってしまっていた。

「何?見たいの。広げて見せてあげようか?」

 ボクの視線に気がついて、萌はからかうように言った。

「これさぁ、手入れしようと思っても、自分の金もないし。あいつの電気シェーバーで剃ろうとしたら『そんな汚いところを剃るんじゃねぇ』って怒られたんだよね。自分だって、その汚いところをいつもしゃぶり回してるくせしてね」

 ボクは、萌が言う『あいつ』のことについて、多くのことを知らないでいる。金に汚そうで、暴力を振るうことくらいしか知らない。どうして萌が、その男に惹かれて、ボクの家を出て行ったか、知る権利はあるはずだ。

「その『あいつ』っていう彼氏は、どこで知り合ったの」

「えっとね、バイト先にお客としてきてたんだよね。毎日のように来てたから、そのうち話すようになって。食事に誘われて」

「いったい、どんな男だったんだよ」

「サラリーマンには見えなかったけど、がっしりとした体つきで男って感じの人だったかな」

「萌のこのみだったの?」

 少し考える時間があって、萌は口を開いた。

「別に好みってわけじゃなかったけど、どこか母親の男に似てる気がしたのかもしれない」

「でも、それって嫌ってたタイプじゃなかったっけ」

「そうなんだよね。小さい頃から刷り込まれたなつかしいと思ってしまう意識だったのかもしれない」

「それで、ついて行ったんだ」

「うーん。食事に誘われて、まいっか美味しいもの食べられるしって思って、ついて行ったんだよね。そしたら、無理矢理に飲んだことない酒を飲まされて、意識が吹っ飛んじゃって気がついたらホテルだったの。裸でベットの上に放り出されたように何も掛けずに寝てたの。隣では、大いびきかいて『あいつ』が裸で寝てた。わたしのおまんこからは、生臭い匂いがしててお尻からシーツに精液が垂れ流されてたの。ああ、わたしはこいつにやられたんだとわかったの」

 まるで他人事のように、淡々と話す萌にボクは怒りにも似た悲しさを感じていた。
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