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第一章

第十九話 ゲリラは霧の中に

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 そうして数えて10日ほど経ったある日。
 辺り一面に濃霧が立ち込めており、視界が極端に悪かった。

「ひでぇな、こりゃ。昨日の雨が原因か?」
「だろうな」

 ジャマールでさえも前に比べ、少しやつれていた。
 彼だけでなく、全員がそうだった。
 レイにも自覚はあった。
 時折ヒビの入った鏡を見つめると、瞳の濁った自分の顔が映し出される。
 皆そのような表情であり、どこか病的でもあった。

「仕方ない、今日の作業は中止…」

 レイが言い終わらないウチに、爆音が鳴り響いた。
 土を巻き上げて爆煙が上がった。恐らくは小規模の爆発魔法だ。
 すかさずライリーとエレナが出て来た。

「敵は⁉︎」
「まだわからない、とにかく隠れろ!」

 全員が簡易塹壕に避難した。
 敵を視認しようとしたが、この霧のせいで遠視魔法も役に立たない。
 どこから敵が襲ってきているのか、見当もつかなかった。

(奴ら、これを狙っていたのか?)

 敵が霧の発生を知っていたのかどうかは不明だが、おそらく敵は今日に賭けている。
 銃弾や爆発の規模が以前に比べて大幅に広がっている事から、相当な人員を集めていることがわかる。
 こちらが霧で不利になり、尚且つ人員を削りに削った今が好機だと踏んだに違いない。

「どーすんだ、このままじゃジリ貧だぞ!」
「そんな事を言っても、この霧じゃ撃っても当たらないわよ!」

 確かにライリーも炎や雷で敵に対応しているが、ヒットした様子はない。
 レイの狙撃用術式も、相手が見えない事には使えない。
 このままでは押し込まれて全滅するのが目に見えていた。

(考えろ…なにか突破口はあるはずだ)

 こちらが不利になっているのは、この霧が原因だ。
 だが視界が効かないのは相手も同じだ。
 実際、こちらに攻撃は一回も当たっていない。
 敵側は純粋な物量勝負に持ち込む気だ。なら、視界を手にした方が勝つ。
 強力な風魔法で霧を吹き飛ばす事も考えたが、それではこちらの位置も割れてしまう。

(透視…いや、なにか別の)

 その瞬間、レイに天啓とも言えるアイデアが生まれた。
 ライリーに借りた指南書にあった透視魔法、それに知覚を鋭敏にさせる術式を組み込んだ。

(あれをああして…よし、完成だ!)


 そしてレイの両眼に術式が浮かび上がった。


 そしてレイの両眼は赤外線カメラと同じになった。
 相手の姿が赤い影になってくっきりと見える。

「おいレイ! 何やってんだ‼︎」

 レイは塹壕から飛び出し、銃弾や爆風を防護魔法で防ぎながら前進した。
 チート級の魔力のレイの防護魔法は、並大抵の銃弾や爆発では敗れない。
 その自信があったらこそ、レイは飛び出した。

(丸見えなんだよ!)

 防護魔法を展開しながら、レイは複数の熱源に向かって爆発魔法を発した。
 相手の爆発魔法も数倍の規模で、爆炎が巻き起こった。
 少なくとも数人纏めてバラバラになったはずだ。
 周りの兵たちが明らかに動揺しているのが目に見えた。


 なぜ我々の位置を把握できる⁉︎


 焦るな、マグレだ!


 そんな風に話しているのが、目に見えるようだった。
 しかしマグレでないことは直ぐに証明された。
 もはや丸裸に近い敵に向かって、彼は雷や爆炎、氷などを放ち続けた。
 大所帯の部隊も最早こうなっては手も足も出ない。
 最後までレイに手も足も出ず、全滅した。






「しかしまぁ…ゲリラ戦とはいえ、かなりの人数を投下して来たみてぇだな」

 ジャマールが敵兵の死体を見て言った。
 確かに其処彼処に死体がゴロゴロと転がっている。
 数にして100人はくだらないだろう。

「にしても、今回も助かったぜ。やっぱお前すげーな」

 そうジャマールは笑いかけた。
 だがレイはこれで終わった気にはなれなかった。

「まだだ。おそらくこのままじゃ同じことの繰り返しだ」

 敵は恐らく何度でも攻めてくる。
 そうなれば、待っているだけではいずれ他の3人が危ない。
 後続の部隊が到着しても、結局はこうしたゲリラ戦に苦しめるだけだ。
 レイは比較的損壊の少ない死体に近づき、ある術式を掛けた。

「何だ、そりゃ?」
「相手の記憶を探る術式だ」

 ライリーから貰った指南書に書かれていた術式だ。
 普通なら微かに、しかも断片的にしか見れないはずだが、レイにかかれば大部分が鮮明に見えた。
 しかも損壊が少なければ、死体からも情報を取り出せた。
 目を閉じると、相手の体験してきた事が浮かんできた。
 その中には、この山の地形などを詳細に記した地図もあった。

(これだ!)

 ここから数キロ、山の八合目辺りに基地があるようだ。

「ジャマール、絶対に兵舎から出るな。エレナに頼んで加護魔法を全員にフルに掛けてもらうようにするんだ」
「はぁ? そりゃどういう…」

 彼の言葉を一切聞かず、レイは疾走した。
 恐らくは常人では追いつく事すら出来ないスピードだ。
 開かれていないあぜ道だったが、構わず全力で走り抜けた。




 そうしてしばらくすると、敵の基地が見えてきた。
 規模はそこそこ大きいもののようだ。
 自軍のキャンプと同じく、大きめの兵舎といくつかのテントで構成されていた。
 哨戒兵もそこそこいるようで、見張りの高台が何台か設置されていた。

 一瞬にして、全ての高台が爆発した。

「なっ⁉︎」
「う、うわああああっ!」
「何が起こった! 敵襲か⁉︎」

 突如として起こった大爆発に、敵兵たちは大いに慌てふためいた。
 一番敵の警戒が乱れた隙を突いて、レイは突入した。

「て、敵しゅ…グァっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐげぇっ‼︎」

 この前とは違い、目的は敵の徹底した殲滅にあった。降伏勧告をする必要が無いぶん、純粋な力勝負になる。
 そうなれば、勝負はレイの一方的なワンサイドゲームになった。いくら兵が数で押してきても、魔法を浴びせかけても、もはや勝ち目は無かった。
 ただ死体の山が築かれていった。

(……終わったか)

 恐らく数十分は経っただろうか、全ての兵は刈り尽くしたはずだった。
 もはやレイは何も感じなくなっていた。いくら返り血を浴びようと、断末魔を聞こうと、人を殺すことに躊躇いは無くなっていた。
 殺さなければ自分だけでなく、仲間が殺される。相手を殺す理由は、それだけで十分だった。

(ここに基地としての機能を残してはいけないな)

 基地から出ると、彼は意識を集中し、基地一帯を包み込むような術式を作り上げた。
 規模が大きいぶん数分時間が必要だったが、敵が一切いない今は関係が無かった。
 そして、基地は爆発し、最後は瓦礫の山が残された。






 兵舎に戻ると、景色が一変していた。
 何十人もの兵がおり、作業にあたっている。
 上空にはいくつかの飛空挺も見える。その中にはリナやマリアの姿もあった。
 やっと本部からの援軍が到着したのだ。

「ごちょーーーーっ‼︎」

 リナはレイの姿を見るなり、抱きついてきた。

「うっ、えぐ…よかったぁ…」

 マリアも駆け寄ってきた。

「遅くなってすまない。
 追加物資も人員も連れてきた。もう安心だぞ」

 レイは肩の力がドッと抜けるのを感じた。

「終わった…んですか」
「ああ。もう安心だぞ」

 何故だかひどく現実感が無かった。



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